沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅴ 由佳の選択

10 寺を出る

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彼女から分厚い本が送られてきた。クリスマスプレゼントらしい。

題名は『サインランゲージ』。アメリカ手話の入門書だ。今度はこれを勉強しろって言うのか。
日本手話さえ、まだおぼつかないのに無理だよ。
いつか結婚したら日本手話だけで十分だろう。
今は鎌倉時代の史料『吾妻鏡』を読むこと、新しく勉強を始めた古文書の勉強で手一杯だ。

年末年始は、今年も寺の手伝いに追われた。何か体を動かす仕事を与えられる方がいい。
境内の掃除だけではなく、飾りつけなどやり始めたらいくらでも仕事がある。
今年も本堂で転読をした。昨年末、由佳に経を読む姿を見られ、笑われたことを思い出した。

正月は、寺に来られた檀家さんの接待をする。
今年は去年の倍以上の人が来られ、人であふれていた。
「由佳ちゃんはどこ?」と聞く人が何人もいて困った。
その人たちと一緒に写真を撮ったり、握手をしたりして大みそかが終わった。
でも由佳のいないこの部屋で暮らすのは寂しすぎる。

2年近く暮らしたお寺を出ることにした。
彼女と二人で撮影したシューズ会社のテレビCMが、今頃になって放映されたのだ。
駅や電車の中でも携帯やカメラを向ける人がいる。
よく行くスーパーで歓声を上げた女子学生にとり囲まれたこともある。
出かける時、帽子やマスクが手放せなくなった。

寺にも、以前のように電話や面会を求める人が後を絶たず、伯父さん夫婦を困らせていた。
これ以上迷惑をかけられないと思った。
彼女が日本を出たのは、こうなることを見越していたからか。彼女の選択は正しかったのだろう。
俺にはそれが分からなかった。

学生課の林田さんに下宿先を相談した。
「学生寮は空きがあるけど、二人部屋ばかりだよ」
「別に二人で住んでもいいです」
「君はよくてもなあ。倉本君は今やスーパースターだから、同部屋の学生が大変だ」

紹介されたのは、月7万円もする大学近くのマンションだ。
2DKで女子学生向きに作られていて、セキュリティが売りだそうだ。
今なら払うことはできる。銀メダルの褒賞金とCMの出演料を合わせると貯金は五百万円近い。
奨学金の返済はもう全部済ませた。

「君ならオートロック付きの方が助かるんじゃないか?」
その言葉で決めた。大学まで近いし東田の住まいもすぐだ。ここなら彼女が帰ってきても、誰にも気兼ねせず二人で過ごせる。由佳の帰国する8月が、ものすごく楽しみになった。

住職夫婦に打ち明ける時は気を遣った。伯母さんは引っ越しの話を聞くなり顔色を変えた。
伯父さんがとりなしてくれて、淳一に条件を付けた。

荷物は全部持っていかず、いくつかは部屋に残しておいてほしい。
月に一度は顔を見せてほしい。ここを実家だと考えてほしい。
好意が身にしみた。俺はいつも人に助けてもらっている弱虫だ。

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