沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅴ 由佳の選択

12 俺と別れた?

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3回生になり、大学の勉強が前にも増して忙しくなった。

専門科目だけでなく、教職と博物館学芸員の資格も取るつもりなので、1限から5限までの日がほぼ毎日ある。同期の陸上部員の中には就活を始め、練習に姿を見せない者も増えてきた。

陸上の練習時間が減ってしまい、ほとんど準備せず大学対抗の競技会に参加したことがある。
記録はさっぱりで監督や部員の期待に応えられず、足の故障まで経験した。
今更ながら、由佳がいかに手厚くケアをしてくれていたかを思い知らされた。

6月から教育実習が始まった。
母校の伊吹東高校で実習を希望をしたが、思いもよらず農村部の小さな高校で行うことになった。
往復には、近くに住む職員が車で送り迎えをしてくれるという。
事前に教育委員会から連絡があった。

「君が母校の高校に行けば、校内が大騒ぎになることが予想される。遠くて悪いが我慢してくれ」
吉見先生に会えないのはとても残念だった。

その高校は全学年6クラスという小さな学校だった。
それでも実習は、早朝から夕刻までびっしりと予定が詰まっている。
ネクタイを締めて一日過ごすのは、新鮮で気持ちが引き締まる。
担当は全学年の社会科で、2年生の担任補助をする。
毎日地理や日本史の授業案を考えるのも教えるのも楽しかった。
世界史や現代社会など科目が多いので、授業の準備が大変で、連日深夜まで指導内容を調べた。

生徒たちは、マラソンや由佳のことを聞きたがったが「またいつか」と言って話さなかった。
放課後は、水泳部や陸上部の指導に汗を流した。
純朴な生徒たちばかりと思っていたが、学力差は大きく、ほとんどが就職か専門学校に進むそうだ。それでも淳一の授業には積極的で、よく発表もしてくれた。

「よく手を挙げるようになったなあ。これでは君が辞めた後が大変だ」
指導教諭が苦笑しながらほめてくれた。

一か月の実習が終わりかけた頃、ロンドンで世話になった加納さんから連絡があった。
彼は今、東京五輪招致委員会の事務局で働いている。

「以前頼んだ招致委員の件だけど。一度断られたけれどやっぱり君を推す声が多くてね。受けてくれないかな。ネームバリューからすると君以上の選手はいないんだ」

1月に由佳と二人で委員になってほしいと打診があったが辞退していた。
彼女はアメリカの大学に入学したばかりで帰国する余裕なんてない。
それに淳一は、もう二度とテレビカメラの前に立つ気はなかった。

「本当は君たち二人がベストなんだが、彼女に連絡すると、君とは別れたって言うんだ。何があったか知らないけれど惜しい話だと思うよ。とにかく7月のプレゼンであと一押しの隠し玉が君ということだ。君ならよく知られているし、英語のスピーチができるからうってつけなんだ」

彼女が俺と別れたと言った?
「あの、別れたって誰が別れたんですか?彼女がそう言ったんですか?本当なんですか?」
「えっ?君は当事者だから、知らんはずはないと思っていたが。彼女とは終わったんだろう。違うのか?彼女からのメールには別れたって書いていたが」

加納さんは急に歯切れが悪くなり、無理なら・・・と言って電話は切れてしまった。
由佳とのメールのやり取りは、最近激減していた。

最後は6月初めだっただろうか。転居したことを知らせたが、彼女からの返事はなかった。
勉強で忙しいのだろう。俺も彼女もやることが多すぎる。でも8月には会える。
後少しの辛抱だと思っていた。

加納さんの電話の後、すぐにメールを送った。
「由佳、もう大学生活は順調だよな。僕の方は死ぬほど忙しい。走っている方が楽だ。加納さんから、僕らが別れたという話を聞いたけど意味が分からない。すぐ返事がほしい」

返事はなかった。淳一は最後の研究授業の準備に追われていた。
こんな時期に悪い冗談はやめてくれ。
ようやく一か月の教育実習が終わり、もう一度、今度は英文で同じ内容を送った。
しかしメールアドレスは変えられて届かなかった。スカイプも利用できなくなっていた。

思い余って三田島医院に連絡すると、医院に来るよう言われた。






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