沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅴ 由佳の選択

18 誰だった?

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神戸に帰った次の日、吉見先生から連絡された駅に行った。

改札を出ると、満面の笑みをうかべた大柄な女性が近づいて来る。香奈さんではなかった。
しかし誰だか思い出せない!

「先輩、やっと会えた」
第一声で、誰だか分かった。水泳部の後輩だ。確か浅岡先生の娘さんだったな。
弁当を作ってくれて、卒業式にも来てくれた。・・・・名前が出てこない。

第二声は、泣きそうな声で言った。
「足が痛くてもう立ってられへん。どこかで座っていいですか?」

顔に玉のように汗が浮かんでいる。暑いのにいつから待っていたんだ?
とりあえず近くのコーヒーショップに入った。そこで彼女は延々話し続けた。
まだ名前が思い出せない。

なぜ足が痛いのか?いつもはぺったんこ靴ばかりなのに、無理してヒールを履いてきたから。
よそ行きの格好をするのは今日が初めて。

先輩は水泳部に入った時からあこがれていた。かっこいいし、何より私より背が高い。
先輩が仁志さんのことが好きなのは分かっていた。だから彼女が卒業したら告白するつもりだった。でも先輩が3年になって部活に来なくなったので、思い切って教室に会いに行った。
でも疲れた顔の先輩を見て何も言えなくなった。

話を中断して、顔を直してくると言って席を離れた。
高校の時よりほっそりしているとはいえ、バタフライの選手だっただけに華奢とは言い難い。
先程聞くと、身長は170cmと言ったがもっとあるような気がする。
最後に会ったのは卒業式だったな。

10分も過ぎて戻ってきた時、さっき見た顔と様子が違うので面食らった。
どうもメイクは慣れていないようだ。
ほぼ素顔の彼女を見て、ようやく『木ノ嶋みどり』という名前を思い出した。
話は延々と続いた。

水泳部のお別れ会に呼んだ時、初めて手をつなぐことができた。うれしくてその日は手を洗わなかった。卒業式でも握手してくれたけど、もう会えないと思うと悲しくて家で泣いた。
おまけに先輩が六甲大に合格したと聞いて、もう無理って思った。
私なんかが行ける大学じゃないから。

高3になって、私も六甲大に行こうと思って必死に勉強した。
体重が減って成績は上がったけど、入試には落ちてしまった。進学したのは第二志望の県立看護大。それでも母は奇跡だって喜んだけど、私は残念な気持ちで一杯だった。

先輩がオリンピックに出ると知って、水泳部の友達と横断幕を作った。
ゴールした時、感動して大泣きした。同じように近くで涙を流していた吉見先生が、私の思いを聞いてくれた。
先月、吉見先生から先輩と会う気があるかどうか聞かれて夢かと思った。
先輩がテレビで見たあのきれいな女性と別れるなんて信じられなかったから。

今日は、成人式の日以上に時間をかけてお化粧をしてきた。
母さんは私に一番似合うのはトレーニングウェアだというけど、先輩には大人の女性になった私を見てほしかった。

彼女は、由佳となぜ別れたのか聞かなかった。多分吉見先生から聞いているのだろう。
何時間も話を聞くだけのデートだったが、心の憂さが晴れるような気がした。

9月の出会いから、彼女に誘われるまま、月二、三度のデートに付き合った。
映画、コンサート、テーマパーク。プールにも行った。
行かなかったのはカラオケと回転寿司。

デートはそれなりに楽しかった。
同じ高校の水泳部だったという共通の話題があるし、淳一が黙っていても話し続けてくれるので気が楽だ。
並んで歩いていると、肩を寄せてきたり、おずおずと淳一の手を握ってきたりする時がある。
その手を握り返すと、とてもうれしそうにした。

でもそれ以上のことはしなかった。家に送ったことはあるが、部屋に呼んだことはない。

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