沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅴ 由佳の選択

19 たこ焼きパーティ

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『太平記』に続き『信長公記』を読み終えたので、また田代教授の部屋を訪れた。

「教えた本、全部読んだんか。それで君にとってどこの時代が面白かった?」
「戦国時代より、平安や室町に興味を持ちました。読む前は退屈な時代だと思っていたけど、何にも知らなかっただけですね。『平家物語』では義経より清盛、『太平記』では、楠木正成より播磨の赤松円心に興味をそそられました」
「地元の英雄に関心を持つのはええことや。次は実際に史跡を歩いたらどうや。本ばっかり読むのがヒストリアンとちゃうで」

次に読めと言われたのは、鎌倉時代の貴族の日記『玉葉』と司馬遷の『史記』。
それにヘロドトスの『歴史』。今しか読めない本なんだろうな。

清盛について書かれた教授の著書をもらって、神戸市内にあるゆかりの場所を歩いてみた。
休みごとに本を片手にみどりと街歩きをするのは楽しかった。
淳一を見て振り向く人は、たまにしかいなくなった。

11月から、みどりは看護大学の実習が始まり、淳一も自動車学校に通い出した。
デートの時間が取りづらくなり、メールのやり取りも減ってしまった。
彼女を好ましいとは思うが、会いたくてたまらないという感じでもない。
こんな気持ちで付き合っていていいのだろうか?

自動車免許が取れた日、さすがにほっとしてみどりにメールで知らせた。
彼女は、高校を卒業してすぐに免許を取ったそうだ。折り返し電話がかかってきた。

「先輩おめでとう。早かったやん。今週の土曜に合格のお祝いをしたいから、うちに来てくれへん?たこ焼きパーティやけど、おいしいことは保証する。けど母ちゃんもおるから無理せんでいいけど」

付き合い始めて三か月。淡々とデートの回数だけ重ねてきた。今月は一度も会っていない。
久しぶりに会いたいと思った。
駅前でケーキを買った。たこ焼きパーティにケーキは変かな。
そう思いながら初めて団地の三階にある彼女の家のチャイムを鳴らした。

「倉本君。久しぶり」
玄関で迎えてくれたのは、高校で司書教諭をしていた浅岡先生だ。知ってはいたが少し緊張する。

「みどり。作る準備は終わったけど、たこ焼きソースがないのに、さっき気が付いたの。悪いけど今すぐ買いに行ってくれる?」
淳一も一緒に出ようとすると止められた。
「大事なお客さんに買い物なんかさせられへん。みどり。はよ行きなさい」
何か話がある感じだ。みどりは首をかしげながら出て行った。

「ごめんね。倉本君みたいな有名人にこんな狭いとこに来てもらって」
部屋に入ると、テーブルにたこ焼き器とかの準備がされていた。
先生は単刀直入に聞いてきた。
「一つだけ聞かせてくれる?倉本君はみどりのこと、どう思っている?」
そう言われることは見当がついていた。

「みどりね。ああ見えてあかんたれやから、失恋なんかしたらすごく尾を引くの。今まで何回もそんなことがあってね。夏に吉見先生から連絡があって、あの子舞い上がってしまって。でも倉本君が、あのお医者さんとこのお嬢さんから、みどりにぱっと乗りかえるような人やないこと、私分かっていた。あの子、あなたの気持ちは知っているけどあきらめきれへんみたい。今となったら吉見先生恨むわ。それでね、もしあの子に気がないんやったら・・・」

何も答えられなかった。
みどりは好きだが、今のような付き合いを続けるのは、よくないとは思っていた。
じゃあ由佳のことが忘れられないから、別れると言えばいいのか?
先生と目を合わせることができなかった。

ついさっき出たばかりのみどりがもう帰って来た。早すぎるし何も持っていない。
「お母ちゃん。たこ焼きソースなんかストックあったやん。私追い出して先輩に何か言うたんちゃうん。いやや。私抜きでそんなことするん」
母親にくってかかった。

「ごめんな。ソースあるの忘れてた。倉本君とはもう話済んだし、準備は全部してあるから、後はあんたが作ったげなさい。私、つまみ食い沢山してもういらんから」
そう言って隣の部屋に姿を消した。

みどりは目に涙をためて、母親の部屋をにらみつけた。
「私のおらんとこで、なんかしょうもない事言われたんやろう?私、先輩の側にいてるだけでええねん。先輩がまだ由佳さんのこと思ってるんは知ってる。それでも私・・・」

涙があふれ、言葉を詰まらせた。予想外の愁嘆場になってしまった。俺も泣きたいよ。
思わずみどりの頭を抱いて胸に押し付けた。彼女にこんなことをするのは初めてだ。



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