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Ⅴ 由佳の選択
21 二重の衝撃
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2月初め、土曜日の夕方。みどりは渋る淳一の背中を押して三田島医院に連れて行った。
彼女がトレーナー役をするので、三田島医師にポイントを教えてほしいと頼んだのだ。あの夫妻に会うのは抵抗があるが、受けた恩は計り知れない。
緊張しながら医院のドアを開けた。長いこと会わなかった父親は、快く診察室に案内してくれた。
この黒いベッド、この部屋、全て由佳を思い出さない物はない。放心したようにベッドに横たわり、マッサージや指圧などの練習をされるがままになっていた。
終わってから、リビングでお茶をよばれた。
みどりは母親と看護大学の勉強について話し、淳一と父親は黙ってそれを聞いていた。
話すことはいっぱいあるはずなのに何も言えない。
母親はみどりを由佳の部屋に案内し、マラソン関係の本を見に行った。
淳一はついて行かなかった。由佳の部屋には行けなかった。
この家に来たら、是非とも聞きたいことがあった。
本当に由佳が出産なんかしたんだろうか?
もし子供を産んでなかったらまだチャンスがあるかもしれない。
会えば何とかなるかもしれない。まだ二十才の彼女が母親になるなんて信じられない。
でも産んでいたらどうする?
父親にいつ切り出したらいいか迷ったが、声をふり絞って聞いた。
「あの、由佳さんは元気にしていますか?」
三田島医師は、しばらく淳一の顔を見てから、そっと答えてくれた。
「元気だよ。母子共に」
写真を一枚持って来て、見せてくれた。
「先月会いに行った時の写真だ。予定日より二週間早かった。子供は男の子だった」
産んでいたのか。俺以外の誰かの子供を・・・。
由佳は、硬い表情で目の大きな赤ん坊を抱いている。
写真を見て唇をかんだ。黒髪で目元が優しそうな男性が彼女の肩に手を置いている。
眉が濃くヒスパニック系のようだ。こいつが由佳を・・・。
その男の横顔を見てはっとした。
みどりが嬉しそうに何冊も本を抱えて戻ってきた。
顔色を変えている淳一に気付き、心配そうに写真をのぞき込んだ。
父親が淳一の震える手から写真を取り上げた。
確かに写真を破りかねないほど、強く握りしめていた。
「気が付いたようだな。実は子供も聞こえていないようなんだ。由佳の時と同じだ」
男性は耳に補聴器を着けていた。デフファミリーか。
その後、どうやって医院を出たか覚えていない。
由佳には夫も子供もいた。おまけにみんなろう者だった。
淳一は二重の衝撃で打ちのめされた。
由佳は、一時の迷いで大事なことを決める人間ではない。
考えに考えた上で、聞こえる俺より聞こえない彼を選んだのだ。そして彼の子供を産んだ。
俺ではだめだったんだ。
由佳を失って一年。心の傷はずい分薄れてきたと思う。
でも気持ちのどこかであきらめきれない部分が拭い去れなかった。
いつか俺の元に帰って来る日が来る。そんな未練がましい夢を見ていた。
その時は、みどりより由佳を選ぶだろう。
だから半年も付き合っているのに、みどりとは手をつなぐだけ。
遠慮がちに彼女が連絡してきた時デートするだけだ。
本当に馬鹿だな俺は。徹頭徹尾、大馬鹿だ。ずっと前に捨てられているのが分からなかった。
夕暮れの道を、何も言わず駅に向かって足早に歩いた。どこまでも歩き続けようと思った。
駅前の交差点で、みどりを振り返った。
彼女は、こわばった顔で淳一を見る。
「今日はここで別れよう。悪いけど帰ってくれ」
みどりに告げたが、彼女は泣き出しそうな顔になり、首を何度も横に振った。
怒りがこみ上げて来た。一人になりたいのに、なぜ分からないんだ。
初めて彼女に声を荒げて怒鳴った。
「帰れと言っただろう。もうほっといてくれ」
彼女の顔がゆがんだ。
もう知るか。
彼女がトレーナー役をするので、三田島医師にポイントを教えてほしいと頼んだのだ。あの夫妻に会うのは抵抗があるが、受けた恩は計り知れない。
緊張しながら医院のドアを開けた。長いこと会わなかった父親は、快く診察室に案内してくれた。
この黒いベッド、この部屋、全て由佳を思い出さない物はない。放心したようにベッドに横たわり、マッサージや指圧などの練習をされるがままになっていた。
終わってから、リビングでお茶をよばれた。
みどりは母親と看護大学の勉強について話し、淳一と父親は黙ってそれを聞いていた。
話すことはいっぱいあるはずなのに何も言えない。
母親はみどりを由佳の部屋に案内し、マラソン関係の本を見に行った。
淳一はついて行かなかった。由佳の部屋には行けなかった。
この家に来たら、是非とも聞きたいことがあった。
本当に由佳が出産なんかしたんだろうか?
もし子供を産んでなかったらまだチャンスがあるかもしれない。
会えば何とかなるかもしれない。まだ二十才の彼女が母親になるなんて信じられない。
でも産んでいたらどうする?
父親にいつ切り出したらいいか迷ったが、声をふり絞って聞いた。
「あの、由佳さんは元気にしていますか?」
三田島医師は、しばらく淳一の顔を見てから、そっと答えてくれた。
「元気だよ。母子共に」
写真を一枚持って来て、見せてくれた。
「先月会いに行った時の写真だ。予定日より二週間早かった。子供は男の子だった」
産んでいたのか。俺以外の誰かの子供を・・・。
由佳は、硬い表情で目の大きな赤ん坊を抱いている。
写真を見て唇をかんだ。黒髪で目元が優しそうな男性が彼女の肩に手を置いている。
眉が濃くヒスパニック系のようだ。こいつが由佳を・・・。
その男の横顔を見てはっとした。
みどりが嬉しそうに何冊も本を抱えて戻ってきた。
顔色を変えている淳一に気付き、心配そうに写真をのぞき込んだ。
父親が淳一の震える手から写真を取り上げた。
確かに写真を破りかねないほど、強く握りしめていた。
「気が付いたようだな。実は子供も聞こえていないようなんだ。由佳の時と同じだ」
男性は耳に補聴器を着けていた。デフファミリーか。
その後、どうやって医院を出たか覚えていない。
由佳には夫も子供もいた。おまけにみんなろう者だった。
淳一は二重の衝撃で打ちのめされた。
由佳は、一時の迷いで大事なことを決める人間ではない。
考えに考えた上で、聞こえる俺より聞こえない彼を選んだのだ。そして彼の子供を産んだ。
俺ではだめだったんだ。
由佳を失って一年。心の傷はずい分薄れてきたと思う。
でも気持ちのどこかであきらめきれない部分が拭い去れなかった。
いつか俺の元に帰って来る日が来る。そんな未練がましい夢を見ていた。
その時は、みどりより由佳を選ぶだろう。
だから半年も付き合っているのに、みどりとは手をつなぐだけ。
遠慮がちに彼女が連絡してきた時デートするだけだ。
本当に馬鹿だな俺は。徹頭徹尾、大馬鹿だ。ずっと前に捨てられているのが分からなかった。
夕暮れの道を、何も言わず駅に向かって足早に歩いた。どこまでも歩き続けようと思った。
駅前の交差点で、みどりを振り返った。
彼女は、こわばった顔で淳一を見る。
「今日はここで別れよう。悪いけど帰ってくれ」
みどりに告げたが、彼女は泣き出しそうな顔になり、首を何度も横に振った。
怒りがこみ上げて来た。一人になりたいのに、なぜ分からないんだ。
初めて彼女に声を荒げて怒鳴った。
「帰れと言っただろう。もうほっといてくれ」
彼女の顔がゆがんだ。
もう知るか。
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