沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅴ 由佳の選択

26 ありのままに

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義理の両親になった伯父さん夫婦は、淳一が息子になった以上、大学の学費も出すと言ってくれた。遠慮なく好意を受けることにしたが、ますます寺との絆が深まり、草抜きや掃除ぐらいでは恩を返せなくなってきた気がする。
もしかして僧籍のランナーになるのか。それもいいかもしれない。

みどりは住職夫婦に気に入られ、会うたび歓迎されている。
淳一と寺の庭やトイレの掃除をしてから、伯母さんと食事を作ったり、おじさんの肩をもんだりしている。家が明るくなったと言われ、両方から引っ張りだこだ。
部屋の間取りの相談も、淳一抜きに話を進めているようだが、別にかまわない。

ただ俺が寺に引っ越した後、みどりが今のように毎週末泊まりに来れるかが悩ましい。
まあどうにかなるだろう。

卒業まで十か月を切った。
同期の多くは就職が決まり、公務員や教員採用試験を受ける者は、必死に勉強をしている。
淳一も一応高校社会科の採用試験を受ける予定だ。
倍率がすごいらしいので、落ちたら大学院進学も視野に入れている。

大学では、田代教授のゼミに入り、中世の西国街道について調べ、当時の流通の様子を研究している。地域の古文書や資料を丹念に読んでいるが、採用試験の勉強もあり、時間がいくらあっても足りない。
研究と就職試験、二足のわらじは甘いものではない。

吉泉監督には、また身体能力のデータを取りたいので、気が向いたら研究室に来るように言われている。しかし丸々一年のブランクがあるので、よい数値は期待できないだろう。
人見さんからは、市や県のローカルな大会に出て、復帰の足掛かりにするよう助言をされた。
どれもみどりと相談しながら決めていこうと思っている。

三田島医師に招待され、医院に行くことが何度かあった。
リビングではみどりと両親のおしゃべりを聞くばかりだ。
看護大学を卒業したら医院に来てほしいと打診されているが、まだ2年先のことだ。

だれもオリンピックの話はしないし、由佳たち親子の話題にもふれない。
いつかこだわりなく話せる日が来るかもしれないが、もう少し時間がかかりそうだ。
由佳の部屋に続く階段を見れば、忘れていた記憶がよみがえり、心がざわめく気がする。

話題になっている、ミュージカル仕立てのアニメ映画をみどりと見に行った。
映像も音楽も息をのむほど美しかった。途中、耳を押さえてスクリーンだけを見た。
音声なしで映像と字幕だけ。由佳はこの世界を生きているんだな。

Let it goを『ありのまま』と訳すのは少し抵抗がある。
でも由佳たちの家族はデフとして、ありのままの姿で生きているのかもしれない。

大好きな推理小説家、アガサ・クリスティの言葉『人生は常に前にしか進めない』を心に刻んだ。
俺も過去を振り返らずに前へ進もう。由佳もそうしているはずだ。
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