恋人たちの旅路

菊池昭仁

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夜のラムレーズン・アイス

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 「ごめんなさいね。風邪なんか引いて」
 「子供の頃、俺は小児喘息でさ。 発作が起きるとおふくろが泣いて一晩中看病してくれた。
 「カズ君が死んじゃう」ってな?
 横になると苦しいから布団に横になることが出来なくて、布団を後ろに積んでもらって座椅子代わりにしてもらうんだが、次第に意識が朦朧として来る。
 子どもながらに思ったよ、おふくろに迷惑掛けているなあって、情けなかった。病気持ちの自分が。
 だからお前は何も心配するな。安心して休めばいい。
 俺がお前の母親代わりになってやる」
 「ありがとう。ただの風邪なのにね?」
 「ただの風邪じゃないだろう? インフルなんだから」
 「カズに移したら大変だから、もう帰ってもいいよ」
 「大丈夫だ。俺はインフルには罹らない。
 だって俺はバカだから。
 「バカは風邪を引かない」って言うだろう?」
 「カズのバカ・・・」
 「アイスでも食べるか?」
 「ハーゲンダッツのラムレーズンなら食べたい。
 でも冷蔵庫にはないからいいよ」
 「眼の前にファミマがあるじゃないか?」
 「寒いからいいよ」
 「俺は『雪見だいふく』が食べたいからちょっと待ってろ」



 息を切らし、俺は両手にレジ袋を持って帰って来た。

 「鍋焼うどんだろ? それからプリンにヨーグルト。熱々のおでんにホットラテ。
 そしてこれがお前のリクエスト、ハーゲンダッツのラムレーズンだ。
 それからサンドイッチもあるぞ。
 さあどれが食べたい?」
 「ありが、とう・・・、カズ」
 「何も泣くことはないだろう? 風邪引くぞ」
 「もう引いているよ」
 「あはは。そうだな?」

 俺は佐知子の額に手を当てた。
 まだ熱が高い。

 「カズの手、冷たくて気持ちいい」
 「手袋して行かなかったからな?」
 


 そして数日後、やっと佐知子の体調が戻った時、今度は俺がインフルエンザになってしまった。

 「ごめんなさい。私のインフルが移ったんだよね?」
 「良かったよ。どうやら俺はバカじゃなかったようだ」
 「卵粥、作ってあげるね?」
 「ああ頼む。ついでに卵酒もな」
 「わかった」

 佐知子がマスクを外し、俺にキスをした。

 「バカ、またインフルが移るだろう!」
 「大丈夫だよ、どうせ私のインフルだから」



 翌年、俺たちは結婚した。
 だが生活は何も変わらなかった。
 佐知子の苗字が俺の苗字に変わっただけで。
 
 
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