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第6話 愛しき亡霊
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ナースステーションの隣にある談話室の自動販売機で、私は缶コーヒーを買った。
普段はあまり珈琲など飲まない私だったが、落ち込んだ心を癒す為にこの香りが欲しかったのだ。
談話室の窓の外を、新幹線が通り過ぎて行った。
早くここを出て、あの新幹線に乗って旅に出たいと、私は缶コーヒーを飲みながら、ぼんやりと考えていた。
「おじさんはあの新幹線に乗って、どこに行きたい?」
先日、中庭で出会った子供が私に話し掛けて来た。
私は驚きも恐れもしなかった。
「お前、死神か?
俺を迎えに来たんだろう? いいよ別に、もうこの世に未練はないから。
俺はもう疲れたんだ、生きていることに」
私は項垂れて缶コーヒーを見詰めた。
すると少年は微笑んで言った。
「おじさんは好き勝手に生きたもんね? でもいいんだよ、それで。
おじさんは多くの人を傷付けたけど、それ以上に自分も沢山傷付いたんだから」
「いや、俺は傷付いてなんかいない。俺はただの弱虫さ」
「弱くない人間なんていないよ、みんな悩みながら苦しみながら生きているんだから」
「お前は誰なんだ?」
「もう忘れたの? 僕は小さい頃のおじさんだよ」
その時、ナースステーションの前の薄暗いエレベーターホールから、こっちを見ている中年の男女が立っていた。
私は心臓が止まりそうだった。
それは紛れもなく、死んだ若い頃の両親の姿だったからだ。
「親父、お袋・・・」
だがふたりは、黙って私を見ているだけだった。
「おじさん、それじゃあまたね? パパとママが待っているからボク行くね?」
幼い頃の私は両親の亡霊と共にエレベーターに消えた。
私が呆然とエレベーターを見詰めていると、ナースの梢が怪訝そうな顔で私に話し掛けて来た。
「室井さん、どうかしたの? 気分でも悪い? 顔色が真っ青だけど? 血圧、測りましょうか?」
「大丈夫です。ベッドに戻りますね?」
私は点滴スタンドを杖代わりに、病室へと戻って行った。
あれは幻覚なのか幽霊なのか、私は寂しい気持ちになっていた。
何も言わない私の両親に。
朝の6時、梢が検温にやって来て私は目を覚ました。
「おはようございます室井さん。検温の時間です」
私は梢から体温計を受け取り、それを脇の下に挟んだ。
ピピッとアラーム音が鳴り、体温計を梢に渡した。
「36.2℃ですね? そういえば昨日の夕方、ボーっとしていたようでしたけど、何か考え事でもしていたんですか?」
「いつ、ここを退院出来るのかなあと思ってね?」
「早く帰りたいですよね? お家に」
「まあ、ここもいいけどね? 食事は美味しいし、スタッフの人たちも親切だし」
「検査の結果次第ですよ」
「うん」
所沢医師が見慣れない、日焼けしたアスリートのような精悍な医師と一緒に回診にやって来た。
「初めまして、心臓外科の大西です。少しよろしいですか?」
「はい」
「先日の心エコーの検査で、室井さんの心臓に問題があるのが判明しました」
「心筋梗塞ですよね?」
「ご存知でしたか? 今現在、室井さんの心臓は40%しか機能していません。
心臓カテーテルを挿入して狭窄している血管をステントで拡張してはいかがでしょうか?」
「それをしたところで壊死した心筋が再生するわけではありませんよね?」
「残念ながらおっしゃる通りです」
「申し訳ありませんがこのままで結構です、このままで」
所沢医師と大西医師は憐れむように私を見ていた。
「よく検討してみてください。また参ります」
だがそれ以来、大西医師がこの病室に来ることはなかった。
私は気分を変えるため、点滴スタンドを引き摺りながら、中庭に向かって病室を出て行った。
普段はあまり珈琲など飲まない私だったが、落ち込んだ心を癒す為にこの香りが欲しかったのだ。
談話室の窓の外を、新幹線が通り過ぎて行った。
早くここを出て、あの新幹線に乗って旅に出たいと、私は缶コーヒーを飲みながら、ぼんやりと考えていた。
「おじさんはあの新幹線に乗って、どこに行きたい?」
先日、中庭で出会った子供が私に話し掛けて来た。
私は驚きも恐れもしなかった。
「お前、死神か?
俺を迎えに来たんだろう? いいよ別に、もうこの世に未練はないから。
俺はもう疲れたんだ、生きていることに」
私は項垂れて缶コーヒーを見詰めた。
すると少年は微笑んで言った。
「おじさんは好き勝手に生きたもんね? でもいいんだよ、それで。
おじさんは多くの人を傷付けたけど、それ以上に自分も沢山傷付いたんだから」
「いや、俺は傷付いてなんかいない。俺はただの弱虫さ」
「弱くない人間なんていないよ、みんな悩みながら苦しみながら生きているんだから」
「お前は誰なんだ?」
「もう忘れたの? 僕は小さい頃のおじさんだよ」
その時、ナースステーションの前の薄暗いエレベーターホールから、こっちを見ている中年の男女が立っていた。
私は心臓が止まりそうだった。
それは紛れもなく、死んだ若い頃の両親の姿だったからだ。
「親父、お袋・・・」
だがふたりは、黙って私を見ているだけだった。
「おじさん、それじゃあまたね? パパとママが待っているからボク行くね?」
幼い頃の私は両親の亡霊と共にエレベーターに消えた。
私が呆然とエレベーターを見詰めていると、ナースの梢が怪訝そうな顔で私に話し掛けて来た。
「室井さん、どうかしたの? 気分でも悪い? 顔色が真っ青だけど? 血圧、測りましょうか?」
「大丈夫です。ベッドに戻りますね?」
私は点滴スタンドを杖代わりに、病室へと戻って行った。
あれは幻覚なのか幽霊なのか、私は寂しい気持ちになっていた。
何も言わない私の両親に。
朝の6時、梢が検温にやって来て私は目を覚ました。
「おはようございます室井さん。検温の時間です」
私は梢から体温計を受け取り、それを脇の下に挟んだ。
ピピッとアラーム音が鳴り、体温計を梢に渡した。
「36.2℃ですね? そういえば昨日の夕方、ボーっとしていたようでしたけど、何か考え事でもしていたんですか?」
「いつ、ここを退院出来るのかなあと思ってね?」
「早く帰りたいですよね? お家に」
「まあ、ここもいいけどね? 食事は美味しいし、スタッフの人たちも親切だし」
「検査の結果次第ですよ」
「うん」
所沢医師が見慣れない、日焼けしたアスリートのような精悍な医師と一緒に回診にやって来た。
「初めまして、心臓外科の大西です。少しよろしいですか?」
「はい」
「先日の心エコーの検査で、室井さんの心臓に問題があるのが判明しました」
「心筋梗塞ですよね?」
「ご存知でしたか? 今現在、室井さんの心臓は40%しか機能していません。
心臓カテーテルを挿入して狭窄している血管をステントで拡張してはいかがでしょうか?」
「それをしたところで壊死した心筋が再生するわけではありませんよね?」
「残念ながらおっしゃる通りです」
「申し訳ありませんがこのままで結構です、このままで」
所沢医師と大西医師は憐れむように私を見ていた。
「よく検討してみてください。また参ります」
だがそれ以来、大西医師がこの病室に来ることはなかった。
私は気分を変えるため、点滴スタンドを引き摺りながら、中庭に向かって病室を出て行った。
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