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最終話

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 最悪の合コンだった。
 知性も教養もない、ただ馬鹿騒ぎをするだけの秋葉系大学生たちに、真由美と彩はガッカリしていた。


 「ねえねえ、ふたりとも美人だよね? LINE、交換しようよ?」
 「ごめんなさい、私たち、携帯持ってないの」
 「ウケる~、それじゃあ糸電話とか? うへへへへ」

 そんなカンジだった。
 話題と言えばネットゲームにアイドルの話、それと同じ大学の友だちのバカ話だった。

 真由美と彩は彼らとの合コンを切り上げようと、席を立った。

 「ごめんなさい、急にお腹がいたくなっちゃって。今日はこれで失礼します。
 ごちそうさまでした」
 「真由美ちゃん、今日は生理なの?」
 「生理! 生理!」

 真由美たちはそんな彼らを軽蔑してすぐに店を出た。

 「今日の合コン、最悪ね!」
 「真由美がセッティングしたんだよ、イケメン揃いだからって」

 彩は不満そうに口をへの字に曲げた。

 「どっかで飲み直そうよ、お清めしなきゃ」
 「うん、お清めお清め。塩もって来ーい! あはははは」

 真由美と彩は気分転換のために、この華やかな街、銀座をぶらついていた。
 ショー・ウインドウに映る自分の姿を見て、真由美はご満悦だった。

 (まるで女子アナみたいじゃないの? 私ってかなりイケてるわ)

 しあわせそうに歩く恋人たち、真由美はあの夏、海で出会った功作のことを思い出していた。

 (いい男だったなあ、すべてにおいて理想の男だったのに、よりによってあんなダサイ早苗を気に入るなんて、ホント、バッカじゃないの!
 こんなにいい女を無視して、マジむかつく!)


 するとその時、ひと際目立つハンサムな男性と、すごい美人が正面から近づいて来た。それはまるで芸能人カップルのようで、すれ違う人たちがみんな、振り返るほどだった。

 (功作⁉ そしてなんて華やかな彼女なの? やっぱり功作には彼女がいたんじゃないの! 功作のウソ吐き!)


 「あれ、真由美さんと彩さん? こんばんは」
 「いいわね~? 今日は彼女さんと「おデート」?」

 と、チラリと連れの女を見た瞬間、真由美は思わず叫び声を挙げた。

 「もしかしてアンタ早苗なの!」
 「うん、今日は功作と銀座にお買い物に来たの、真由美たちもお買い物?」

 (早苗が功作と付き合っていた? しかも何? この変わりようは! 本当に早苗なの! 
 大学ではいつもと同じ服ばかり着て、ガリ勉の地味な早苗が、髪を軽くウエーブさせ、あのダサい眼鏡は辞めてコンタクト? メイクもばっちり決めてハイ・ブランドの服を纏い、しっかりと功作と腕を組んでいる!
 一体どういうことなの! 私、悪い夢でも見ているの?)

 「どうしたの早苗! そのカッコは! まるで別人じゃないの!」
 「この服、素敵でしょう? 功作の従姉妹いとこさんからいただいた物なの、私、地味な服しか持ってないからって」
 「従姉妹からもらったって、そのメイクはどうしたのよ!」
 「功作の従姉妹のお姉さんに教えてもらったの」

 (家族にまで紹介されちゃっているってこと? しかもこんな高い服まで貰えるほどの関係だなんて!)

 目の前の銀座の街がガラガラと音を立てて崩壊して行くようだった。

 「これから功作とお食事なの、じゃあまた明日ね? さようなら」

 そう言って早苗は功作に寄り添い、人混みの中に消えて行った。
 真由美と彩はしばらくそこを動くことが出来なかった。

 「あの娘、本当に早苗だった? あの「若オバサン」の早苗なの?」
 「・・・、許さない! 絶対に許さないから!」



 私と功作はレンガ亭で食事をしていた。


 「真由美ちゃんたち、すごく驚いていたね?
 まさか早苗がこんなに美人になるとは思ってもみなかったんだろうね?
 口をポカンと開けたままだったよ」

 功作はそう言って可笑しそうにハンバーグにナイフを入れた。

 「まさかあんなところで真由美たちに遭うとは思わなかったわ。
 以前の私なら、怯えて何も言えなかったと思う。
 自信を持って生きられるようになれたのは功作のお陰よ、ありがとう、功作」
 「僕は何もしてはいないよ、早苗が自分の魅力に気付いただけさ」
 「私、すごくしあわせ」
 「僕もだよ、早苗。こうしてレンガ亭のハンバーグを食べていると、いつ死んでもいいと思っちゃうよ」
 「私もよ、功作」

 私たちは見つめ合い、微笑み合った。




 次の日、大学に行くと案の定、真由美と彩に詰問された。

 「早苗! よくも昨日は功作とアツアツのところを私たちに見せつけてくれたわね!
 どうして黙っていたのよ! 功作と付き合っていることを!」
 「アンタ私たちをバカにして笑っていたんでしょう!」

 ふたりともすごい剣幕だった。

 「私たちを裏切ったのね! 自分ばっかりしあわせになって! 許せない!」
 「私たち、親友だったじゃない!」

 あんなに次郎と盛り上がっていた彩は、次郎に二股を掛けられていたことが発覚し、ふたりは破局していたのだ。
 私は真由美と彩の罵声が止むのをじっと待って、静かに反論を始めた。

 「親友? 私は一度もあなたたちを親友だなんて思ったことはなかったわ。
 私はいつもあなたたちの引き立て役。ただの当て馬、人数合わせだったじゃないの?
 それはあなたたちが一番よく知っている筈よ。
 私はもうあなたたちの都合のいい女友だちじゃない。いえ、もう友だちですらないわ、いつも私を利用していただけじゃないの!
 そんな私の気持ちがあなたたちにはわからないでしょうね? 真由美も彩も美人で人気者だから。
 いつも私はあなたたちの影のような存在だった。
 あなたたちが明るいスポットライトを浴びて出来る、私は影だった! 私は今まであなたたちに仲間外れにされるのが怖かった。自分に自信がなくて、いつもオドオド、ビクビクして生きて来た。
 でももう辞めたの、そんな自分を嫌いな自分でいることを。
 仲間外れにしたければすればいい、虐めたいならどうぞ好きにすればいい。
 これから私は自分を信じて生きて行くだけだから!」

 泣くまいと思ったが駄目だった。
 私はようやく真由美たちの呪縛から自分を解き放つことが出来た喜びに、打ち震えていた。
 真由美と彩も泣いていた。

 「ごめんね、早苗・・・」
 「早苗許して!」

 私たちは抱き合って泣いた。


 「ねえ早苗、今度、メイクの仕方、教えてね?」
 「うん、いいよ」
 「私にもだよ。お洋服も貸してね?」
 「もちろん!」

 夏が終わり、キャンパスのプラタナス並木も色づき始めていた。
 秋晴れの空は抜けるように青かった。

                   『八月のアクアマリーン』完

                 
               
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