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第1話
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銀座の夜が好きだった。
煌びやかな光の街。高級ブランドに高級外車、電車の音。
すれ違う華やかに着飾った大人たち。
私は会社ではできる女性管理職として、家では良き妻、賢き母親としての理想の自分を演じていた。
女優のように。
本当の自分は20年前のパリに捨てた。
そしてそんな自分を知っているのは、あの男しかいない。
時はどうして私たちを置き去りのまま、過ぎ去って行くのだろう?
私は時間の流れの中で、立ち竦んだままだった。
本当の自分に戻りたい。
すべてを投げ捨て、ただ夢中で彼を愛したあの頃の私に。
月末の怒涛のような業務も終わり、私は気分を変えようと、春物の服を買いに銀座のデパートへやって来た。
女にとって買物は、一番のストレス解消でもある。
春になると様々なイベントが始まる。
歓送迎会や学校の行事、夫や子供たちの友人を招いてのパーティなど、確かに私はその場では脇役ではあるが、そこでも私は憧れのバイプレイヤーを演じなければならない。
服は女にとっても妥協の出来ない甲冑でもあるのだ。
私は慎重に服を選んでいた。
アラフォー女は中途半端な位置にある。
若くはないが、かと言って年寄りでもない。
人生の酸いも甘いも味わった、ある意味、「女ざかり」であるとも言える。
出産も経験し、女としての「図々しさ」もある。
若作りをしていると思われたくはないが、それでも若くは見られたい。
「部長はいつも綺麗ですけど、 何か特別なエステとかしているんですか? お化粧品はどんな物を?」
そんな時、私はいつも同じセリフを台本通りに話す。
「会社では仕事、家ではママで奥さんもしているのよ?
そんな私に美容に使う時間的余裕なんてどこにもないわ。
ただよく食べてよく飲んで、よく眠ることくらいかしら?
お化粧品はニベアだけよ」
私はそう言って微笑んで見せる。より美しい笑顔を意識して。
そしてそれが快感でもあった。
私は自分への投資は怠らなかった。
以前、夫の博行からこんなことを言われたことがある。
「ママの服のセンスは同性には憧れだろうけど、あまり男受けはしないかもしれないな?」
「別に男受けなんかしてもしょうがないでしょ? もうオバサンなんだから」
だが内心は大きく傷ついた。
やはりいつまでも男から女として見られていたい。
婉曲的な言い方ではあるが、
「お前はダサい女」
夫からそう指摘されたのだから。
数点の自分の服と、娘たちの服を買った。
丁度、地方の物産展が開催されているようなので、夫や子供たちの為に、何かおみやげを買って帰ろうと、エスカレーターを昇って行った。
催事場のあるフロアに辿り着くとかなり混雑していて、その人波に押されるように歩いていると、絵の展示販売会が催されているのが目に留まった。
鑑賞している人は疎らだった。
高額な絵画を購入する人などは、限られたお金持ちの道楽だと視線を戻そうとした時、何気なく見たその個展の作者の名前に、私は息が止まりそうだった。
『西山伊作 作品展示会』
その名前は忘れもしない、20年前に愛し合い、別れたパリの恋人、西山伊作の個展だったからだ。
運命の扉が今、静かに開かれようとしていた。
煌びやかな光の街。高級ブランドに高級外車、電車の音。
すれ違う華やかに着飾った大人たち。
私は会社ではできる女性管理職として、家では良き妻、賢き母親としての理想の自分を演じていた。
女優のように。
本当の自分は20年前のパリに捨てた。
そしてそんな自分を知っているのは、あの男しかいない。
時はどうして私たちを置き去りのまま、過ぎ去って行くのだろう?
私は時間の流れの中で、立ち竦んだままだった。
本当の自分に戻りたい。
すべてを投げ捨て、ただ夢中で彼を愛したあの頃の私に。
月末の怒涛のような業務も終わり、私は気分を変えようと、春物の服を買いに銀座のデパートへやって来た。
女にとって買物は、一番のストレス解消でもある。
春になると様々なイベントが始まる。
歓送迎会や学校の行事、夫や子供たちの友人を招いてのパーティなど、確かに私はその場では脇役ではあるが、そこでも私は憧れのバイプレイヤーを演じなければならない。
服は女にとっても妥協の出来ない甲冑でもあるのだ。
私は慎重に服を選んでいた。
アラフォー女は中途半端な位置にある。
若くはないが、かと言って年寄りでもない。
人生の酸いも甘いも味わった、ある意味、「女ざかり」であるとも言える。
出産も経験し、女としての「図々しさ」もある。
若作りをしていると思われたくはないが、それでも若くは見られたい。
「部長はいつも綺麗ですけど、 何か特別なエステとかしているんですか? お化粧品はどんな物を?」
そんな時、私はいつも同じセリフを台本通りに話す。
「会社では仕事、家ではママで奥さんもしているのよ?
そんな私に美容に使う時間的余裕なんてどこにもないわ。
ただよく食べてよく飲んで、よく眠ることくらいかしら?
お化粧品はニベアだけよ」
私はそう言って微笑んで見せる。より美しい笑顔を意識して。
そしてそれが快感でもあった。
私は自分への投資は怠らなかった。
以前、夫の博行からこんなことを言われたことがある。
「ママの服のセンスは同性には憧れだろうけど、あまり男受けはしないかもしれないな?」
「別に男受けなんかしてもしょうがないでしょ? もうオバサンなんだから」
だが内心は大きく傷ついた。
やはりいつまでも男から女として見られていたい。
婉曲的な言い方ではあるが、
「お前はダサい女」
夫からそう指摘されたのだから。
数点の自分の服と、娘たちの服を買った。
丁度、地方の物産展が開催されているようなので、夫や子供たちの為に、何かおみやげを買って帰ろうと、エスカレーターを昇って行った。
催事場のあるフロアに辿り着くとかなり混雑していて、その人波に押されるように歩いていると、絵の展示販売会が催されているのが目に留まった。
鑑賞している人は疎らだった。
高額な絵画を購入する人などは、限られたお金持ちの道楽だと視線を戻そうとした時、何気なく見たその個展の作者の名前に、私は息が止まりそうだった。
『西山伊作 作品展示会』
その名前は忘れもしない、20年前に愛し合い、別れたパリの恋人、西山伊作の個展だったからだ。
運命の扉が今、静かに開かれようとしていた。
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