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第1話 雨の夜
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妻のくららが死んだ。
カーテンを閉じたままの昼夜の区別が出来ない部屋。私は毎日浴びるように酒を飲んでいた。
会社も辞めた。
「坂口、奥さんを亡くしたお前の気持ちはわかる。だがそれで会社まで辞めることはあるまい」
本田常務はそう慰留してくれたが、アル中になった私は会社のお荷物でしかなかった。
「取り敢えず休職扱いにしておくから、いつでも戻って来い。いいな?」
「ありがとうございます」
それは酷い雨の夜だった。
雷鳴が轟き、バケツの水をひっくり返えしたような土砂降りの雨が窓を叩いた。
私はいつものようにくららが好きだったショパンのノクターンを聴きながら、板チョコを齧りバーボンをラッパ飲みしていた。
「くらら、どうして君は俺を残して死んだ? おかげで俺はこの通り、ゾンビのような生きる屍だよ」
私はくららのフォトスタンドにそう話し掛けた。
「しょうがないでしょう? 死んじゃったんだから」
対面キッチンに死んだはずのくららが立っていた。
「くらら!」
私はくららに駆け寄り抱き締めようとしたが、くららに止められた。
「ダメよ、私に触れてはダメ。あなたが私に触れると二度と会えなくなってしまうから」
そう言ってくららは寂しく微笑んだ。
「くらら! 君は本当にくららなんだね?」
「あなたは私が怖くないの? 私はもう死んでいるのよ? 幽霊なのよ?」
「怖いはずがないじゃないか? 大好きな君の幽霊なんだから」
「相変わらず変な人。でも、そんな変なところに私は惚れちゃったんだけどね?」
「なんでもっと早く出て来てくれなかったんだ?」
「いろいろ事情があるのよ、こっちの世界には。詳しくは言えないけどね」
「会いたかったよくらら。とても会いたかった」
「私もよ。あなたには私が見えていなかったでしょうけど、私はいつもあなたのそばにいたのよ。気付かなかった?」
「時々、そんな気がしていた。君が隣にいるような感じがした。
あれは本当だったんだね?」
「そうよ、いつもあなたの事を心配していたの。
毎日お酒ばかり飲んで、ご飯もろくに食べないで。
おまけに会社も辞めちゃうし、会社の人たちも寂しがっていたわよ、あなたが会社を辞めちゃったから。
意外と人望があったのね? 特に総務の律子ちゃんなんて、あなたのことが大好きみたい。罪な男」
「そんなことまでわかるのか?」
「そうよ、だからオイタするとすぐにわかっちゃうんだからね」
「俺にはくららだけだよ」
「わかっているわよ、私もあなたが大好き。
でもね、悲しいお酒はダメ、お酒は楽しく飲まないと。
泣きながら飲むお酒なんてサイテーよ。生きてる時はいつも一緒に楽しくお酒を飲んだわね?」
「ああ、お笑い番組を見て大声で笑ったりしながらな?」
「そうよ、だからこんなお酒の飲み方はもう止めてね。わかった?
そしてきちんと食事をバランス良く食べること。
あなたにはもっと長生きして欲しいから。私の分まで。
だからお願い、約束して」
「わかったよ、そうするよ」
「私ね、雨の夜にだけあなたに姿を見せて、こうしてお話をすることが出来るの。雨の夜にだけ。
でも、私はいつもあなたの傍にいるから安心して。あなたはひとりじゃないわ」
「じゃあずっと雨だといいな、くららとこうして会えるなら」
「ずっと雨っていうのもどうかしらね?」
くららは笑った。
くららの幽霊が突然消えてしまった。
私はすぐにカーテンを開けた。
するともう雨はあがり、夜空には美しい満月が輝いていた。
その夜、私は初めて笑うことが出来た。
カーテンを閉じたままの昼夜の区別が出来ない部屋。私は毎日浴びるように酒を飲んでいた。
会社も辞めた。
「坂口、奥さんを亡くしたお前の気持ちはわかる。だがそれで会社まで辞めることはあるまい」
本田常務はそう慰留してくれたが、アル中になった私は会社のお荷物でしかなかった。
「取り敢えず休職扱いにしておくから、いつでも戻って来い。いいな?」
「ありがとうございます」
それは酷い雨の夜だった。
雷鳴が轟き、バケツの水をひっくり返えしたような土砂降りの雨が窓を叩いた。
私はいつものようにくららが好きだったショパンのノクターンを聴きながら、板チョコを齧りバーボンをラッパ飲みしていた。
「くらら、どうして君は俺を残して死んだ? おかげで俺はこの通り、ゾンビのような生きる屍だよ」
私はくららのフォトスタンドにそう話し掛けた。
「しょうがないでしょう? 死んじゃったんだから」
対面キッチンに死んだはずのくららが立っていた。
「くらら!」
私はくららに駆け寄り抱き締めようとしたが、くららに止められた。
「ダメよ、私に触れてはダメ。あなたが私に触れると二度と会えなくなってしまうから」
そう言ってくららは寂しく微笑んだ。
「くらら! 君は本当にくららなんだね?」
「あなたは私が怖くないの? 私はもう死んでいるのよ? 幽霊なのよ?」
「怖いはずがないじゃないか? 大好きな君の幽霊なんだから」
「相変わらず変な人。でも、そんな変なところに私は惚れちゃったんだけどね?」
「なんでもっと早く出て来てくれなかったんだ?」
「いろいろ事情があるのよ、こっちの世界には。詳しくは言えないけどね」
「会いたかったよくらら。とても会いたかった」
「私もよ。あなたには私が見えていなかったでしょうけど、私はいつもあなたのそばにいたのよ。気付かなかった?」
「時々、そんな気がしていた。君が隣にいるような感じがした。
あれは本当だったんだね?」
「そうよ、いつもあなたの事を心配していたの。
毎日お酒ばかり飲んで、ご飯もろくに食べないで。
おまけに会社も辞めちゃうし、会社の人たちも寂しがっていたわよ、あなたが会社を辞めちゃったから。
意外と人望があったのね? 特に総務の律子ちゃんなんて、あなたのことが大好きみたい。罪な男」
「そんなことまでわかるのか?」
「そうよ、だからオイタするとすぐにわかっちゃうんだからね」
「俺にはくららだけだよ」
「わかっているわよ、私もあなたが大好き。
でもね、悲しいお酒はダメ、お酒は楽しく飲まないと。
泣きながら飲むお酒なんてサイテーよ。生きてる時はいつも一緒に楽しくお酒を飲んだわね?」
「ああ、お笑い番組を見て大声で笑ったりしながらな?」
「そうよ、だからこんなお酒の飲み方はもう止めてね。わかった?
そしてきちんと食事をバランス良く食べること。
あなたにはもっと長生きして欲しいから。私の分まで。
だからお願い、約束して」
「わかったよ、そうするよ」
「私ね、雨の夜にだけあなたに姿を見せて、こうしてお話をすることが出来るの。雨の夜にだけ。
でも、私はいつもあなたの傍にいるから安心して。あなたはひとりじゃないわ」
「じゃあずっと雨だといいな、くららとこうして会えるなら」
「ずっと雨っていうのもどうかしらね?」
くららは笑った。
くららの幽霊が突然消えてしまった。
私はすぐにカーテンを開けた。
するともう雨はあがり、夜空には美しい満月が輝いていた。
その夜、私は初めて笑うことが出来た。
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