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第5話

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 約束の満月の夜がやって来た。
 メフィストと係長は近くの公園で待ち合わせた。


 「かぼちゃの馬車とか来るんですか?」
 「いえ、ここが王宮の入口になります」
 「何もないですけど?」
 「まあ、お待ち下さい」


 すると、メフィストはステッキで地面に魔法陣を描き始めた。
 大きな円を描き、そこにダビデの星や数字、星座記号を書き入れた。
 メフィストは魔法陣の中央に立つと、係長を呼んだ。


 「では小川係長さん、王宮へ参りましょう。
 どうぞこちらへ」


 係長は魔法陣の中に入った。
 するとメフィストは呪文を唱え始めた。


 「エロエロ エスエム エロエロ エスエム 我らを王宮へ導きたまえ!」
 「うわっー!」

 魔法陣の地面が開き、ふたりは地底深く落ちて行った。



 気が付くと係長はベルサイユ宮殿のような王宮の噴水の前に倒れていた。

 「大丈夫ですか? 係長さん?」
 「ここが王宮なんですか?」
 「そうですよ、ここが魔王の王宮です。
 あなたは今日から1週間、バロン小川になるのです。
 ここは想念の世界なのです。
 自分が思ったことはなんでも目の前に実現します」
 「どんなことでも?」
 「そうです、例えばフランス料理を思い浮かべてみて下さい。すると目の前にそれが現れます。
 リムジンやフェラーリ、プライベートジェットにクルーザー。
 豪華客船に六本木のキャバクラ、秋葉原のメイドカフェに地獄坂48。
 なんでも思いのままです。
 ちなみに、壇蜜でも吉瀬美智子でもOKですよ。うっひっひっ」

 メフィストはスケベそうに笑った。


 「思ったことはすべて叶うんですか?」
 「そうです、なんでも叶います。やりたい放題です!」

 小川係長は試しに真赤なポルシェを想い浮かべてみた。
 すると目の前に突然真赤なポルシェが現れた。

 「ほ、本当だ! すごい!」
 「ね、言った通りでしょう?」
 「じゃあ、じゃあ、サッポロビール!」

 キンキンに冷えたサッポロビールの大ジョッキが係長の右手に現れた。

 「でも、ポルシェに乗ったら飲酒運転になっちゃうしなあ」
 「ご心配には及びません。ここには警察はおりませんし、事故を起こしても誰も死にません。
 もちろん小川係長さんも」
 「そうなんですか! それじゃあ失礼して」

 係長はゴクゴクと喉を鳴らしてビールを飲み干した。


 「プハー、うまい! サイコー!」
 「では、存分にお楽しみ下さい。
 ただし、絶対にしてはいけないことがひとつだけあります」
 「何でしょう?」
 「絶対に家族のことを想い出さないことです。
 家族を思い出すと、このすばらしい世界から追放されてしまうからです。
 わかりましたね?」
 「それは大丈夫です。私は家族から捨てられた人間ですから」
 「そうでしたね? それではくれぐれもお気をつけて」

 それだけ言うとメフィストは消えた。

 係長はポルシェに乗ると思いっきりアクセルを踏んだ。
 ポルシェは王宮の中にあるサーキットを疾走した。

 「すごい!すごいぞ! なんというスピード感! シートに体が押し付けられる!」


 スピードメーターはすでに280kmを越えていた。

 小川係長は笑いが止まらなかった。 
 
 「俺は何でも出来る! 俺は王様なんだあ!」

 小川係長は完全に舞い上がっていた。

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