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第7話

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 係長は朝のエッチを終えると、マイケルと同じ、エビアンの水のプールで素っ裸で泳いでいた。


 「ああいい気持ち、エビアンのプールは最高だよ」


 プールから上がると、メイドたちがタオルで身体を拭いてくれて、係長は服に着替えた。



 係長は朝食に納豆と卵かけご飯とたくあん、もやしと油揚げの味噌汁を思い浮かべた。


 「なんて贅沢なんだ! 納豆と卵が両方付くなんて!」
 「男爵様、お食事の後はいかがなさいますか?」
 「そうだなあー、今日は何をしようか? 何をしたらいいと思う?」
 「この王宮ではなんでも思いのままです。
 あちらの世界ではお金が必要ですが、この王宮ではお金は不要なのです。
 お金がなくてもすべてが叶うのですから。
 ここは想念の世界なのです」
 「本当にここは天国だよ。パラダイスだ。
 私なんかどんなに働いても手取り月295,329円だよ。ボーナスは全部女房に貯金されちゃうし、3LDKの小さな家しか買えない。
 しかも70歳まで払い続けるんだよ? クルマだって中古の軽自動車だし。
 ポルシェなんか乗ったの初めてだよ」
 「どうして真赤なポルシェなんですか?」
 「百恵ちゃんの歌にあったからだよ。「真赤なポルシェ」って歌詞がね?」
 「それだけで?」
 「そう、それだけ。
 あちらの世界ではすべてがお金なんだ。何もかも」
 「お金だけが人生じゃない」なんて言う人もいるけど、お金があると何でも買えちゃうし、何でも出来ちゃうんだ。
 だって偉いも偉くないも、人の価値はどれだけお金を持っているかで決まっちゃうんだから。
 愛だってお金で買うことが出来るんだ。
 「お金で愛は買えない」なんて言うけど、あんなの嘘。
 逆にお金がないと愛も消える」
 「男爵様、お金って何ですか?」
 「お金は魔法だよ、魔法の杖。だって何でも出来ちゃうんだもん」
 「では男爵様、もしもですよ、もしもお金があったらここの王宮へは来る必要はなかったのではありませんか?」
 「もちろんだよ。だって向こうにも何でもあるからね? お金さえあれば何でも手に入るんだから」
 「そうですか・・・」


 メイドのリンダは寂しそうに言った。

 「かわいそうな男爵様、お金は恐ろしい物でもあるのに」
 「僕はダメな人間だよ、お金もロクに集められなくてさ。
 今頃の時期になるとね? いろんなところで年末ジャンボ宝くじが発売されるんだけど、みんな買うんだよ。
 おじいさんもおばあさんも、サラリーマンも奥さんも。どうしてだと思う?」
 「お金が欲しいからですか?」
 「もちろんそうだよ、そして働きたくないんだろうね?
 1枚300円の宝くじを10枚買うと3,000円、となりのスーパーに行けば、家族4人ですき焼とか食べられるのにね?
 そして当たりもしない宝くじを買うんだ、滑稽だろう?」
 「私たちは働いたことがないのでわかりませんが、そんなに嫌ですか? 働くのって?」
 「リンダたちだって、こうして働らいているじゃないか?」

 するとリンダは笑って言った。

 「男爵様、これは労働ではありません、「ご奉仕」です。
 自分の尊敬する、愛するご主人様にお仕えし、ご主人様が笑顔になる。これは労働ではなく喜びです。
 喜びがないから苦役、労働になるのです」
 「リンダの言う通りかもしれないな?
 僕は苦役をしていただけだったのかもしれない。
 定年まであと1年、私は私なりに頑張って真面目に働いたつもりだった。
 それなのに「さいたま」の深谷で、あのネギの深谷のヤマネコ・パッケージで段ボールを作れっていうんだよ、あんまりだよ、酷いよそんなの!」

 係長は泣いていた。
 リンダはFカップの胸に係長の顔を引き寄せ、ムギュと抱き締めた。

 「かわいそうな男爵様」


 小川係長は子供のように泣きじゃくったままだった。
 メイドたちもそんな係長を見て泣いた。
 
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