狂ったドリアン

菊池昭仁

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土下座したことある?

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 ドラマ『半沢直樹』の土下座が話題になった。

 大和田を演じる香川照之から、

 「やるんだ、やれーっ! 半沢ーっ! 土下座しろと言っているんだ!」

 と喚き散らされた堺雅人。


 まともに生きている人間は土下座なんかしない。無縁である。

 裁判所が一般人に無縁なようにだ。

 でも俺はまともじゃないから土下座をしたことが今までの人生で2回ある。

 そのひとつは三等航海士になって、初めての航海中での出来事だった。
 何も実務を知らない、肩章1本だけ付けた商船士官だった俺はまだ学生気分が抜けていなかった。
 当時は全員が日本人クルーだったので、仕事終わりにはよく一緒に酒を飲んだ。

 その時、俺は酒に酔った機関部の操機手に因縁をつけられ、頭に来た俺は相手を殴るかわりに壁に拳で穴を開けた。
 それに激怒した操機手は「なんやこれは!」と詰め寄って来た。

 すると、同じ商船高専の二等航海士だった先輩が、私の代わりに頭を下げてくれた。

 「コイツが申し訳ないことをしました。
 すみませんでした」

 その先輩はプロレスラーのような体格で、我々下級生の中では大変恐れられた人だった。
 その先輩が俺のために頭を下げてくれたのだ。


 私は先輩のキャビンに行き、「悪いのはアイツじゃないですか!」と先輩に食ってかかった。

 「いいかサードオフィサー(三等航海士の船内での呼び名)、確かに悪いのはあの人の方だし、職位もお前の方が上だ。
 だがな? それが船内生活というもんだ」


 私はすぐに操機手の部屋の前の廊下に行き、土下座をした。
 すると彼は私の背中をポンポンと叩き、部屋に招き入れ、酒を勧めてくれた。


 その後、先輩のキャビンに謝りに行って許してもらった旨を報告した。

 「土下座して許してもらいました」
 「そうか」

 先輩は笑って、とっておきの酒を俺に出してくれた。
 俺は泣いた。
 自分のために下げたくもない頭を下げてくれた、後輩想いの先輩のやさしさに。


 半沢直樹が終わってしまい、日曜の楽しみがなくなった。

 「あの土下座のシーン、面白かったよなあ」

 という話を聞く度、俺はそいつを殴りたくなる。
 土下座はそれ自体の行為に価値があるのではない、何のために土下座をするかだ。

 先輩は俺のために自分の部下の操機手に頭を下げてくれた。俺は先輩の恩に報いるために土下座をしたのだ。
 床に額をつけて詫びる究極の謝罪、土下座。

 綺麗なお姉さんに「どうかやらせて下さい!」という土下座ではない(笑)

 「施されたら 施し返す 恩返しです」

 「やられたらやり返す、倍返しだ!」ではなく、「やられたても忘れちゃえ」なのだ。貴重な人生のために。

 心を込めて詫びる。
 土下座は日本人の心だ。

 心ないパフォーマンスとしての土下座をしてはいけない。
 土下座は鞘から抜いたやいばだからだ。

 土下座しなくてもいい、常識的な生き方をしなくちゃね? 俺には無理だけど(笑)

 何? 「もうひとつの土下座は?」だって?
 まあそれはいいじゃない、もう忘れちゃったよ。あはは

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