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第二楽章

第4話 ストロベリーチョコレート

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 六本木のクラブは大勢の若者たちで溢れ、様々なパフュームやムスクの香りが汗と髪の匂いと相まって、独特な香りが充満していた。
 ラッパーがマイクを握り、聴衆を呷る。
 クラブDJが繰り出す緩急のあるサウンドに人々は酔いしれた。
 サイクロンのようなライトシャワーを全身に浴びて叫び、踊り狂う者たち。
 レーザー光線にストロボ、スモーク。大型ヴィジョンに映し出される原色の世界。
 酒を飲み、爆音の中、トランス状態で沸き起こる手拍子。迸る汗。
 私は宙に浮いているような感覚を得ていた。
 すべての苦痛から解放されるエクスタシー。

 曲がスロー・バラードに変わった時、不法滞在者らしきアラブ系の男が近づいて来た。

 「ヘイ ミスター。ご機嫌だな? どう? もっとハイになりたくないかい? これからその美人さんとお楽しみなんだろう? これを使えば凄いことになるぜ?」
 
 私がそれを無視して踊っていると、朋華が男に言った。

 「物は?」
 「だ」
 「エクスタシーかコークはある?」
 「あるよ」

 私は朋華の手を引いてその場から離れた。

 「どうしたの? そんな怖い顔して?」
 「ヘンな奴に関わるな! 君は医学部教授の娘で俺はその部下の准教授だ! 万が一それで捕まったらどれほどの物を失うと思っているんだ!」
 「別にいいんじゃない? それもそれで。あはははは
 アメリカならレストランのトイレでボーイからだって簡単に買えるじゃない? ペンシルバニアではやらなかったの? セックス・ドラッグ?
 アレを使ってするSEXは最高よ。医者のくせに試したこともないの? 真面目ね? バカみたい。うふっ」

 朋華はそう言って俺を笑った。

 「今日はもう十分楽しんだよ。家まで送るよ」
 「もう帰っちゃうのおー、つまんないのー」
 
 その時ふいに朋華が私にキスをした。
 蕩けそうなストロベリーチョコレートのような甘いキスだった。
 私はここ1カ月の禁欲生活で、下半身が熱く反応しているのを感じていた。

 (抱きたい。今すぐこの女を)

 私の理性は崩壊寸前だった。だが朋華とキスをしながら、私はもう一人の自分と葛藤していた。

 (お前はまた、琴子を裏切るつもりなのか?)

 そして遂に私は決断した。
 私は諸々の苦悩から解き放たれることを選択した。
 私は性欲に負けた。

 (俺を放ったらかしにしている琴子が悪いじゃないか!)


 
 そこは猥雑な悪趣味のラブホだった。
 私は何度も朋華を求め、彼女も私に挑んで来た。

 激しく腰を朋華に打ち付けながら、下になっている彼女の胸に私の顔から汗が滴り落ちる。

 「凄い! すごくいいの! また来そうよ! は、は、は、は・・・。 来る来る! あっ、ダメ、まだ出さないで!」

 すると朋華はいきなり起き上がると体を離し、私のペニスからコンドームを取り去った。

 「フィニッシュは一緒に迎えたいの。今日は大丈夫な日だから中に出してもいいわよ。スキンしてすると痛いのよ」
 「医者の俺を騙そうとしても無駄だ」
 「怖い? 私が妊娠するのが?」
 「・・・」
 「大丈夫よ、認知してなんて言わないから。ただあなたの優秀な遺伝子には魅力を感じるけどね? あなたと私の子供なら、凄まじい天才が生まれるはずよ」
 
 私はようやく自分のしていることを後悔した。
 私は琴子をまた裏切ってしまった。

 「どうしたの? スッキリしたくないの? 歌姫に悪い? 溜まっているんでしょ? いいのよ、これからは私が沙也さんの代わりになってあげる。都合のいいセフレにね?
 難しいオペの後はいつも、沙也さんに慰めてもらっていたんでしょ?」
 
 私はすでに禁断の果実を口にしてしまった。
 食べた以上、1個食べるも10個食べるも同じだった。
 もう食べた事実を覆すことは出来ない。

 私は乱暴に彼女を押し倒すと、彼女の両足を広げた。
 薄い彼女のアンダーヘアが張り付くほど、そこは十分に潤っていた。
 私はそこへ自分を宛がい、ゆっくりと内部を探検するように押入り、リズミカルに律動を再開させた。
 朋華の喘ぎ声が次第に高音になってゆく。

 「うっ、はあ、あ、あ、あ・・・、今よ、中に、お願い! 中に出して!」

 私が更に動きを加速させてゆくと、彼女は短い擬音を発して果てた。
 私は彼女がオルガスムスに達したことを確認すると、射精直前に彼女から自身を引き抜き、彼女の下腹部にそれを放出した。ドクンドクンと脈打つペニス。それは私とは別人格の物だった。

 荒い息遣い、小刻みに震える朋華。
 時折カラダがビクンと反応していた。

 我に返った彼女が寂しそうに言った。

 「意気地なし・・・。そんなに怖い? 歌姫のことが?」

 そう、私は卑怯な意気地なしだった。
 そして虚しさと、激しい罪悪感が私を襲った。 




 秘書の潤子と黒沢は、いつものように潤子のマンションで逢瀬を楽しんでいた。
 潤子は黒沢教授の愛人だった。

 コトが終わり、潤子はショート・ホープに火を点けると、それを黒沢の口に咥えさせ、自分もまたタバコに火を点けた。
 薄明りの間接照明の中で、時折光るふたつのタバコの灯は、まるでホタルのように揺れていた。

 「お前とした後のこの一服は堪らないなあ」
 「私も。食事の後のタバコよりも、SEXの後のタバコほど美味しい物はないわ」
 

 黒沢は考えていた。3カ月後に行われる学長選挙のことを。

 (そろそろ身辺整理をしなければならんな? この女ともおさらばだ)

 「なあ潤子、もう秘書の仕事も飽きたろう?」
 「学長選も近づいて来ましたからね? 愛人はもうお払箱ってこと?」
 「君は仕事の出来る女だ。このまま秘書にしておくのは実に勿体ない。
 そこでだ、どうだろう? 我が校の千葉の総合メディカルセンターの総務課長のポストは? 給料も今の1.5倍になるぞ」
 「邪魔者ですものね? 私」
 「君はまだ若い。そろそろ自分の将来を考えるべき時が来たということだよ」
 「心配してくれてありがとう。じゃあ私、千葉に行って将来有望なドクターを手懐けて、教授夫人にでもなることにするわ」
 「それがいい。それからこのマンションは君にやるよ。今まで俺に尽くしてくれた礼だ」
 「かなり高い手切れ金ね? 私のカラダにそんな価値があるかしら?」
 「お前にはそれだけの価値があるということだ。
 今までどうもありがとう」
 「どういたしまして、こんなお粗末な私でごめんなさいね」

 黒沢は安堵していた。
 これで学長の椅子はすぐ目の前まで来たと。
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