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第2話 元老院

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 2028年、秋。
 京都、平安神宮の地下シェルターには大老と12人の使徒たちが集結していた。
 彼らは平安時代から続く、『元老院』と呼ばれる日本最古の秘密結社のメンバーたちだった。

 大老の平玄盛たいらのくろもり以外は皆、能面を着け、お互いの顔も本当の名も、素性も何も知らない者同士であった。
 彼らはマタイの福音書にある、十二使徒の名で呼び合っていた。

 ペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレ、フィリポ、パルトロマイ、マタイ、トマス、ヤコブⅡ、タダイ、シモン、そしてユダ。
 日本はこの大老の玄盛を頂点とする、12人の使徒たちによって、事実上の支配をされていた。
 しかし国民はそれを誰も知らない。
 そして彼らは不思議な妖術を使う陰陽師でもあった。
 そこに小山田総理が呼ばれていた。


 「何のためにお主を首相にしたのか? 我々は酷く落胆しておるよ、小山田」
 「申し訳ございません」
 「いつまで我々、偉大なる大和民族はこんなにも耐え難い仕打ちを受けねばならんのかね?
 また九官鳥のように「遺憾です」を繰り返すつもりなのか? お前はこの現状をどう考えておるのだ?」
 「国際世論もあります故、あまりの刺激は出来かねます」
 「そろそろお前も交代の時が来たようじゃな? お主は総理の器ではなかったようじゃ。
 我々の人選ミスだったということじゃよ。フォフォフォ」
 「もう少しお待ち下さい。タイミングを見まして安保条約を破棄し、核の保有を内外に公表いたしますゆえ」
 「それはもう50年も前から我々が行って来たことではないかね? それをお前が今更言うべき事ではない」
 「少子化、いじめ、貧困。高齢化による年金、医療、そして介護問題。
 経済の低迷、格差社会、税収の低下、教育の崩壊、醜い利権争いの官僚たち、そしてお前たち政治家の腐敗。
 お前たちは何様だと思っているのかね? 新しい日本を再生せねばならない時が来たのだよ、小山田総理」
 「それにはまだ時期尚早かと。今しばらく時間が必要かと? 今しばしのご猶予をいただきたく・・・」
 「この国が滅んでしまうよ、そんな悠長なことを言っておったら」
 「小山田、お前は総理になったことで慢心しているのではないのかね? 身内の不祥事を揉み消し、なんの政策も実行せず、自分の周りには無能なイエスマンばかりを集めて喜んでおる。
 国民への対応も非常にお粗末だ。
 きちんと説明責任も果たしておらん。
 お前の支持率は過去最低だと言うではないか?」
 「お主は所詮、官房長官としてのお飾りがお似合いの、ただの小者だったということじゃよ。
 お主にこの国の総理は無理じゃ。辞任するがよい」
 「この男には何を言っても無駄だ。コイツには死ぬ覚悟がない。
 政治家のくせに命を賭けてこの日本を守ろうという気構えがないのだ。
 お前は歴代総理の中で、いちばん無能な総理大臣だよ」

 そうして12名の使徒たちは、代わる代わる小山田総理を罵倒した。
 怒りに震える小山田総理だが、反論することは出来ない。
 元老院は絶対的存在だったからだ。
 その時、大老の玄盛が口を開いた。

 「その問題を一度に解決する方法がひとつだけある」
 「何です大老、その方法とは?」
 「それは『国家管理保護法』の制定だ」
 「国家管理保護法?」

 小山田は首を傾げた。
 玄盛は続けた。

 「今の老人たちは身の程をわきまえていない。
 我儘で自分勝手、人に対する感謝を忘れている。
 そして見た目は若いが何かしらの持病を抱え、働くことも出来ない。
 つまり、価値のない人間、ただの老害でしかないのだ。
 男は満75歳、女は満80歳になったら安楽死させろ。
 そして満16歳になった男子には兵役を課すのだ。
 さらに16才になった男女には生殖適合検査を行い、子供を持つにふさわしくない若者には子供を作ることを禁じるのだ。
 つまり、国家が生と死を管理することで日本民族の純血を守り、再び我々が世界の覇権を握る。神国日本を復活させるのだ」
 「私にホロコーストをせよと!」

 小山田は激高した。

 (私にヒットラーやスターリン、ポルポトになれというのか!)

 「ホロコーストではない、これは日本再生のための「ゴミ処分」なのだ。
 この神国日本を復活させる為には、もはやこの方法を置いて他にはない。
 それを成し遂げるために、我々はお前を総理に選んだ。
 民自党の金権政治はもう終わりだということだよ、小山田総理。
 そしてお前の名は日本の歴史に永遠に刻まれるのだ。
 英雄として、勇者としてな? かつて金日成や毛沢東がそうであったように、邪魔な人間を粛清するのだ。この神の国、日本の復活のために。
 法案に反対する勢力はカネで黙らせればいい。それでも駄目な連中は・・・。
 わかっているな? 伊賀、甲賀のお庭番を使え。
 お前たち民自党がお得意の口封だよ。死人に口無しだ。
 事故や病気、自殺に見せかけてのアレだ。 
 東京に帰ったらすぐに実行せよ。以上、散会」
 



 小山田は独り、絶望していた。

 (やらねば私の命はない)

 東京に戻る新幹線の中で、小山田総理は溜息を吐いていた。 
 確かにこの国は沈没寸前だ。だがそれは自分のせいではない。
 かつての政治家たちがそうであったように、自分の地元の人気取りのために鉄道を敷き、高速道路を作り、必要のないローカル空港を作った結果ではないか。
 税金をばら撒き、それを自分の懐へと還流を続けていたのは私だけではない。
 私は明らかに「ジョーカー」を引かされた。
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