★【完結】歌姫(後編)作品230824

菊池昭仁

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第二楽章

第8話 恋を超え 愛へ

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 汐留のホテルに着くと、錬三郎は私を部屋の前まで送ってくれた。

 「ではゆっくりおやすみ下さい」

 私は帰ろうとする錬三郎の腕を掴んで引き留めた。
 
 「お部屋で少し一緒に飲まない?」
 「まだ呑むんですか? それならホテルのBARで呑みましょう」
 「ごちゃごちゃ言ってないで早く入りなさいよ!」
 
 私は無理矢理彼を部屋に引き入れた。


 「ビールでいいかしら? お腹空かない? ルームサービスでも頼んじゃう? 何がいい?」
 
 すると突然部屋の電気が消えた。
 錬三郎が部屋の灯りを消したのだった。

 (電気なんか消しちゃって、うふっ、女の子みたい)

 「あと2分であそこに見える東京タワーの明かりが消えるんですよ」
 「東京タワーって午前零時になると明かりが消えちゃうの?」
 「不思議ですよね? 明かりが点くとうれしいのに、明かりが消えると寂しくなるのはどうしてなんでしょう?
 ロウソクを灯すのはワクワクするのに、ロウソクを吹き消すと寂しくなる。そして暗闇が怖くなる。
 見てて下さい、東京タワーというキャンドルを、僕が吹き消してみせますから」

 そう言って錬三郎は窓際に立ち、東京タワーを見詰めた。
 彼の携帯の零時のアラームが鳴り、東京タワーに向かって彼は息を吹き掛けた。
 東京タワーの照明が消えた。
 私はその時初めて、東京タワーの明かりが消える瞬間を見た。
 切ない気持ちになった。

 「東京タワーって、東京で生きている人たちの希望のシンボルなんですよ。スカイツリーのようにお洒落で近代的なテクノロジーの象徴ではなく、武骨でちょっぴりダサくて、でも可愛くて親しみがある。鉄のトラス構造なのに何故か温かい。
 当時の日本は敗戦でまだ鉄が乏しくて、東京タワーに使われた4,000トンの鉄骨は、朝鮮戦争で使われた、アメリカの旧式戦車のスクラップを溶かして造られたそうです。
 延べ22万人の人員で、1年3カ月を掛けて完成しました。
 その明かりが消えた時、人は寂しい気持ちになる。
 銀は僕にとって「東京タワー」だったのかもしれません。
 「東京タワー」だなんて、地味な名前ですよね?
 なんだか寂れた遊園地のアトラクションみたいで」

 錬三郎が泣いていた。
 私はそんな錬三郎にキスをし、やさしく抱き締めた。

 「もう遅いから今夜は寝ましょう」

 私はそのまま彼とベッドに横になった。
 錬三郎は何もしてはくれなかった。

 「琴ちゃん」
 「なあに?」
 「僕も一応男ですから、あなたみたいな素敵な女性に興味がないわけではありません。
 でも、あなたは私の親友の大切な恋人です」
 「親友の彼女と「して」はいけないの? 死んじゃった親友でも?」
 「常識的にはそうです」
 「いいんじゃない? お互い付き合っている人はいないんだから。ただのスポーツだと思えば? 夜の「プロレスごっこ」だと思ってすれば」
 
 錬三郎はベッドから体を起こした。

 「鎌倉のお母さんには今日は泊まるとお伝えしたんですか?」
 「さっきタクシーの中でLINEしておいたから大丈夫。
 母は心配性だから」
 「そうですか? じゃあ寝ましょうか? 先にシャワーを浴びて来ます」
 「一緒に浴びる?」
 「いえ、僕だけでお願いします」

 そう言って彼は服を脱ぎ、パンツになってバスルームへと消えた。
 私は彼の脱いだ服をハンガーに掛け、彼の匂いを嗅いだ。いい香りがした。

 (何よ、結局するんじゃない)

 私は服を脱ぎ、彼の入っている浴室のドアを開けた。

 「背中、流してあげる」
 「もう洗いましたから大丈夫です。僕は出ますからどうぞごゆっくり」

 そう言って錬三郎は浴槽にお湯を張り始めた。
 外見からは想像出来なかったが、錬三郎は均整のとれた鋼のような肉体をしていた。
 
 「お湯の温度はこれくらいでいいですか?」

 彼は私にお湯の温度を確認させた。

 「もう少し、熱い方がいいかも」
 「では調節して下さい。お先に失礼します」

 彼はそう言ってバスルームを出て行った。
 浴槽にお湯が溜まるまで、私はシャワーで髪を洗った。
 アソコに手をやると、久しぶりにかなり潤んでいるのがわかる。
 私はゆっくりと湯舟に浸かり、これからの展開を想像して興奮した。

 
 「お待たせー」
 
 浴室から出ると、錬三郎は消えていた。
 テーブルの上にメモが置かれていた。

 
   やはり銀の彼女さんとはプロレスは出来ません
   銀は私の大切な親友ですから
   今日はありがとうございました
   とても楽しい夜でした
   ゆっくり休んで下さい
   おやすみなさい 

               椎名


 彼らしいと思った。
 私は持て余した性欲を自ら慰めているうちに眠ってしまい、いつの間にか朝を迎えていた。



 ホテルで軽い朝食を摂り、フロントにチェック・アウトに行くと、もうすでに清算がされており、逆に預り金から余剰金を渡された。
 
 (どこまで気の利く男なの?)

 私は銀河のことを思い出した。
 やはり友人も似るものなのかと苦笑いした。


 昨日のお礼を言おうと、彼のオフィスに電話をしようとしたが、今日が土曜日であることに気付いて断念した。
 
 (携帯番号を聞いておけばよかった)

 


 鎌倉に帰ると母に笑って冷やかされた。

 「昨日の先生とのお泊りデートは楽しかった?」
 「ホテルまで送ってもらってお別れしただけよ」
 「あら残念。今日は先生のご自宅にお泊りかと思っちゃったわ。うふっ」
 「そんな関係じゃないわよ、お友だち」
 「最初はみんなお友だちよ。焦ることはないわ、琴子はまだ恋愛リハビリ中なんだから。
 でもママはお似合いだと思うわよ。琴子と椎名先生。ゲッツ! あはははは。
 ランチにでも行こうか? お婆ちゃまも誘って?」
 「うん、いいけど」
 
 母は私の回復が余程うれしかったようだ。
 錬三郎からもらった宿泊券のことは母には黙っていた。
 その宿泊券で錬三郎と一緒に熱海の温泉に行こうと思っていたからだ。



 鎌倉の古い住宅街にある、表に看板の出ていないその店は、和食の創作料理のお店だった。
 四季折々の旬の食材を、食べるのが勿体ないくらいに美しく器に盛り付け、目も楽しませてくれる。

 店主の紀美加さんは母の幼馴染だったので、いつも私たちの苦手な物を除いて調理してくれる。


 「こんにちはー」
 「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
 「夢香ゆめかちゃん、忙しいお昼時にごめんなさいね?」
 「とんでもありません。今、オーナーはバタバタしていますので、取り敢えず、いつものお気に入りの窓際のお席をご用意させていただきました」
 「あの席、好きなのよねー。あの席から見える泰山木がとても好きなの。春には桜も綺麗だしね?」
 「あっという間にもう1月も後半ですからね?」
 

 私たちはその窓際の席に座った。
 午後の陽射しを浴びて、白いテーブルクロスが眩しかった。


 最初に益子焼の黒い茶碗に入れられた、コーンポタージュを出してくれた。

 「んー、凄くやさしくて上品なスープ。お替りしたいくらいだわ」

 母はとても満足そうだった。

 「このお店がテレビの取材を受けたり、ネットになんか載らないことを願うわ。看板もないのにいつも予約でいっぱいなのに、そんなことになったら私たち、もうここでお食事なんか出来なくなっちゃう」
 「紀美加さんはお料理の天才ね?」
 「ジイジがまだ生きていた頃には、ウチでのパーティには何度かケータリングもお願いしていたんだけれど、ゲストのみなさんからとても好評だったわ。特に外国の方たちには」
 「小さい頃はよく、紀美加と一緒に鎌倉の海で遊んだなあ。浜辺でキレイな貝殻を拾ったりして。
 夕べは椎名先生とどこでデートしたの?」
 「だからデートじゃないって。冒険かな? いや探検?
 銀と先生が学生時代によく通った、アメ横の居酒屋とか、銀座の天ぷら屋さんにゲイ・バーとか」
 「ゲイ・バーなんて行ったの? なんだか面白そうね? 今度ママも連れて行ってよ」
 「ゲイ・バーって歌舞伎町とかにある飲み屋さんのこと?」
 「違うわよお婆ちゃま。銀座にある、ロンドンのPUBみたいなBARよ」
 「でもゲイなんでしょう?」
 「それはそうだけど、ショーもあってとっても素敵なお店だったわよ。天ぷらは銀座の高級店でご馳走になっちゃった」
 「天ぷらかあ、いいわね? 来月パリに立つ前に食べに行きたいわね? お母さんも一緒にどう?」
 「いいわねえ、天ぷら。私はミョウガの天ぷらが好き」
 「お婆ちゃまは野菜系が好きだもんね?」
 「あら、はもとかさわらも好きよ」

 そこに夢香ちゃんが鎌倉野菜のサラダと、四角い陶器のワンプレートを持ってやって来た。

 「お婆様、丁度良かったです。今日の「紀美加のおまかせ」には鰆の西京焼きを添えてありますから」
 「あら、オーナーに私の想いが通じたのかしら? おほほほほ」

 カリカリ梅とジャコのおむすび、茄子の揚げ浸しとイカとネギと芥子菜の酢物。大きめのあんかけ茶碗蒸も一緒に運ばれて来た。

 「美味しそー!」

 紀美加さんがやって来た。


 「美味しそーじゃなくて、「すごく美味しい!」のよ。久子、いつもありがとう。今日はみなさんお揃いで?」
 「来月、パリに立つことになったの。だからその前に紀美加のお料理が食べたくてね?」
 「パリへ? 旦那さんも一緒に?」
 「離婚しちゃった」
 「じゃあ久子も私とお仲間ね?」
 「ごめんなさい、ここには別の結婚指輪がはまる予定になっているの。その彼とパリで暮らすことにしたの」

 母は少し自慢げに、悟さんから贈られたルビーの婚約指輪を紀美加さんに見せた。

 「これ、彼からもらっちゃった。婚約指輪」
 「そうなの! やるじゃないの久子!
 ごめん、今日はこんな感じだからさ、今度ゆっくり聞かせて。それじゃみなさん、ごゆっくり」

 紀美加さんは颯爽と厨房へと戻って行った。
 母は嬉しそうに箸を動かしていた。




 月曜日のお昼前、私は錬三郎のオフィスに電話をした。

 「海音寺ですが、椎名先生はいらっしゃいますか?」
 「お世話になっております。少々お待ち下さい」

 なぜかドキドキした。この待たされている間がモゾモゾした。

 「お電話代わりました。椎名です」

 錬三郎のカウンター・テナーの声だった。

 「ちょっと酷いじゃないの錬三郎! お姫様を残して帰っちゃうなんて!」
 「ごめんなさい。琴ちゃんは大切なクライアントさんだから、そういうことはちょっとね。あははは」
 「そのクライアントからの命令よ。今日の夕食は私に奢らせて頂戴。わかった?」
 「お詫びに僕が御馳走するよ。何がいい? お酒以外でね。あはははは」
 「何それ?」
 「琴ちゃん、酒癖に少々問題があるようなので」
 「食事とお酒はセットなの! 男と女みたいに」
 「お酒はビールだけにして下さい」
 「わかったわよ。じゃあお刺身がいい」
 「分かりました。では銀座三越のライオンの前に19時でいかがでしょう?」
 「三越のライオンの前に19時ね? もしはぐれたら困るから、念のために携帯番号を教えて」
 「分かりました。ではこれから琴ちゃんの携帯に電話しますから、一旦、携帯を切って下さい」

 携帯を切ると、すぐに錬三郎から電話が掛かって来た。
 私はその携帯番号に折り返し電話を掛けてみた。錬三郎が出た。

 「これが僕の携帯番号です。では後程」
 「気を付けて来てね? 遅れてもいいから」
 「琴ちゃんもね?」

 電話を切って、私は携帯電話を抱き締めた。

 私の錬三郎への想いは、早くも恋から「愛」に変わっていた。
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