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第13話
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夏も終わり、水泳の季節が終わった。
秋はあっという間に過ぎ去り、今でも忘れはしない、11月13日に初雪が降った。
そして初めて白い世界を見た。会津の冬は長い。
津々と降り積もる雪。
大宮でも雪は降ったが雪の量が違う。
大宮で雪が積もるといえばせいぜい5センチ程度だった。
それでも私は近くの空き地の築山に、岩手から送られて来たリンゴの木箱の板を剥がして釘を2本ずつ打って、そこに長靴の先が当たるように「スキー」を作って滑ってみたり、雪だるまを作って独りではしゃいでいた。
見様見真似で雪だるまを転がして行くと、雪だるまは丸くはならずに「黒だるまロール」になって、転がした跡が黒く道になってしまい、悲しくなった。
おでんを重ねたような、所々が黒い雪だるまがようやく完成した。
だが会津では1日で50cmはすぐに雪が積もった。
私は念願だった丸くて白い雪だるまを作り、「かまくら」も作った。
まだ4歳だった妹と、テレビで見た秋田の「かまくら」の中の炬燵でミカンを食べているシーンを思い出し、家からミカンを持って来て一緒に食べた。
妹は母の胎内にいた頃を思い出したのか、とてもうれしそうにミカンを食べていた。
「お兄ちゃん、「かまくら」また作ろうね?」
朝、学校に行く時、まだ所々道路の除雪がされておらず、雪をかき分けて登校した。
雪国会津では相互扶助の精神があり、近所同士が協力して雪かきや雪下ろしをする。
ツララも初めて見た。
校庭にはちょっとした築山が作られており、冬の体育の時間にはスキーの授業もあった。
みんな、蛍光色のカラフルなスキーやスキー靴を履いて上手く滑っていた。
私は新しいスキーなどとても買ってもらえず、従兄弟が前に使っていた旧式の登山靴のようなスキー靴に、金具の古い、木製のスキーだったので、みんなから白い目で見られたが、多少ケンカが強かった私に誰もそれを指摘して嗤う者はいなかった。
スキー教室も年1回行われ、近くのリフトもないようなゲレンデに、スキーを担いで出掛けた。
運動神経だけは良かった私はすぐにスキーをマスターした。
そしてようやく安物のスキーとスキー靴を買ってもらい、ストックも竹ではなく、ジュラルミン製になり、私はよりスキーが好きになり、上達した。
私と妹は雪が大好きで、雪が降るとまるで子犬のように田んぼを雪まみれになって走って遊んだ。
春には中学への入学が待っていたが私は憂鬱だった。
母はいつも零していたからだ。
「ホント、中学はお金が掛かるわねえ」
ある日、母に連れられて祖母たちが住む実家に行った。
「ケンボウ(従兄の名前)、アンタ来年から高校だよね?
昭仁に要らなくなった中学の制服をくれない?」
「いいよ叔母ちゃん」
ケンボ兄ちゃんは2着の制服を持って来てくれた。
「ちょっと着てみなさい」
私は母に言われ、渋々それに袖を通した。
少し大きかった。
「おばちゃん、昭仁には少しおおきくねえべか?」
「大丈夫よ、どうせすぐに大きくなるんだから」
悲しそうな私の顔を見たケンボ兄ちゃんは母に言ってくれた。
「中学の制服、買ってやらんにいのかよ?」
と、ケンボ兄ちゃんは母に言ってくれた。
だが母はきっぱりと言った。
「どこにそんな余裕があるというのよ。大宮から引っ越して来て大変なんだから」
そしてズボンは母が調整してくれて、私は少し大きめの制服を来て入学式に臨んだ。
恥ずかしかった。
入学式には父が来てくれた。
中学校までは自宅から歩いて50分ほど掛かった。
父はうれしそうだった。やっと私が中学生になったことに。
流石に布製の肩掛けカバンと制帽、運動着は新品を買ってくれた。
当時の会津の中学は三中以外はみんな坊主頭にされ、なんと運動着には番号と名前が書かれた大きなゼッケンが貼られていた。
今では大騒ぎになることだろう。
私は元妻と同じクラスになり、あいうえお順の出席番号が同じ「5番」だったので、隣同士の席になった。
そして私たちはすぐに仲良くなった。
彼女にとって運命とは残酷なものだ。
中学では水泳部に入るつもりでいたが、先輩に勧誘されるまま柔道部に入部した。
最初の一週間はやさしかった先輩たちも、すぐに鬼となった。
部活がこんなに苦しいものだとは思わなかった。
毎日がクタクタだった。
成績はビリから数えた方が早かった。
英検4級にも落ちた。
中間テストや期末テストの結果は男女別々に100位までが障子紙のような長い紙に、筆字で名前を書く担当の先生がいて、まるで高校入試の合格発表のように生徒たちが集まっていた。
私は当然100番以内に入っているわけもなく、その結果を見ることはなかった。
小学校の時の初恋の彼女から暑中見舞が届いた。
そこには海の中で沈んでいるエンジェル・フィッシュが描かれ、「負けそう」と書かれていた。
彼女は10番以内だった。
(俺の入れる高校なんてあるのだろうか?)
私の中学生活は惨憺たるスタートだった。
秋はあっという間に過ぎ去り、今でも忘れはしない、11月13日に初雪が降った。
そして初めて白い世界を見た。会津の冬は長い。
津々と降り積もる雪。
大宮でも雪は降ったが雪の量が違う。
大宮で雪が積もるといえばせいぜい5センチ程度だった。
それでも私は近くの空き地の築山に、岩手から送られて来たリンゴの木箱の板を剥がして釘を2本ずつ打って、そこに長靴の先が当たるように「スキー」を作って滑ってみたり、雪だるまを作って独りではしゃいでいた。
見様見真似で雪だるまを転がして行くと、雪だるまは丸くはならずに「黒だるまロール」になって、転がした跡が黒く道になってしまい、悲しくなった。
おでんを重ねたような、所々が黒い雪だるまがようやく完成した。
だが会津では1日で50cmはすぐに雪が積もった。
私は念願だった丸くて白い雪だるまを作り、「かまくら」も作った。
まだ4歳だった妹と、テレビで見た秋田の「かまくら」の中の炬燵でミカンを食べているシーンを思い出し、家からミカンを持って来て一緒に食べた。
妹は母の胎内にいた頃を思い出したのか、とてもうれしそうにミカンを食べていた。
「お兄ちゃん、「かまくら」また作ろうね?」
朝、学校に行く時、まだ所々道路の除雪がされておらず、雪をかき分けて登校した。
雪国会津では相互扶助の精神があり、近所同士が協力して雪かきや雪下ろしをする。
ツララも初めて見た。
校庭にはちょっとした築山が作られており、冬の体育の時間にはスキーの授業もあった。
みんな、蛍光色のカラフルなスキーやスキー靴を履いて上手く滑っていた。
私は新しいスキーなどとても買ってもらえず、従兄弟が前に使っていた旧式の登山靴のようなスキー靴に、金具の古い、木製のスキーだったので、みんなから白い目で見られたが、多少ケンカが強かった私に誰もそれを指摘して嗤う者はいなかった。
スキー教室も年1回行われ、近くのリフトもないようなゲレンデに、スキーを担いで出掛けた。
運動神経だけは良かった私はすぐにスキーをマスターした。
そしてようやく安物のスキーとスキー靴を買ってもらい、ストックも竹ではなく、ジュラルミン製になり、私はよりスキーが好きになり、上達した。
私と妹は雪が大好きで、雪が降るとまるで子犬のように田んぼを雪まみれになって走って遊んだ。
春には中学への入学が待っていたが私は憂鬱だった。
母はいつも零していたからだ。
「ホント、中学はお金が掛かるわねえ」
ある日、母に連れられて祖母たちが住む実家に行った。
「ケンボウ(従兄の名前)、アンタ来年から高校だよね?
昭仁に要らなくなった中学の制服をくれない?」
「いいよ叔母ちゃん」
ケンボ兄ちゃんは2着の制服を持って来てくれた。
「ちょっと着てみなさい」
私は母に言われ、渋々それに袖を通した。
少し大きかった。
「おばちゃん、昭仁には少しおおきくねえべか?」
「大丈夫よ、どうせすぐに大きくなるんだから」
悲しそうな私の顔を見たケンボ兄ちゃんは母に言ってくれた。
「中学の制服、買ってやらんにいのかよ?」
と、ケンボ兄ちゃんは母に言ってくれた。
だが母はきっぱりと言った。
「どこにそんな余裕があるというのよ。大宮から引っ越して来て大変なんだから」
そしてズボンは母が調整してくれて、私は少し大きめの制服を来て入学式に臨んだ。
恥ずかしかった。
入学式には父が来てくれた。
中学校までは自宅から歩いて50分ほど掛かった。
父はうれしそうだった。やっと私が中学生になったことに。
流石に布製の肩掛けカバンと制帽、運動着は新品を買ってくれた。
当時の会津の中学は三中以外はみんな坊主頭にされ、なんと運動着には番号と名前が書かれた大きなゼッケンが貼られていた。
今では大騒ぎになることだろう。
私は元妻と同じクラスになり、あいうえお順の出席番号が同じ「5番」だったので、隣同士の席になった。
そして私たちはすぐに仲良くなった。
彼女にとって運命とは残酷なものだ。
中学では水泳部に入るつもりでいたが、先輩に勧誘されるまま柔道部に入部した。
最初の一週間はやさしかった先輩たちも、すぐに鬼となった。
部活がこんなに苦しいものだとは思わなかった。
毎日がクタクタだった。
成績はビリから数えた方が早かった。
英検4級にも落ちた。
中間テストや期末テストの結果は男女別々に100位までが障子紙のような長い紙に、筆字で名前を書く担当の先生がいて、まるで高校入試の合格発表のように生徒たちが集まっていた。
私は当然100番以内に入っているわけもなく、その結果を見ることはなかった。
小学校の時の初恋の彼女から暑中見舞が届いた。
そこには海の中で沈んでいるエンジェル・フィッシュが描かれ、「負けそう」と書かれていた。
彼女は10番以内だった。
(俺の入れる高校なんてあるのだろうか?)
私の中学生活は惨憺たるスタートだった。
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