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第15話
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転任して新しくブラバンの顧問になった、音楽の大滝先生に呼び止められた。
「菊池、お前、トランペットがやりたいんだって?
やらせてやるからブラスバンド部に入れ」
寝耳に水だった。
なぜなら俺は、今だに音楽だけはやっと「3」になった程度で、ブラスバンドのことなどすっかり忘れていたからだ。
「私はトランペットを持っていないので無理です」
「学校で買ってやるから大丈夫だ。
ここの校長は元音楽の教師でな? ブラバンにチカラを入れたいらしい。
俺はそのためにここに呼ばれたんだ」
うれしかった。
私はブラスバンド部に入部することを快諾した。
ピカピカの新品のトランペットを与えられた私は、いつもそれを大事に家まで持ち帰り、毎日唇が「なめかん」になるまでマウスピースでバジングの練習をした。
新聞の番組欄でラジオやテレビのクラッシック番組をチェックし、NHKや『題名のない音楽会』などでオーケストラで吹く、トランペット奏者の演奏を齧り付くように見入っていた。
私はいつも愛情を込めてトランペットを磨き続けた。トランペットは私の恋人だった。
トランペットも作音楽器なので、そう簡単には音が出ない。
ドレミファを吹けるようになるまで、1週間も掛かった。
私は毎日毎日トランペットのことばかりを考え、練習に打ち込んだ。
ブラバンの部員も増え、ドラムセット、ティンパニーや大きな銅鑼まで揃った。
コンクールへの参加が決まった。
「お前たちはまだレベルが低い。自由曲は速いテンポの曲にした。
審査員たちも毎日同じような曲ばかり聴いてうんざりしているからな?
誤魔化すには丁度いい」
初めての曲は『ページェント序曲』に決まった。
単純な曲でテンポは速いが、比較的初心者向きで聴きごたえのある珍しい曲だった。
当時は土曜日も「半ドン」と言って午前中の授業があり、当然部活もあった。
日曜祝祭日もなく、私たちは毎日夜になるまで練習を続けた。
そして私のトランペットの上達に伴い、ブラバンもみるみるレベルアップして行った。
その時初めて、音楽は指揮者で変わることを知った。
それまでの私は、指揮者は「ただ棒を振っているだけの人」だと思っていた。
曲を理解し、的確に各々の演奏者に支持を出して、指揮者独自の音楽を作り上げてゆく。
ベートーヴェンの『運命』が、カラヤンとフルトベングラーでこんなにも違う解釈になると知ったのはこの頃だった。
何しろ家にはレコードプレイヤーもレコードも、ラジカセもなかったのだから。
それゆえ私は中学生の分際で、ブラバンと柔道部を掛け持ちすることになった。
ブラバンが9で柔道が1の力配分にした。
私は既に柔道に飽きてしまい、試合の1週間前にしか柔道部に顔を出さなくなっていた。
音楽に夢中だった。
今のようにYouTubeもない時代、音楽に関してド素人だった私は、楽典の勉強も始め、兎に角片っ端からインストルメンタルの音楽に触れるようにした。
当時はポール・モーリアやレイモンド・フェーブルなどが全盛で、「ピアノの貴公子」リチャード・クレーダーマンも活躍していた。
映画音楽が好きだった。
フランシス・レイ、ニーノ・ロータ、ヘンリー・マンシーニなどの作曲家を始め、フルートのジャン・ピエール・ランパルや12弦ギターのナルシソ・イエペス、そしてトランペットのニニ・ロッソを知ることとなった。
次第に新入部員も増えてゆき、いつの間にかブラバンは50名近くのビッグバンドになっていた。
私もトランペットでファースト・ポジションを吹くまでになっていた。
かつて音楽が「2」だったこの私がである。
私を育ててくれたのは大滝先生であり、今は世界的な指揮者になった、東京藝大に進んだ「天才」のお蔭である。
いつも出しゃばることなく、人望があり、いつもみんなから信頼され、愛されていた彼。
彼は小学校の5年生からピアノを始めたという。
そして彼はすべての楽器を演奏することが出来た。
ゆえに曲の編成によっては彼がその不在のポジションを埋めていたのだ。
まるで千手観音のように。
スコアを見ると、勝手に音楽が鳴るのだとも話していた。
楽譜を読めない私は、新しい楽譜を渡されると、一度それを彼にピアノで演奏してもらい、それを真似て吹いた。
益々家に帰るのが遅くなり、勉強時間が削られた。
私は家に帰るとすぐに食事を済ませ、テレビも見ずに風呂に入って眠るようにした。
そして午前零時に起きて、深夜放送を聴きながら朝まで勉強する毎日だった。
土曜の深夜のせんだみつおさんのエッチなラジオにはドキドキした。
その頃からビートルズやビリー・ジョエル、ミッシェル・ポルナレフ、クイーン、カーペンターズなどの洋楽も聴くようになった。
不思議と成績は更に良くなって行った。
一日の睡眠時間は3時間ほどだったがとても充実していた。
そしてその頃、2ヶ月に一度ほど、激しい頭痛に襲われたが病院に行くのが怖くてよく学校を休んだ。
今思えば軽い脳卒中だったのかもしれない。
その後、いつの間にか頭痛は消えた。
フォーク全盛の時代だった。
フォークギターが流行って、みんな学校の休み時間にはギターを弾いて歌っていた。
かぐや姫、NSP、さだまさし、小椋佳、吉田拓郎、中島みゆき、風、松山千春、ふきのとう、青い三角定規など、アチラコチラの教室で歌声が響いていた。
フォークギターなどとても買えない私は、叔父から古いガットギターをもらった。うれしかった。
叔父はよく東京へ出稼ぎに行っていた。
声の大きな人で人情味のある人だった。
娘しかいない叔父は、私を息子のようにとてもかわいがってくれた。
川釣り、キノコや山菜採りにも連れて行ってくれた。
酒とタバコで声は濁声、でもそれが演歌を歌わせるといい味になっていた。
都会の工事現場での仕事を終えると銭湯に行き、飯場近くのスナックに飲みに行って歌っていたそうだ。
ぴんから兄弟の歌真似が上手で、特に『なみだの操』には定評があり、常連さんたちにせがまれて歌うと、よく酒代を奢ってくれたと話していた。
私の家にもたまに遊びに来て、仕事のない日は昼間から酒を飲んでいた。
叔父がトイレに行くと、いつも和式の水洗トイレの周りが叔父のオシッコでビシャビシャになってしまった。
「まったくいつもこうなんだから! 兄さんは!」
と、母がよく文句を言いながら掃除をしていたのを思い出す。
私が朝、中学へ登校する時は大変だった。
ずっしりと重い肩掛けの布鞄、そして片方の肩にはランチ・ジャーを掛け、右手にはトランペット、そして左手にはギターと腕には柔道着をはめていた。
父はそんな私を見て、「まるでチンドン屋だな?」と笑っていた。
1年も終わり、中学2年になった時、初恋だった女の子が転校することになった。
私は残っていたお年玉をかき集め、彼女に小さなオルゴールを買ってプレゼントした。
何度か文通もしたが、そのうち彼女からの手紙が途絶え、文通は終わった。
風の噂では付き合っている男子が出来たと聞いた。
私の初恋は、あっけなく終わってしまった。
甘さの少ないレモンライムのような、苦くて酸っぱいだけの初恋だった。
「菊池、お前、トランペットがやりたいんだって?
やらせてやるからブラスバンド部に入れ」
寝耳に水だった。
なぜなら俺は、今だに音楽だけはやっと「3」になった程度で、ブラスバンドのことなどすっかり忘れていたからだ。
「私はトランペットを持っていないので無理です」
「学校で買ってやるから大丈夫だ。
ここの校長は元音楽の教師でな? ブラバンにチカラを入れたいらしい。
俺はそのためにここに呼ばれたんだ」
うれしかった。
私はブラスバンド部に入部することを快諾した。
ピカピカの新品のトランペットを与えられた私は、いつもそれを大事に家まで持ち帰り、毎日唇が「なめかん」になるまでマウスピースでバジングの練習をした。
新聞の番組欄でラジオやテレビのクラッシック番組をチェックし、NHKや『題名のない音楽会』などでオーケストラで吹く、トランペット奏者の演奏を齧り付くように見入っていた。
私はいつも愛情を込めてトランペットを磨き続けた。トランペットは私の恋人だった。
トランペットも作音楽器なので、そう簡単には音が出ない。
ドレミファを吹けるようになるまで、1週間も掛かった。
私は毎日毎日トランペットのことばかりを考え、練習に打ち込んだ。
ブラバンの部員も増え、ドラムセット、ティンパニーや大きな銅鑼まで揃った。
コンクールへの参加が決まった。
「お前たちはまだレベルが低い。自由曲は速いテンポの曲にした。
審査員たちも毎日同じような曲ばかり聴いてうんざりしているからな?
誤魔化すには丁度いい」
初めての曲は『ページェント序曲』に決まった。
単純な曲でテンポは速いが、比較的初心者向きで聴きごたえのある珍しい曲だった。
当時は土曜日も「半ドン」と言って午前中の授業があり、当然部活もあった。
日曜祝祭日もなく、私たちは毎日夜になるまで練習を続けた。
そして私のトランペットの上達に伴い、ブラバンもみるみるレベルアップして行った。
その時初めて、音楽は指揮者で変わることを知った。
それまでの私は、指揮者は「ただ棒を振っているだけの人」だと思っていた。
曲を理解し、的確に各々の演奏者に支持を出して、指揮者独自の音楽を作り上げてゆく。
ベートーヴェンの『運命』が、カラヤンとフルトベングラーでこんなにも違う解釈になると知ったのはこの頃だった。
何しろ家にはレコードプレイヤーもレコードも、ラジカセもなかったのだから。
それゆえ私は中学生の分際で、ブラバンと柔道部を掛け持ちすることになった。
ブラバンが9で柔道が1の力配分にした。
私は既に柔道に飽きてしまい、試合の1週間前にしか柔道部に顔を出さなくなっていた。
音楽に夢中だった。
今のようにYouTubeもない時代、音楽に関してド素人だった私は、楽典の勉強も始め、兎に角片っ端からインストルメンタルの音楽に触れるようにした。
当時はポール・モーリアやレイモンド・フェーブルなどが全盛で、「ピアノの貴公子」リチャード・クレーダーマンも活躍していた。
映画音楽が好きだった。
フランシス・レイ、ニーノ・ロータ、ヘンリー・マンシーニなどの作曲家を始め、フルートのジャン・ピエール・ランパルや12弦ギターのナルシソ・イエペス、そしてトランペットのニニ・ロッソを知ることとなった。
次第に新入部員も増えてゆき、いつの間にかブラバンは50名近くのビッグバンドになっていた。
私もトランペットでファースト・ポジションを吹くまでになっていた。
かつて音楽が「2」だったこの私がである。
私を育ててくれたのは大滝先生であり、今は世界的な指揮者になった、東京藝大に進んだ「天才」のお蔭である。
いつも出しゃばることなく、人望があり、いつもみんなから信頼され、愛されていた彼。
彼は小学校の5年生からピアノを始めたという。
そして彼はすべての楽器を演奏することが出来た。
ゆえに曲の編成によっては彼がその不在のポジションを埋めていたのだ。
まるで千手観音のように。
スコアを見ると、勝手に音楽が鳴るのだとも話していた。
楽譜を読めない私は、新しい楽譜を渡されると、一度それを彼にピアノで演奏してもらい、それを真似て吹いた。
益々家に帰るのが遅くなり、勉強時間が削られた。
私は家に帰るとすぐに食事を済ませ、テレビも見ずに風呂に入って眠るようにした。
そして午前零時に起きて、深夜放送を聴きながら朝まで勉強する毎日だった。
土曜の深夜のせんだみつおさんのエッチなラジオにはドキドキした。
その頃からビートルズやビリー・ジョエル、ミッシェル・ポルナレフ、クイーン、カーペンターズなどの洋楽も聴くようになった。
不思議と成績は更に良くなって行った。
一日の睡眠時間は3時間ほどだったがとても充実していた。
そしてその頃、2ヶ月に一度ほど、激しい頭痛に襲われたが病院に行くのが怖くてよく学校を休んだ。
今思えば軽い脳卒中だったのかもしれない。
その後、いつの間にか頭痛は消えた。
フォーク全盛の時代だった。
フォークギターが流行って、みんな学校の休み時間にはギターを弾いて歌っていた。
かぐや姫、NSP、さだまさし、小椋佳、吉田拓郎、中島みゆき、風、松山千春、ふきのとう、青い三角定規など、アチラコチラの教室で歌声が響いていた。
フォークギターなどとても買えない私は、叔父から古いガットギターをもらった。うれしかった。
叔父はよく東京へ出稼ぎに行っていた。
声の大きな人で人情味のある人だった。
娘しかいない叔父は、私を息子のようにとてもかわいがってくれた。
川釣り、キノコや山菜採りにも連れて行ってくれた。
酒とタバコで声は濁声、でもそれが演歌を歌わせるといい味になっていた。
都会の工事現場での仕事を終えると銭湯に行き、飯場近くのスナックに飲みに行って歌っていたそうだ。
ぴんから兄弟の歌真似が上手で、特に『なみだの操』には定評があり、常連さんたちにせがまれて歌うと、よく酒代を奢ってくれたと話していた。
私の家にもたまに遊びに来て、仕事のない日は昼間から酒を飲んでいた。
叔父がトイレに行くと、いつも和式の水洗トイレの周りが叔父のオシッコでビシャビシャになってしまった。
「まったくいつもこうなんだから! 兄さんは!」
と、母がよく文句を言いながら掃除をしていたのを思い出す。
私が朝、中学へ登校する時は大変だった。
ずっしりと重い肩掛けの布鞄、そして片方の肩にはランチ・ジャーを掛け、右手にはトランペット、そして左手にはギターと腕には柔道着をはめていた。
父はそんな私を見て、「まるでチンドン屋だな?」と笑っていた。
1年も終わり、中学2年になった時、初恋だった女の子が転校することになった。
私は残っていたお年玉をかき集め、彼女に小さなオルゴールを買ってプレゼントした。
何度か文通もしたが、そのうち彼女からの手紙が途絶え、文通は終わった。
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