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第2話
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「すごーい! 五郎ちゃんって一体何者なの? こんなに素敵なアンティーク・マンションなんかに住んでいるなんて!」
アリスは室内を見渡し目を丸くして驚いていた。
「シーツは今朝替えたばかりだからベッドはアリスが使うといい。枕はタオルを掛けておけばオヤジ臭も多少は消せるだろう。
それくらいは我慢してくれ。もっとも俺は殆どベッドでは寝ないからベッドはそんなに加齢臭はしないはずだ」
「五郎ちゃんはどこで寝るの?」
「俺はソファで寝るから心配するな。寝心地は悪くはない、中々いいソファなんだ。
それに俺は物書きだからいつもそのまま椅子で寝てしまうことが多いからな?」
私はそう自嘲した。
「それじゃあ何だか悪いよー。私、居候なのに。
五郎ちゃん、一緒に寝ようよ、私は平気だよ?」
「ありがとう気を遣ってくれて。何も気にすることはない、アリスがパリに滞在している少しの間のことだから」
「残念だなあ? 五郎ちゃんと一緒に寝たかったのにー。あははは」
「疲れただろう? バスタブに湯を張ってゆっくり浸かるといい。俺はこれから仕事をするから何か必要なことがあればいつでも言ってくれ。そこの書斎にいるから」
「はーい、じゃあ遠慮なく。お先でーす!」
アリスは荷物を整理して風呂場へと消えた。
アリスがいるだけでこの殺風景な部屋に花が咲いたようだった。
このメゾンに人を招き入れたのは女ではアリスが初めてだった。
まるで娘の優香と暮らしているような、そんな錯覚を私は感じていた。
それが照れ臭くもあり、嬉しかった。
気が付くと私は書斎の椅子に座ったまま朝を迎えていた。
いつの間にか毛布が掛けられており、アリスがしてくれたようだった。
いい匂いが室内に漂っていた。キッチンにはアリスが朝日を浴びて立っていた。
「五郎ちゃん、おはよう! おかげさまでぐっすり眠れたから疲れも吹き飛んじゃった。
パリまで飛行機で13時間でしょう? 本当はもうクタクタだったの。
冷蔵庫にあったもので簡単に作ったんだけど、どうかしら? 五郎ちゃんって食事にうるさそうだからちょっと心配」
「アリス、音で分かったよ。どれだけアリスが料理上手なのかが」
「えっ、音だけで分かるの?」
「ああ、いい料理人が厨房に入るとシンフォニーが聴こえてくるんだ。
グツグツ煮立つ鍋の音、ジュージューと音を立てるフライパン。
食材を切る包丁がまな板を小気味よく叩く音などそれらが美しいハーモニーを奏でる。
今朝、それが聴こえていた」
「なんだかうれしいなあ。そんなこと言われたの初めて」
事実、アリスは驚くほど料理が上手だった。
ポトフにカリカリに焼いたベーコンエッグ、シーザーサラダにフレンチトースト。
見事な出来栄えだった。
「お母さんに教わったのか?」
アリスはスプーンでポトフを掬いながら言った。
「私の実家は仙台で温泉旅館をやっていたの。だから小さい時から調理場が遊び場だった。
お母さんよりも板長さんね? 私の師匠は」
「どうりで旨い訳だ。調理場で修業したんじゃ本格的だな?」
白いテーブルクロスに並んだ食器やグラス、それらが朝日を浴びて輝き、ゴーギャンの静物画のようなアイリスとオレンジ、レモンがそれに彩を添えていた。
朝食を誰かと摂るのは何年ぶりだろう? こんな楽しい朝食を私は長い間忘れていた。
そして朝の光よりも眩しかったのはアリスの清らかな笑顔だった。
私は天使と一緒に食事をしているような気分だった。
アリスは室内を見渡し目を丸くして驚いていた。
「シーツは今朝替えたばかりだからベッドはアリスが使うといい。枕はタオルを掛けておけばオヤジ臭も多少は消せるだろう。
それくらいは我慢してくれ。もっとも俺は殆どベッドでは寝ないからベッドはそんなに加齢臭はしないはずだ」
「五郎ちゃんはどこで寝るの?」
「俺はソファで寝るから心配するな。寝心地は悪くはない、中々いいソファなんだ。
それに俺は物書きだからいつもそのまま椅子で寝てしまうことが多いからな?」
私はそう自嘲した。
「それじゃあ何だか悪いよー。私、居候なのに。
五郎ちゃん、一緒に寝ようよ、私は平気だよ?」
「ありがとう気を遣ってくれて。何も気にすることはない、アリスがパリに滞在している少しの間のことだから」
「残念だなあ? 五郎ちゃんと一緒に寝たかったのにー。あははは」
「疲れただろう? バスタブに湯を張ってゆっくり浸かるといい。俺はこれから仕事をするから何か必要なことがあればいつでも言ってくれ。そこの書斎にいるから」
「はーい、じゃあ遠慮なく。お先でーす!」
アリスは荷物を整理して風呂場へと消えた。
アリスがいるだけでこの殺風景な部屋に花が咲いたようだった。
このメゾンに人を招き入れたのは女ではアリスが初めてだった。
まるで娘の優香と暮らしているような、そんな錯覚を私は感じていた。
それが照れ臭くもあり、嬉しかった。
気が付くと私は書斎の椅子に座ったまま朝を迎えていた。
いつの間にか毛布が掛けられており、アリスがしてくれたようだった。
いい匂いが室内に漂っていた。キッチンにはアリスが朝日を浴びて立っていた。
「五郎ちゃん、おはよう! おかげさまでぐっすり眠れたから疲れも吹き飛んじゃった。
パリまで飛行機で13時間でしょう? 本当はもうクタクタだったの。
冷蔵庫にあったもので簡単に作ったんだけど、どうかしら? 五郎ちゃんって食事にうるさそうだからちょっと心配」
「アリス、音で分かったよ。どれだけアリスが料理上手なのかが」
「えっ、音だけで分かるの?」
「ああ、いい料理人が厨房に入るとシンフォニーが聴こえてくるんだ。
グツグツ煮立つ鍋の音、ジュージューと音を立てるフライパン。
食材を切る包丁がまな板を小気味よく叩く音などそれらが美しいハーモニーを奏でる。
今朝、それが聴こえていた」
「なんだかうれしいなあ。そんなこと言われたの初めて」
事実、アリスは驚くほど料理が上手だった。
ポトフにカリカリに焼いたベーコンエッグ、シーザーサラダにフレンチトースト。
見事な出来栄えだった。
「お母さんに教わったのか?」
アリスはスプーンでポトフを掬いながら言った。
「私の実家は仙台で温泉旅館をやっていたの。だから小さい時から調理場が遊び場だった。
お母さんよりも板長さんね? 私の師匠は」
「どうりで旨い訳だ。調理場で修業したんじゃ本格的だな?」
白いテーブルクロスに並んだ食器やグラス、それらが朝日を浴びて輝き、ゴーギャンの静物画のようなアイリスとオレンジ、レモンがそれに彩を添えていた。
朝食を誰かと摂るのは何年ぶりだろう? こんな楽しい朝食を私は長い間忘れていた。
そして朝の光よりも眩しかったのはアリスの清らかな笑顔だった。
私は天使と一緒に食事をしているような気分だった。
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