★【完結】Silver Rain(作品230608)

菊池昭仁

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第11話 親子ごっこ

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 夕暮れ、チュイルリー庭園にある移動式遊園地はパリの夏の風物詩だが、冬の時期は照明だけが点いて、閑散としていた。
 遠くから手押しオルゴールの音楽が聞こえていた。


 日本料理の店、『体心』はこの近くにあった。

 「こんばんは」
 「あら先生、お久しぶりでございます」
 「女将、ご無沙汰だったね? 今日は娘を連れて来たんだ」
 「こんばんは、娘のアリスです。いつも父がお世話になっています」
 「あらあら、こんなに綺麗なお嬢さんがいらしたんですね? 日本からおいでですか?」
 「はい、パリにいる父を監視するためにやって来ました。
 大丈夫ですか? ウチの父は?」
 「はい、いつもご贔屓にしていただいております。
 ささ、どうぞカウンターの方へ」
 「ありがとうございます」

 私とアリスは親子という設定にした。
 そうでもしないと説明が面倒だったからだ。
 ずっとフレンチばかりだったせいか、アリスはうれしそうだった。

 「大将、俺には鰆の西京焼きと熱燗を。
 この子にはおすすめでどんどん握ってやってくれ」
 「かしこまりました。お嬢さん、嫌いな物はありますか?」
 「魚卵系は苦手ですけど、それ以外なら大丈夫です」
 「かしこまりました。それでは白身魚から始めますね?
 まずはヒラメの昆布〆から」
 
 寿司飯のいい香りが食欲をそそる。
 アリスはうっとりとした顔でそれを頬張った。

 「凄く美味しいー! 美味しくて死んじゃいそうー!」
 「たくさん食べなさい」

 アリスはご満悦だった。
 するとそこに中年の日本人らしき男性が私たちに近づいて来た。

 「失礼ですが、小説家の一ノ瀬五郎先生ではありませんか?」
 「そうですが・・・」
 「私、飯島といいます。
 先生の小説のファンです、サインをいただけないでしょうか?
 お食事中に申し訳ありません」

 すると彼はシステム手帳を広げた。
 
 「すみません、色紙とかがございませんので、こちらにお願い出来ますでしょうか?」
 「かまいませんよ」

 私は「飯島さんへ」とサインをした。

 「ありがとうございます、感激です。先生にパリでお会い出来るなんて」

 私は万年筆を彼に返し、尋ねた。

 「パリへはご旅行で?」
 「はい、妻と一緒に」
 「それは良かった。パリは初めてですか?」
 「新婚旅行で1度だけ。三カ月前、妻が亡くなりましたので、パリへは彼女の位牌と一緒に参りました。
 もう一度、パリに来るのが妻の夢でしたので」
 「そうでしたか、では奥様も天国で喜んでいらっしゃるでしょうね?」
 「はい、私もそう思います。
 今日、先生にお会い出来たのも、家内の計らいだと思います。
 お食事中、お邪魔してすみませんでした。
 一生の宝物にいたします」

 物腰のやわらかいその男性は、そう言って自分のテーブルに戻って行った。
 テーブルの上には奥さんの位牌が置かれていた。


 「ありがとう智子。一ノ瀬先生にお会いすることが出来たよ、サインまで頂戴したんだ、ほらね?」
 
 飯島というその男は、位牌に向かって話し掛けていた。
 テーブルには2人分の料理が並んでいた。


 「いい旦那さんだね?」
 「ああ、そうだな。
 奥さんも喜んでいることだろう」



 食事を終えて外に出ると、雪が降っていた。

 「五郎ちゃん、とっても美味しかった。
 いつもご馳走してもらっちゃってゴメンね?」
 「ひとりでする食事は味気ないものだ。アリスが一緒だと飯も旨いよ。
 俺の方こそ感謝しているよ、こんな爺さんと食事をしてくれて。
 さっきの店、中途半端な現地人のやっている店じゃないから旨かっただろう?」
 「うん、とっても美味しかった!」

 遊園地の照明も消え、街灯に雪が照らされていた。

 「ねえ、五郎ちゃんの家族はパリに来たことはあるの?」
 「女房とは30年以上前にな。娘の優香がまだ生まれる前の話だ。
 優香は来たことはない」
 「優香さんにも見せてあげたいね? パリ」

 パリではしゃぐ優香を私は想像した。
 そして空想した。優香にパリを自慢げに案内する自分の姿を。
 それが叶わぬ夢と知りながら。

 アリスが私と手を繋ぎ、私たちは雪の降るパリを歩いて行った。

 まるで本当の親子のように。
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