それを人は愛と呼ぶ

菊池昭仁

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第6話

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 あの日以来、千秋は店に来なかった。
 私は少し、千秋のことが気になっていた。

 (あの男とケンカでもしたのだろうか?)



 祥子と待ち合わせをした駅前の焼肉屋で、私はセンマイ刺しを食べながらビールを飲んでいた。
 そこへ少し遅れて祥子がやって来た。

 「ごめんなさい、ちょっとお手洗いに寄って来たから遅れちゃった」
 「生でいいか?」
 「うん」

 私は店員を呼び、生ビールとタン塩、カルビと上ロースを注文した。
 

 「では久しぶりの再会を祝して、乾杯」

 私は祥子とジョッキを合わせた。

 「あー、美味しい~。元気そうで良かった」
 「お前は少し痩せたか?」
 「さあどうかしら? それについては後でチェックしてみてね?」

 私は肉を網に乗せ、程よく焼けた肉を彼女の皿に乗せてやった。

 「ありがとう。功作も食べてよ」
 「明日は休みにしたのか?」
 「有給が余っていたからね?
 この前はごめんなさい」

 祥子は私に軽く頭を下げた。
 彼女の髪からトリートメントの仄かに甘い香りがした。
 食事ということもあり、いつものお気に入りのDiorは控えたようだった。

 「何の話だ?」
 「あなたのそういうところ、好き」

 祥子は微笑んで、旨そうに肉を食べた。

 「お店の方は順調なの?」
 「そこそこだ」
 「一人で大変でしょう? お店、私も手伝ってあげようか?」
 「一人で十分間に合っている」
 「そう言うと思った」

 祥子は残ったビールを飲み干した。

 「すみませーん、お替わりー。
 功作も飲むでしょう? 生2つとそれからオイキムチを下さい」


 
 食事を終え、私が支払いをしようとすると祥子がそれを制した。

 「今日は私に奢らせて。この前のお詫びに」
 「俺は女にメシをご馳走してもらうほど、まだ落ちぶれちゃいねえよ」

 私はそのまま支払いを済ませた。

 「それじゃあ遠慮なく、ごちそうさまでした。
 その分後でサービスするね?」
 「少し飲んで行くか?」
 「うん。ジャズBARがいいかな? 今夜はカクテルが飲みたい気分」

 私は馴染みのBARに祥子を連れて行った。


 
 店に入るとカウンターに千秋が座っていた。
 グラスはひとつ。独りのようだった。
 千秋はすぐに私を見つけ、気怠そうに小さく右手を挙げた。
 かなり酔っている様子だった。
 千秋は泣いていた。

 「功作・・・。その人、彼女さん?」
 「ただの知り合いだ」
 「エッチするただの知り合い? じゃあセフレさんだ」

 祥子は露骨に不機嫌な顔をした。

 「何なのこの小娘?」
 「ウチの常連さんだ」
 「常連のさんだもんね~?」
 「今日はもうそれくらいにして帰った方がいい」
 「イヤだよ! ねえ、一緒に飲もうよお。
 私、今日は思いっきり飲みたい気分なの!」
 「功作、お店、変えましょう。気分が悪いわ」
 「はいはい、わかりましたよーだ。私が帰るからどうぞごゆっくり。
 この後はラブホ? それとも功作のお家でするの? あはははは。
 マスター、お勘定して頂戴。あとタクシー」

 千秋が支払いを済ませると、マスターは表に出て流しのタクシーを拾ったようだった。
 
 「千秋ちゃん、タクシー捕まえたから早く早く!」
 「じゃあね、功作と彼女さん。おやすみなさーい」

 千秋はマスターにタクシーに乗せられ、家へと帰って行った。

 
 「千秋ちゃん、彼氏と別れたんだってさ」
 
 (あのホストと別れたのか?)

 少し安心している自分がいた。

 「誰なのあの女? キャバ嬢?」

 祥子はかなり苛立っていた。
 私は祥子に言った。

 「キャバ嬢だと悪いのか?」
 「何? あの女の肩を持つ気?」
 「少なくとも俺は職業で人を差別することはしない。そして「差別する女」は好きじゃねえ」
 「あっそう! 悪かったわね? 差別する地方公務員の女で! 
 今夜はビジネスホテルに泊まる! さようなら!」
 「じゃあホテルまで送るよ」
 「来ないで! ひとりで行けるから!」

 祥子が店を飛び出して行った。
 祥子はヤキモチ焼きの可愛い女だ。
 私が千秋を庇ったのが余程面白くなかったらしい。

 「マスターごめん。また今度」
 「モテる男は辛いな?」



 私はすぐに祥子に追いついた。

 「駅前のホテルの方がいい、駅に近いから」

 祥子は時々私を試そうとすることがある。
 自分を本気で愛してくれているかどうかを。
 だからたまにこうした態度を取ることがある。
 そうすることで私に甘えたいからだ。
 私から「愛されている実感」を確認するために。

 生理が近づいている頃でもあった。
 情緒不安定になるのも無理はない。
 祥子は私の腕に抱きついて甘えた。

 「さっきはごめんなさい。私、もうすぐだから、ついイライラしちゃって」
 「今日は風呂にゆっくり浸かって寝ろ」
 「イヤ・・・、今日は功作に激しく抱かれたい」
 
 私はタクシーを止めた。

 「じゃあ俺の家に帰るか?」
 「うん。途中でコンビニに寄ってもいい? ラムレーズンのアイスが食べたいから」
 「ラムレーズンはないかもしれないが、『白くまくん』でもいいなら家にあるぞ」
 「それでいい。『白くまくん』で我慢する」



 家に着くとすぐに祥子は私を求めて来た。

 「ずっと会いたかったの」
 「アイスは食べなくてもいいのか? 俺はシャワーを浴びて来る」
 「背中、流してあげる」


 私は熱いシャワーを浴びながら、千秋のことを考えていた。
 だがそれは男としてではなく、父親? あるいは年の離れた兄として。
 
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