6 / 25
第6話
しおりを挟む
あの日以来、千秋は店に来なかった。
私は少し、千秋のことが気になっていた。
(あの男とケンカでもしたのだろうか?)
祥子と待ち合わせをした駅前の焼肉屋で、私はセンマイ刺しを食べながらビールを飲んでいた。
そこへ少し遅れて祥子がやって来た。
「ごめんなさい、ちょっとお手洗いに寄って来たから遅れちゃった」
「生でいいか?」
「うん」
私は店員を呼び、生ビールとタン塩、カルビと上ロースを注文した。
「では久しぶりの再会を祝して、乾杯」
私は祥子とジョッキを合わせた。
「あー、美味しい~。元気そうで良かった」
「お前は少し痩せたか?」
「さあどうかしら? それについては後でチェックしてみてね?」
私は肉を網に乗せ、程よく焼けた肉を彼女の皿に乗せてやった。
「ありがとう。功作も食べてよ」
「明日は休みにしたのか?」
「有給が余っていたからね?
この前はごめんなさい」
祥子は私に軽く頭を下げた。
彼女の髪からトリートメントの仄かに甘い香りがした。
食事ということもあり、いつものお気に入りのDiorは控えたようだった。
「何の話だ?」
「あなたのそういうところ、好き」
祥子は微笑んで、旨そうに肉を食べた。
「お店の方は順調なの?」
「そこそこだ」
「一人で大変でしょう? お店、私も手伝ってあげようか?」
「一人で十分間に合っている」
「そう言うと思った」
祥子は残ったビールを飲み干した。
「すみませーん、お替わりー。
功作も飲むでしょう? 生2つとそれからオイキムチを下さい」
食事を終え、私が支払いをしようとすると祥子がそれを制した。
「今日は私に奢らせて。この前のお詫びに」
「俺は女にメシをご馳走してもらうほど、まだ落ちぶれちゃいねえよ」
私はそのまま支払いを済ませた。
「それじゃあ遠慮なく、ごちそうさまでした。
その分後でサービスするね?」
「少し飲んで行くか?」
「うん。ジャズBARがいいかな? 今夜はカクテルが飲みたい気分」
私は馴染みのBARに祥子を連れて行った。
店に入るとカウンターに千秋が座っていた。
グラスはひとつ。独りのようだった。
千秋はすぐに私を見つけ、気怠そうに小さく右手を挙げた。
かなり酔っている様子だった。
千秋は泣いていた。
「功作・・・。その人、彼女さん?」
「ただの知り合いだ」
「エッチするただの知り合い? じゃあセフレさんだ」
祥子は露骨に不機嫌な顔をした。
「何なのこの小娘?」
「ウチの常連さんだ」
「常連の愛人さんだもんね~?」
「今日はもうそれくらいにして帰った方がいい」
「イヤだよ! ねえ、一緒に飲もうよお。
私、今日は思いっきり飲みたい気分なの!」
「功作、お店、変えましょう。気分が悪いわ」
「はいはい、わかりましたよーだ。私が帰るからどうぞごゆっくり。
この後はラブホ? それとも功作のお家でするの? あはははは。
マスター、お勘定して頂戴。あとタクシー」
千秋が支払いを済ませると、マスターは表に出て流しのタクシーを拾ったようだった。
「千秋ちゃん、タクシー捕まえたから早く早く!」
「じゃあね、功作と彼女さん。おやすみなさーい」
千秋はマスターにタクシーに乗せられ、家へと帰って行った。
「千秋ちゃん、彼氏と別れたんだってさ」
(あのホストと別れたのか?)
少し安心している自分がいた。
「誰なのあの女? キャバ嬢?」
祥子はかなり苛立っていた。
私は祥子に言った。
「キャバ嬢だと悪いのか?」
「何? あの女の肩を持つ気?」
「少なくとも俺は職業で人を差別することはしない。そして「差別する女」は好きじゃねえ」
「あっそう! 悪かったわね? 差別するしがない地方公務員の女で!
今夜はビジネスホテルに泊まる! さようなら!」
「じゃあホテルまで送るよ」
「来ないで! ひとりで行けるから!」
祥子が店を飛び出して行った。
祥子はヤキモチ焼きの可愛い女だ。
私が千秋を庇ったのが余程面白くなかったらしい。
「マスターごめん。また今度」
「モテる男は辛いな?」
私はすぐに祥子に追いついた。
「駅前のホテルの方がいい、駅に近いから」
祥子は時々私を試そうとすることがある。
自分を本気で愛してくれているかどうかを。
だからたまにこうした態度を取ることがある。
そうすることで私に甘えたいからだ。
私から「愛されている実感」を確認するために。
生理が近づいている頃でもあった。
情緒不安定になるのも無理はない。
祥子は私の腕に抱きついて甘えた。
「さっきはごめんなさい。私、もうすぐ女の子だから、ついイライラしちゃって」
「今日は風呂にゆっくり浸かって寝ろ」
「イヤ・・・、今日は功作に激しく抱かれたい」
私はタクシーを止めた。
「じゃあ俺の家に帰るか?」
「うん。途中でコンビニに寄ってもいい? ラムレーズンのアイスが食べたいから」
「ラムレーズンはないかもしれないが、『白くまくん』でもいいなら家にあるぞ」
「それでいい。『白くまくん』で我慢する」
家に着くとすぐに祥子は私を求めて来た。
「ずっと会いたかったの」
「アイスは食べなくてもいいのか? 俺はシャワーを浴びて来る」
「背中、流してあげる」
私は熱いシャワーを浴びながら、千秋のことを考えていた。
だがそれは男としてではなく、父親? あるいは年の離れた兄として。
私は少し、千秋のことが気になっていた。
(あの男とケンカでもしたのだろうか?)
祥子と待ち合わせをした駅前の焼肉屋で、私はセンマイ刺しを食べながらビールを飲んでいた。
そこへ少し遅れて祥子がやって来た。
「ごめんなさい、ちょっとお手洗いに寄って来たから遅れちゃった」
「生でいいか?」
「うん」
私は店員を呼び、生ビールとタン塩、カルビと上ロースを注文した。
「では久しぶりの再会を祝して、乾杯」
私は祥子とジョッキを合わせた。
「あー、美味しい~。元気そうで良かった」
「お前は少し痩せたか?」
「さあどうかしら? それについては後でチェックしてみてね?」
私は肉を網に乗せ、程よく焼けた肉を彼女の皿に乗せてやった。
「ありがとう。功作も食べてよ」
「明日は休みにしたのか?」
「有給が余っていたからね?
この前はごめんなさい」
祥子は私に軽く頭を下げた。
彼女の髪からトリートメントの仄かに甘い香りがした。
食事ということもあり、いつものお気に入りのDiorは控えたようだった。
「何の話だ?」
「あなたのそういうところ、好き」
祥子は微笑んで、旨そうに肉を食べた。
「お店の方は順調なの?」
「そこそこだ」
「一人で大変でしょう? お店、私も手伝ってあげようか?」
「一人で十分間に合っている」
「そう言うと思った」
祥子は残ったビールを飲み干した。
「すみませーん、お替わりー。
功作も飲むでしょう? 生2つとそれからオイキムチを下さい」
食事を終え、私が支払いをしようとすると祥子がそれを制した。
「今日は私に奢らせて。この前のお詫びに」
「俺は女にメシをご馳走してもらうほど、まだ落ちぶれちゃいねえよ」
私はそのまま支払いを済ませた。
「それじゃあ遠慮なく、ごちそうさまでした。
その分後でサービスするね?」
「少し飲んで行くか?」
「うん。ジャズBARがいいかな? 今夜はカクテルが飲みたい気分」
私は馴染みのBARに祥子を連れて行った。
店に入るとカウンターに千秋が座っていた。
グラスはひとつ。独りのようだった。
千秋はすぐに私を見つけ、気怠そうに小さく右手を挙げた。
かなり酔っている様子だった。
千秋は泣いていた。
「功作・・・。その人、彼女さん?」
「ただの知り合いだ」
「エッチするただの知り合い? じゃあセフレさんだ」
祥子は露骨に不機嫌な顔をした。
「何なのこの小娘?」
「ウチの常連さんだ」
「常連の愛人さんだもんね~?」
「今日はもうそれくらいにして帰った方がいい」
「イヤだよ! ねえ、一緒に飲もうよお。
私、今日は思いっきり飲みたい気分なの!」
「功作、お店、変えましょう。気分が悪いわ」
「はいはい、わかりましたよーだ。私が帰るからどうぞごゆっくり。
この後はラブホ? それとも功作のお家でするの? あはははは。
マスター、お勘定して頂戴。あとタクシー」
千秋が支払いを済ませると、マスターは表に出て流しのタクシーを拾ったようだった。
「千秋ちゃん、タクシー捕まえたから早く早く!」
「じゃあね、功作と彼女さん。おやすみなさーい」
千秋はマスターにタクシーに乗せられ、家へと帰って行った。
「千秋ちゃん、彼氏と別れたんだってさ」
(あのホストと別れたのか?)
少し安心している自分がいた。
「誰なのあの女? キャバ嬢?」
祥子はかなり苛立っていた。
私は祥子に言った。
「キャバ嬢だと悪いのか?」
「何? あの女の肩を持つ気?」
「少なくとも俺は職業で人を差別することはしない。そして「差別する女」は好きじゃねえ」
「あっそう! 悪かったわね? 差別するしがない地方公務員の女で!
今夜はビジネスホテルに泊まる! さようなら!」
「じゃあホテルまで送るよ」
「来ないで! ひとりで行けるから!」
祥子が店を飛び出して行った。
祥子はヤキモチ焼きの可愛い女だ。
私が千秋を庇ったのが余程面白くなかったらしい。
「マスターごめん。また今度」
「モテる男は辛いな?」
私はすぐに祥子に追いついた。
「駅前のホテルの方がいい、駅に近いから」
祥子は時々私を試そうとすることがある。
自分を本気で愛してくれているかどうかを。
だからたまにこうした態度を取ることがある。
そうすることで私に甘えたいからだ。
私から「愛されている実感」を確認するために。
生理が近づいている頃でもあった。
情緒不安定になるのも無理はない。
祥子は私の腕に抱きついて甘えた。
「さっきはごめんなさい。私、もうすぐ女の子だから、ついイライラしちゃって」
「今日は風呂にゆっくり浸かって寝ろ」
「イヤ・・・、今日は功作に激しく抱かれたい」
私はタクシーを止めた。
「じゃあ俺の家に帰るか?」
「うん。途中でコンビニに寄ってもいい? ラムレーズンのアイスが食べたいから」
「ラムレーズンはないかもしれないが、『白くまくん』でもいいなら家にあるぞ」
「それでいい。『白くまくん』で我慢する」
家に着くとすぐに祥子は私を求めて来た。
「ずっと会いたかったの」
「アイスは食べなくてもいいのか? 俺はシャワーを浴びて来る」
「背中、流してあげる」
私は熱いシャワーを浴びながら、千秋のことを考えていた。
だがそれは男としてではなく、父親? あるいは年の離れた兄として。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる