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第3話

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 川沿いの遊歩道は川のせせらぎの音と、枯れたススキの匂いがした。
 瑠璃子はこの晩秋の季節がお気に入りだった。

 終わりゆく秋、そしてこれから訪れる白い冬。
 人生とは冬、冬、秋、そしてまた冬の連続だ。
 人生の殆どが寒い冬だと瑠璃子はそう考えていた。レインと出会うまでは。
 その寒い冬の中で時々現れる日射しと、あたたかいスープのようなひと時。
 それが今、こうしてレインとの散歩がその至福の時だった。
 瑠璃子は幸福を感じていた。
 まるで子犬のぬいぐるみが歩いているように、レインは瑠璃子のリードを引っ張り、かわいいお尻を振って歩いていた。

 「こらこら、そんなに急いじゃダメよ。
 ママ、ついて行けないじゃないの」
 
 時々、瑠璃子のことを振り返りながら、レインはうれしそうだった。
 子犬とはいえ、自分のことを「ママ」と呼べる喜びに、瑠璃子は浸っていた。

 レインをひょいと抱き上げると、なぜかトーストのような香ばしい香りがした。

 「おいしそうな匂いがするわよ、レイン。
 ママ、食べちゃおうかしら?」

 それはまるで、自分の幼子にするように、瑠璃子はレインに話し掛けていた。
 川面を見詰めながら、瑠璃子はひとり呟いた。

 「レインは私たち夫婦の子供。レインがいればそれでいいの」
 
 小さな女の子を連れた母親が近づいて来た。

 「ほらチカちゃん、かわいいワンちゃんね?」
 「うん、かわいいね? ママ?」
 
 その母親がレインを撫でようとした時、瑠璃子は不機嫌に言った。

 「ごめんなさい。うちの子、噛むので」

 瑠璃子はレインを抱いて、足早にその場を去った。
 知らない人に、自分の大切な息子に触れさせたくはなかったからだ。
 背後から親子の声が聞こえた。

 「ママ、チカちゃんね? ワンちゃん、抱っこしたかった」
 「ママもよ。かわいいワンちゃんだったわね?
 でもね、知らない人だと齧っちゃうんだって」
 「うん、でもかわいかったね?」


 瑠璃子は急に悲しくなった。
 女として生まれたからには、自分の子供が生みたい。
 だが、夫の子供を身籠ることは出来ない。

 (直人の子供なら・・・)

 瑠璃子はその想いをすぐに打ち消した。
 いくら子供が欲しいからと言って、それは夫に対する裏切りである。

 
 晩秋の夕暮れは早い。
 いつの間にか日は落ちて、西の空には金星が輝き始めていた。

 「レイン、おウチに帰ってご飯にしましょうねー?」

 レインは小さな足をちょこちょこと軽やかに動かし、ふたりは家路を急いだ。
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