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第2話

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 「それでは門倉さん、色々とお聞きしますのでよろしくお願いします」
 「はい、よろしくお願いします」
 「かなりプライベートな質問もしますので、答えたくない場合は答えなくて結構です」
 「わかりました。何でも訊いて下さい」
 「新居に住む方は門倉さんだけですか?」
 「はい。両親は既に他界し、兄弟もおりません」
 「お付き合いしている人は?」

 彼女は少し考えてからその質問に答えた。

 「病気になってから、お別れしました」
 「どんな人でしたか?」
 「年上の方で、2年ほどお付き合いしました。
 普通の人です。ただ結婚はしていましたけど・・・」
 「不倫ですか?」
 「そうなりますね。でもそれって家を作るのに必要なことですか?」

 腹立たしそうに言った。

 「答えたくないことは答えなくてもいいとお伝えした筈です。
 いい家を作るには、施主のことをどれだけ深く知るかなのです。
 家に関わらず、衣食住を提案する場合、相手の思考にどれだけシンクロ出来るかは重要なことです。
 服も料理も、そして家も同じです。
 お客様も知らない、お客様の好みを知ることで、お客様に驚きと感動が生まれる。
 服や料理は失敗してもまた簡単に作り直すことが出来る。
 しかし家はそうはいかない。
 特に日本人は新築に拘りがある。クルマも新車を欲しがりますよね?
 私の家づくりに時間が掛かるのはそのためです。
 施主となるべく長くお付き合いをして、依頼主の生活を知ることから始めるからです。
 大抵の場合、ご家族もいるわけですから、私はご家族全員と面談をします。
 小さなお子さんでも決して「ちゃん」付けで呼ばず、「さん」を付けて応対します。
 5歳の幼稚園児も10年後には15歳ですから。
 そしてよく食事を共にします。
 特に食事には人柄が出るものです。
 何が好きで、何が苦手か?
 どんな食べ方をして、どんな会話をするか?
 食事をするとその人がどんな人でどんな考えを持っているかがわかるものです。
 自宅へもお邪魔をします。稀に泊めていただくこともあります。
 本棚を見ればどんなことに興味があり、どんな思想を持っているかが分かります。
 額に飾ってある賞状やインテリア、グッズなども重要です。
 家は女性のためにあると言っても過言ではない。
 だから本音を言えば、ベッドを共にすることが、いちばん相手を知るには良いのですが、それは道徳的に許されるものではないですけどね? あはははは
 いかに施主の生活に馴染み、そして施主のご家族を幸福に出来るかを考えて図面を引く。
 着心地の良い、周りの人から憧れるような家。
 オーダーメイドの服を作るような家づくりが、私の理想なのです」
 「先生とベッドを共にするのはご辞退いたします。うふっ」

 私たちは顔を見合わせて笑った。
 お互い、それは逆の意味だと分かっていたからだ。

 「では質問を続けます。好きな小説家は?」
 「林真理子に渡辺淳一、宮部みゆきとかですかね?」
 「好きな音楽は?」
 「なんでも聴きますよ、クラッシックもJ-POPも、そして演歌も。
 石川さゆりとか、吉幾三も好きです。
 洋楽だとスティングやエリックカルメン、バニーマニロウとかも好き。
 後は椎名林檎に明菜ちゃん。アイドルならV6の・・・」
 「わかりました。V6もTOKIOも誰が誰だかわからないので結構です。
 ジャニーズが好きだということですね?」
 「特に岡田准一が好きです」
 「そんな気がします、門倉さんを見ていると。私も彼には好感を持っています。
 好きな役者は?」
 「役所広司さんが好きですね」
 「いい役者ですよね? 私も好きです。 
 今村昌平監督の『うなぎ』、あれは良かった」
 「私もあの映画は何度も見ました。
 ところで先生、私の家の好みについてはお訊きにならないんですか?」
 「さっきから聞いていますよ」
 「えっ? 私の好きなことばかりしか話していませんけど。
 どんなお部屋が欲しいとか、キッチンは対面にしたいとかお風呂は1.25坪にしたいとかを?」
 「好きなものを伺えば、どんな家にしたいのか、イメージが浮かんで来るものです。
 駄目な住宅屋はお客さんの家の好みしか聞かない。
 「ご予算は?」「どんな間取りにしたいですか?」「当社は高気密高断熱で・・・」とか。
 お客さんは家づくりの素人です。
 お客さんの要望のまま家を作るのは簡単な事です。
 髪型は日本髪、服はソニアリキエルのワンピース、靴はナイキのスニーカー。
 それで良い家になるわけがない。
 日本の街を歩けばわかるはずです。酷い家ばかりだ。
 それは作る側も、依頼する側も自分の都合で家を作ろうとするからです。
 たまにいい家だなあと思う家もありますが、ガッカリするのは無機質のカーポートが付いていることです。
 欧米では考えられない。
 そんな家が欲しいなら、テレビでコマーシャルをしている、利益重視のゴミ会社に頼めばいい。
 家は家族を守り、育む芸術なんです。
 家を考える時、大抵は住宅展示場に行きますよね?
 そこで出会う営業マンがいい営業マンかそうでないか? 一発で見抜く方法があります。
 家は営業マンで決まります。住宅会社に依頼する場合は特に」
 「どんな方法で?」
 「それは「あなたの趣味は何ですか?」と訊ねることです」
 「趣味?」
 「しかも即答出来ることが重要です。
 なぜなら仕事しかしない人間、夢のない人間に、「夢のある家」は作れないからです。
 本も読まない、映画も音楽にも興味がない。
 美術館にもカフェにも行かず、話題のレストランにも行かない。
 恋愛の経験も乏しい。
 そしていちばんダメな営業マンは、挫折を経験したことがない営業マンです。
 人の苦しみや悲しみに共感できない人間は、家を作る仕事をするべきではない。
 家づくりは感動なんです。
 依頼主が気付かない、日々の生活に幸福を感じられるような家。
 みんなが仲良く暮らせる家。人生は嵐の連続です、そんな家族を癒し、守ってあげられる家を作ることが私の建築家としての仕事なんです」
 「先生にお家を頼んで良かったと思います」
 「それは家が完成して満足した時に言って下さい。
 ではヒアリングを続けますね?」
 「お願いします」


 長時間に渡るプラン・インタビューが終わった。

 「今日のところはここまでにしましょう。
 体調は大丈夫ですか?」
 「はい、凄く楽しかったです。 
 こんなに笑ったのは久しぶりです。
 どんなお家が出来てくるのか、とてもワクワクして来ました」
 「気に入っていただける家にしますね?
 次回も今日の続きになりますが、今度はランチを挟んでのヒアリングにいたしましょう。
 何か食べたいものはありますか?」
 「先生のお勧めでかまいません。楽しみにして来ますね?」

 私の心は複雑だった。

 (この施主は本当に死んでしまうのだろうか?)

 こんな切ない家づくりは初めてだった。
 私は建築家ではなく、名医になりたいと思った。
 彼女を治せる、有能な医者に。

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