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第10話

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 地鎮祭の日がやって来た。

 「良い天気になりましたね? あなたたちは神様に愛されていらっしゃる」
 「神主様のおかげですよ。いつも出雲神社様の地鎮祭は快晴ですから」
 「では準備をいたしますので、少々お待ち下さい」
 「お手伝いをさせて下さい」
 「よろしくお願いします」

 四隅に杭を打ち、いみ竹を縛った。
 南に向けて祭壇を設え、御酒、野菜、果物、お水、お塩、お米、鯛、そして御初穂料を供えた。
 北東の竹からしめ縄を時計回りに張って行く。
 御幣束をしめ縄に付けた。
 1辺に4枚や3枚を貼ることが多いが、それは神社様によって異なる。
 右手前にきれいな乾いた土を盛る。「鍬入れの儀」をするための準備である。


 「いよいよ始まるのね? 地鎮祭って初めてだからワクワクしちゃう」
 「最近は「地鎮祭ってやらなければいけませんか?」という若い施主もいるが、これはとても大切な儀式なんだ。
 この土地は誰の物だと思う?」
 「神様の物よね?」
 「たとえ所有権が君にあろうと、この地球は神様の物なんだ。
 だから神様に対して「この土地に私が家を建てることをお許し下さい」と許しを請う儀礼なんだよ。
 人間は愚かだ。水や緑、鉱物や宝石、そして火も土の五行、そして陰と陽である月と太陽、善と悪もすべて神が司っているということを忘れている。
 すべてはこの陰陽五行のエレメントで人は生かされていることに気付いていない。
 このコップ一杯の水にも神様が宿っているんだ」
 「それ、凄くわかる気がする。私、神様にこうして生かしていただいているから。
 そしてあなたと巡り会えた」
 「自然って凄いよなあ。この地球が24時間で1回転するんだよ?
 よくその遠心力で吹き飛ばされないよね? この大地の香り、太陽の光、吹き渡る風。
 さあ始まるよ御施主様、どうぞこちらへ」
 「はーい、先生。じゃじゃなかった、あ・な・た」
 「では門倉涼子様の地鎮の儀をこれより執り行います」
 「すみません、門倉ではなく、宮永涼子でお願いします」
 「宮永先生の奥様でしたか? 失礼いたしました」
 「いえ、先日そうなったばかりなので、畏れ入ります」
 「そうでしたか? それはおめでとうございます。
 我が出雲神社は出雲大社の御霊分けで縁結びの神様でもあります。
 これも神様の引き寄せた御縁かもしれません。
 では改めまして、宮永涼子様、地鎮の儀、謹んで執り行います」


 やさしい風が吹いていた。
 私と涼子は祭壇に向かって玉串を捧げ、二礼二拍手、一礼をして工事の安全を祈願した。


 最後に神主様に記念写真を撮っていただいた。

 「はい撮りますよー。ハイ、チーズ」
 「ありがとうございました」
 「はじめて一緒に写真に写ったね?
 これ、待ち受けにしようかしら?」

 うれしそうにはしゃぐ涼子だった。
 ふたりで写真に納まるのは初めてだった。
 

 
 一日があっという間に過ぎて行く。
 楽しい時間は早く、そして苦しい時間はゆっくりと進む。
 アインシュタインは何故それを相対性理論に盛り込まなかったのだろう? 時空の歪み。
 私はこの時間が永遠に続けばいいと思った。


 ベッドに入るといつも私たちは手を繋いで眠った。

 「寝るのが怖い、朝が来ないようで・・・」
 
 私は涼子を抱きしめて言った。

 「僕も怖いよ、朝になったら君がいなくなっていたらどうしようかとね?」
 「私が眠るまで、こうしていてね?」
 「もちろんだよ、ずっとこうしていてあげるから安心して眠りなさい」
 「ありがとう、新一」

 余程疲れていたのか、すぐに彼女の寝息が聞こえ始めた。
 私は彼女にキスをして、静かに目を閉じて祈った。

 (明日もまた、私たちに変わらぬ朝が来ますように)

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