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第9話
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確認申請の許可が下りた。
いよいよ着工である。
普通のハウスメーカーなら、着工前にはクロス、電気配線や照明器具、住宅設備機器、場合によってはカーテン、外構工事までもが決めさせられてしまう。
まだ現物が出来上がってもいないのにだ。
その理由は会社主導で建築を進めることにより、効率良く業務を進め、利益を確定させることにある。
つまり、打ち合わせが多くなるのが面倒だからだ。
契約まではニコニコ顔で、契約後は掌を返す営業マンは多い。
「契約後は俺たちがイニシアチブを握るんだ」と平気で公言する営業もいる。
他の商品と住宅が大きく違うのは、クルマのように完成品ではないということだ。
家は出来てみないとわからない。
ゆえに家を選ぶ前に人を、会社を選ばなければならない。
会社の中でお客さんを呼び捨てにしている最低の営業マンもいるのだ。
だがお客さんの側にも礼儀を知らない人も多いのも事実だ。
「俺は客だ!」
悲しいかな、そういう態度の輩もいる。
「作らせていただく」という業者と、「作っていただく」という施主の、良好な関係がないと良い家は出来ない。
我々は慣れているので完成のイメージは既に出来てはいるが、殆どの施主は初めての家づくりである。
建物の施工が進んで行くと、
「もっと良くしたい!」
「間違っていた!」
「イメージと違う!」
当然である。
そしてネットでの情報を鵜呑みにする施主も多い。
いちばん困るのは「家づくりのブログ」を参考にする施主だ。
失敗例はいい、問題なのは「こうして良かった」である。
ブログのネタを誇張するがために、どうしてもオーバーな表現になってしまうからだ。
経年変化も考えていないことも多い。
そしてよく言われるのが、
「メンテナンスのかからない家にして下さい」
である。家は生きている。愛情を込めて育てていかなければならないのだ。
手を掛けることで家に愛着が生まれる。
家はそこに住む家族の話をじっと聞いているのだ。
「こんな家、建てなきゃよかった」
そして家族が喧嘩ばかりしていると家は悲しみ、その家族を家から追い出そうとする。
家は家族を嵐の海から守る船なのに。
私の場合は工程に支障が出ないギリギリまで色決めを伸ばす。
床や建具もそうだが、クロス、カーテン、照明器具は木工事の完成ぎりぎりまで待つことにしている。
建物が完成に近づいて来るとイメージがし易いからだ。
私は家づくりを施主に楽しんでもらいたいし、自分たちも楽しみたい。
家づくりの成功は施主と業者、職人がワクワクすることにある。
なぜなら物には作る人たちの魂が宿るからだ。
ただし、水回りについては先行配管が必要になるので色は別として、物は先に選ぶ必要がある。
特に私の場合、フルオーダーシステムなので、着工までには決定しなければならない。
今日はキッチン、バス、洗面台、トイレを選びにショールームへやって来た。
「どれを選んでいいのか迷っちゃう」
「好きな物をゆっくり選ぶといい。
まずはトイレから行こうか? 気に入らない場合は他のショールームを見てもいいからね?」
「でも同じメーカーさんの物で統一した方がいいんでしょう?」
「大丈夫だよ。大手の住宅メーカーでは事前に大量発注するので、標準の住設機器は既に決められてしまっている。
でも私の場合は好きな物を選んで構わない。
ただし、修理やメンテには同じ物で統一した方がいいけどね? いろんな業者が来るのも面倒だから」
「わかったわ、新一の言うとおりにする」
涼子は楽しそうにショールームの中を見渡していた。
「本日担当させていただきます、寺館です。
よろしくお願いします」
「こちらはいつもお世話になっている寺館さんだ、とても頼りになる人だよ。
僕たちの家なんだ、よろしくね?」
「えっ? 宮永先生の奥様ですか?」
「うん、女房なんだ」
「先生、独身じゃなかったんですね?」
「ひとりは寂しいからね?
やっと僕でもいいという人に巡り会えたんだ」
「それはおめでとうございます!
相変わらず素敵なお家ですね? これは先生ご夫婦の別荘ですか?」
「いや、自宅なんだ。
海の見える家でね、凄くいいところだよ」
「海の見える家だなんて、素敵ですね?」
涼子はさりげなく、私と手を繋いだ。
私たちはトイレから見学を始めることにした。
「お洒落なデザインね?」
「今はタンクレスが主流だからね?
極端な節水タイプは排水管への影響もあるからあまりいいとは言えない。
それが売りの会社も多いけどね?」
「じゃあこれでいいわ、色は白でお願いします」
「かしこまりました。オプションはいかがしますか?
自動開閉とか便器のライトとかもございますが?」
「僕は立ったままはしないし、蓋の開け閉めくらいは自分でするよ。
それに便器の中を照らす照明はいらない。
トイレの照明は100wの人感センサーのダウンライトだしね?」
「あなたの言う通りでいいわ」
「洗面台は椅子を使うので、ニースペースのある物でお願いします」
「ではこちらの1種類になりますが?」
「色は選べるんですよね?」
「もちろんでございます」
「じゃあ扉は床に合わせて欲しいんですけど」
「床は樅になるから将来は飴色になる。
するとこのミディアムオークが妥当だろうな?」
「かしこまりました」
「次はお風呂になります」
「お風呂はあなたが決めて。私はお風呂にあまりこだわりはないから」
「それじゃあバスは飛ばそう。
キッチンをお願いします」
「うわー、楽しみー!」
涼子がキッチンに立てなくなっても、私が料理をするので天板の高さは900mmにすることにした。
高く設定しておけばサンダルを履けば調節出来るからだ。
天板が低いと腰が疲れる。
「天板はこのキラキラしたクォーツ・ストーンのブラックにしたい。
パンとかウドンも作りたいし。
黒だと粉が目立つし、白いお皿も栄えるでしょう?」
「それからアルカリイオン整水器を付けよう。
浄水器だけだと水道水のトリハロメタンなどは除去出来ても、イオン分解することで水の分子がきれいに並んで出て来るんだ。
体への吸収もいい」
「わかったわ。シンクの色は選べるわよね?
私はこの白がいいなあ」
「はい、では換気扇はいかがでしょう?」
「換気扇は最新鋭の物にして下さい、寺館さんに任せるよ」
「かしこまりました」
「キッチンの換気は重要だからね?
あとは君がキッチンに立ってワクワクするかどうかだ。
炊事をするのが楽しくなるようにしよう」
「ではワクワクするキッチンにして参りましょう。
なんだかとっても素敵なお家になりそうですね?」
私たちはラーメンを食べて帰ることにした。
並ぶような店は彼女の負担になるため、小さな街中華の店にした。
「ここは結構穴場なんだよ、常連さんばかりなんだ。
中華そばと餃子を下さい」
「今日は奥さんと一緒かい?」
「どうしても一度、ここに連れて来たくてね?」
「それじゃあこれ、サービス。
俺が作ったザーサイ、旨いぜ」
「ありがとう、よかったな? 涼子」
「うん」
昔ながらのナルトが乗った、シンプルな中太縮れ麺の醤油ラーメンだったが、スープは本格的だ。
この店はガイドブックや食べログには乗っていない。
大将が有名店になることを嫌っていたからだ。
そして忙しくなると味が落ちるからだという。
「俺と女房でやれる店でいいんだよ。
カネなんかあの世に持ってはいけねえからな?
俺の作る料理を旨いと言ってもらえばそれでいいのさ。
好きな料理を作っていられれば、俺はそれでしあわせだよ」
こんな店は貴重だ。
涼子は美味しそうにラーメンを啜っていた。
「すごく美味しい! 絶対にまた来ますね!」
「女房もお気に入りのようです。大将、またファンが増えましたね?」
「男はキライだが、美人は大歓迎だ!」
「私もです」
私たちは笑った。
帰りのクルマで涼子は私の肩に頭を乗せていた。
「今日は奥さんにしてくれてありがとう」
「今日は?」
「うん、すごくうれしかった」
「何を言ってるんだ? これからも俺たちはずっと夫婦じゃないか?」
「それってもしかして?」
「プロポーズだよ。俺と結婚して欲しい。
でもこの家は僕にくれないか?」
「お家はあなたにあげる、でも結婚はダメ。出来ない。
こうして一緒にいるだけでしあわせよ」
「俺じゃイヤか?」
「イヤよ、タイプじゃないもの」
それは彼女の見え透いた嘘だった。
死ぬことがわかっている自分と、結婚なんてさせられないという彼女の思い遣りだった。
でも私はせめて最期まで、自分の妻として涼子を看取ってやりたかった。
「これは強制だ、君を「宮永涼子」にする刑に処す」
涼子はハンドルを握る私の手に自分の手を重ねて泣いた。
「ヘンなプロポーズ・・・」
私はカーステレオのスイッチを入れ、予め用意しておいたメンデルスゾーンの結婚行進曲をかけた。
片手で涼子の肩を抱き寄せて。
星が煌めく美しい夜だった。
いよいよ着工である。
普通のハウスメーカーなら、着工前にはクロス、電気配線や照明器具、住宅設備機器、場合によってはカーテン、外構工事までもが決めさせられてしまう。
まだ現物が出来上がってもいないのにだ。
その理由は会社主導で建築を進めることにより、効率良く業務を進め、利益を確定させることにある。
つまり、打ち合わせが多くなるのが面倒だからだ。
契約まではニコニコ顔で、契約後は掌を返す営業マンは多い。
「契約後は俺たちがイニシアチブを握るんだ」と平気で公言する営業もいる。
他の商品と住宅が大きく違うのは、クルマのように完成品ではないということだ。
家は出来てみないとわからない。
ゆえに家を選ぶ前に人を、会社を選ばなければならない。
会社の中でお客さんを呼び捨てにしている最低の営業マンもいるのだ。
だがお客さんの側にも礼儀を知らない人も多いのも事実だ。
「俺は客だ!」
悲しいかな、そういう態度の輩もいる。
「作らせていただく」という業者と、「作っていただく」という施主の、良好な関係がないと良い家は出来ない。
我々は慣れているので完成のイメージは既に出来てはいるが、殆どの施主は初めての家づくりである。
建物の施工が進んで行くと、
「もっと良くしたい!」
「間違っていた!」
「イメージと違う!」
当然である。
そしてネットでの情報を鵜呑みにする施主も多い。
いちばん困るのは「家づくりのブログ」を参考にする施主だ。
失敗例はいい、問題なのは「こうして良かった」である。
ブログのネタを誇張するがために、どうしてもオーバーな表現になってしまうからだ。
経年変化も考えていないことも多い。
そしてよく言われるのが、
「メンテナンスのかからない家にして下さい」
である。家は生きている。愛情を込めて育てていかなければならないのだ。
手を掛けることで家に愛着が生まれる。
家はそこに住む家族の話をじっと聞いているのだ。
「こんな家、建てなきゃよかった」
そして家族が喧嘩ばかりしていると家は悲しみ、その家族を家から追い出そうとする。
家は家族を嵐の海から守る船なのに。
私の場合は工程に支障が出ないギリギリまで色決めを伸ばす。
床や建具もそうだが、クロス、カーテン、照明器具は木工事の完成ぎりぎりまで待つことにしている。
建物が完成に近づいて来るとイメージがし易いからだ。
私は家づくりを施主に楽しんでもらいたいし、自分たちも楽しみたい。
家づくりの成功は施主と業者、職人がワクワクすることにある。
なぜなら物には作る人たちの魂が宿るからだ。
ただし、水回りについては先行配管が必要になるので色は別として、物は先に選ぶ必要がある。
特に私の場合、フルオーダーシステムなので、着工までには決定しなければならない。
今日はキッチン、バス、洗面台、トイレを選びにショールームへやって来た。
「どれを選んでいいのか迷っちゃう」
「好きな物をゆっくり選ぶといい。
まずはトイレから行こうか? 気に入らない場合は他のショールームを見てもいいからね?」
「でも同じメーカーさんの物で統一した方がいいんでしょう?」
「大丈夫だよ。大手の住宅メーカーでは事前に大量発注するので、標準の住設機器は既に決められてしまっている。
でも私の場合は好きな物を選んで構わない。
ただし、修理やメンテには同じ物で統一した方がいいけどね? いろんな業者が来るのも面倒だから」
「わかったわ、新一の言うとおりにする」
涼子は楽しそうにショールームの中を見渡していた。
「本日担当させていただきます、寺館です。
よろしくお願いします」
「こちらはいつもお世話になっている寺館さんだ、とても頼りになる人だよ。
僕たちの家なんだ、よろしくね?」
「えっ? 宮永先生の奥様ですか?」
「うん、女房なんだ」
「先生、独身じゃなかったんですね?」
「ひとりは寂しいからね?
やっと僕でもいいという人に巡り会えたんだ」
「それはおめでとうございます!
相変わらず素敵なお家ですね? これは先生ご夫婦の別荘ですか?」
「いや、自宅なんだ。
海の見える家でね、凄くいいところだよ」
「海の見える家だなんて、素敵ですね?」
涼子はさりげなく、私と手を繋いだ。
私たちはトイレから見学を始めることにした。
「お洒落なデザインね?」
「今はタンクレスが主流だからね?
極端な節水タイプは排水管への影響もあるからあまりいいとは言えない。
それが売りの会社も多いけどね?」
「じゃあこれでいいわ、色は白でお願いします」
「かしこまりました。オプションはいかがしますか?
自動開閉とか便器のライトとかもございますが?」
「僕は立ったままはしないし、蓋の開け閉めくらいは自分でするよ。
それに便器の中を照らす照明はいらない。
トイレの照明は100wの人感センサーのダウンライトだしね?」
「あなたの言う通りでいいわ」
「洗面台は椅子を使うので、ニースペースのある物でお願いします」
「ではこちらの1種類になりますが?」
「色は選べるんですよね?」
「もちろんでございます」
「じゃあ扉は床に合わせて欲しいんですけど」
「床は樅になるから将来は飴色になる。
するとこのミディアムオークが妥当だろうな?」
「かしこまりました」
「次はお風呂になります」
「お風呂はあなたが決めて。私はお風呂にあまりこだわりはないから」
「それじゃあバスは飛ばそう。
キッチンをお願いします」
「うわー、楽しみー!」
涼子がキッチンに立てなくなっても、私が料理をするので天板の高さは900mmにすることにした。
高く設定しておけばサンダルを履けば調節出来るからだ。
天板が低いと腰が疲れる。
「天板はこのキラキラしたクォーツ・ストーンのブラックにしたい。
パンとかウドンも作りたいし。
黒だと粉が目立つし、白いお皿も栄えるでしょう?」
「それからアルカリイオン整水器を付けよう。
浄水器だけだと水道水のトリハロメタンなどは除去出来ても、イオン分解することで水の分子がきれいに並んで出て来るんだ。
体への吸収もいい」
「わかったわ。シンクの色は選べるわよね?
私はこの白がいいなあ」
「はい、では換気扇はいかがでしょう?」
「換気扇は最新鋭の物にして下さい、寺館さんに任せるよ」
「かしこまりました」
「キッチンの換気は重要だからね?
あとは君がキッチンに立ってワクワクするかどうかだ。
炊事をするのが楽しくなるようにしよう」
「ではワクワクするキッチンにして参りましょう。
なんだかとっても素敵なお家になりそうですね?」
私たちはラーメンを食べて帰ることにした。
並ぶような店は彼女の負担になるため、小さな街中華の店にした。
「ここは結構穴場なんだよ、常連さんばかりなんだ。
中華そばと餃子を下さい」
「今日は奥さんと一緒かい?」
「どうしても一度、ここに連れて来たくてね?」
「それじゃあこれ、サービス。
俺が作ったザーサイ、旨いぜ」
「ありがとう、よかったな? 涼子」
「うん」
昔ながらのナルトが乗った、シンプルな中太縮れ麺の醤油ラーメンだったが、スープは本格的だ。
この店はガイドブックや食べログには乗っていない。
大将が有名店になることを嫌っていたからだ。
そして忙しくなると味が落ちるからだという。
「俺と女房でやれる店でいいんだよ。
カネなんかあの世に持ってはいけねえからな?
俺の作る料理を旨いと言ってもらえばそれでいいのさ。
好きな料理を作っていられれば、俺はそれでしあわせだよ」
こんな店は貴重だ。
涼子は美味しそうにラーメンを啜っていた。
「すごく美味しい! 絶対にまた来ますね!」
「女房もお気に入りのようです。大将、またファンが増えましたね?」
「男はキライだが、美人は大歓迎だ!」
「私もです」
私たちは笑った。
帰りのクルマで涼子は私の肩に頭を乗せていた。
「今日は奥さんにしてくれてありがとう」
「今日は?」
「うん、すごくうれしかった」
「何を言ってるんだ? これからも俺たちはずっと夫婦じゃないか?」
「それってもしかして?」
「プロポーズだよ。俺と結婚して欲しい。
でもこの家は僕にくれないか?」
「お家はあなたにあげる、でも結婚はダメ。出来ない。
こうして一緒にいるだけでしあわせよ」
「俺じゃイヤか?」
「イヤよ、タイプじゃないもの」
それは彼女の見え透いた嘘だった。
死ぬことがわかっている自分と、結婚なんてさせられないという彼女の思い遣りだった。
でも私はせめて最期まで、自分の妻として涼子を看取ってやりたかった。
「これは強制だ、君を「宮永涼子」にする刑に処す」
涼子はハンドルを握る私の手に自分の手を重ねて泣いた。
「ヘンなプロポーズ・・・」
私はカーステレオのスイッチを入れ、予め用意しておいたメンデルスゾーンの結婚行進曲をかけた。
片手で涼子の肩を抱き寄せて。
星が煌めく美しい夜だった。
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