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第12話

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 「とうとう行っちゃったね? 沙都子さん」

 俺は話題を逸らした。

 「何か食いに行くか?」
 「餃子でビールが飲みたい」
 「餃子はないかもしれないが、美味い中華の店ならあるから行ってみるか?」
 「うん、行く行く」

 由紀恵と俺はタクシーに乗ってアントワープ国際空港を後にした。



 由紀恵は珍しそうに『飾り窓』を見渡していた。

 「オランダのアムステルダムで見たことはあるけど、アントワープにもあるのね? 飾り窓」
 「ロッテルダムやドイツにもあるそうだ」
 「伸之も行ったことあるの? 飾り窓」
 「さあどうかな?」
 「こんなところに来なくても、これからは私がしてあげるからね?」
 「ほら着いたぞ。ここだ」

 俺はあの『飾り窓』のチャイニーズ・レストランに由紀恵を誘った。


 店のドアを開けるとあのドイツ人給仕が俺たちを出迎えてくれた。

 「再びのご来店、ありがとうございます」
 「覚えていてくれたのか? 今日はワイフを連れて来たんだ。この前勧めてくれたビールを頼む。
 それからあのビールに合うお勧め料理はあるかい?」
 「本日のお勧めは「ブロッコリーと海老のマヨネーズ・ソテー」がございます」
 「じゃあそれとあのヌードルを頼む」
 「かしこまりました」
 「餃子はあるか?」
 「ギョウザ? それは何でしょう?」
 「いいんだ。それじゃあ何か「揚物」があれば頼む」
 「ムール貝のフリッターはいかがです?」
 「じゃあそれを頼む」


 俺たちは料理が来る前に暖かい店内で冷えたビールを飲んだ。

 「沙都子さんから、「彼のこと、よろしくね?」って頼まれちゃった。
 だから今度は私が伸之の「愛人」だからよろしくね?」
 
 なぜ由紀恵に俺を託したのかは沙都子から聞いていた。
 
 「あなたを自由にしてあげる。あなたは大空を飛ぶ、イーグルだから」

 俺は話題を変えた。

 「旨いだろう? このビール」
 「以前ごちそうしてくれたビールよね? 確か「シメイ・レッド・トラピスト・ビール」だったかしら?」
 「よく覚えていたな?」
 「また飲みたいと思っていたから」
 「そうか。さっきの給仕に勧めてもらったビールなんだ」


 料理が運ばれて来た。

 「美味しそう! でもこれって確かにヌードルだけど「春雨」?」
 「その通り、春雨だ。
 でも意外に旨いんだ。スープはジャンがベースになっている」

 由紀恵が春雨を一口啜った。

 「美味しい! 何だかホッとする味」
 「俺たち日本人好みのスープだよな?」
 「うん!」

 かわいい女だと思った。
 
 (俺はこの美しい女に何をしてあげられるだろうか?
 俺に残された時間は少ない。
 今のこの幸福な一時を忘れないようにしたい)



 ホテルに戻って来た。

 「今度は一緒のお部屋だね?」
 
 由紀恵は俺にキスをした。それは濃厚なフレンチ・キスだった。
 俺たちは服を脱ぎ捨てベッドに上がった。

 「待って、シャワーを浴びて来る」
 「それじゃあ俺が先に浴びて来るよ」

 
 俺がシャワーを浴びていると、由紀恵がやって来た。

 「お邪魔しま~す」

 美しい均整のとれたカラダだった。
 
 「背中、洗ってあげるね?」

 由紀恵は俺の背中に回ると背後から手を伸ばし、俺の固くなったシンボルに触れた。

 「そこは背中じゃないぜ」
 「ふふっつ あら、間違えちゃった」

 由紀恵は戯けてみせた。
 石鹸をつけて、由紀恵が丹念に俺のそこを洗ってくれた。
 そしてシャワーでその部分の石鹸を流し終えると、それを咥え、頭を動かし始めた。
 知性と美貌、教養を兼ね備えた女の淫らな表情が俺の性欲を掻き立てる。
 由紀恵の口の中が熱い。

 「もうその程度でいいよ。イキそうだから」

 すると由紀恵は口からそれを離すと、上目遣いに俺を見て言った。

 「そのままお口に出してもいいわよ。飲んであげるから」
 「どうせ1回しか出来ない。もう俺も歳だから」
 「そう? じゃあ先に行って待っていて、すぐに行くから」


 由紀恵が白いバスローブを着てやって来た。
 俺たちの初めての戯れが始まった。
 俺は由紀恵にキスをして首筋に舌を這わせ、耳に熱い吐息を吹き掛けた。

 「あ、それいい、ゾクゾクしちゃう・・・」

 彼女のやわらかい乳房に触れ、俺は乳首を舌で転がした。
 より反応が鋭敏になって来た。
 下腹部に手を伸ばすと、すでにそこはかなり潤んでいた。

 「ずっとご無沙汰だったから・・・、やさしくしてね?」
 「自分ではしなかったのか?」
 「内緒」

 俺はまず、由紀恵の女の部分を丹念に舐めると、ぷっくりと突起したその部分の皮をやさしく剥いた。
 由紀恵のカラダが弓なりになった。

 「あ、うっ・・・」
 
 私はそこに自分を宛がうと、ゆっくりと挿入を開始した。

 「大丈夫か? 痛くないか?」
 
 由紀恵はゆっくりと頷いた。

 「うん、大丈夫。もっと奥まで欲しい・・・」

 俺はそれが彼女の子宮に到達したことを確認すると、そこで一旦停止をした。

 「動かすぞ」
 「ゆっくりね?」

 私は熱く濡れそぼったそこに強弱を加え、出し入れを繰り返した。
 由紀恵の顔とカラダがみるみる紅潮して来た。

 セックスとはカラダで行う男と女のコミュニケーションだ。
 相手の欲求を絶えずカラダから読み解かねばならない。
 女性経験の乏しい若い男のように、「どこがいいの?」なんて野暮なことは訊けやしない。
 相手が今、何を要求しているかを察知しなければならないのだ。

 由紀恵が少し腰を浮かせ、俺にその部分を押し当てて来た。
 それは由紀恵がさらなる快感を求めているというシグナルだった。
 私は更にその動くスピードを加速させた。
 
 「うれしい! 凄くいいの! 凄く! もっとちょうだい!」

 男と女は愛し合うために生まれて来た。
 男には凸があり、女には凹がある。
 つまり結合するための構造が、既に人類の誕生から備わっていたのだ。
 人は愛するために生まれた。
 そして人生の目的は自己の進化とその遺伝子の継承にある。
 セックスの持つ意味は深い。


 俺たちにクライマックスが近づいていた。

 「来そう、来そうなの! そのままお願い! 中に出して!」
 「沙都子っ・・・」

 その時、俺は無意識に沙都子の名前を口にしてしまった。
 俺は射精を断念し、由紀恵のカラダから離れた。

 「気にしないで。しょうがないわよ、伸之のその気持、私にも分かるから」
 「すまない」
 
 私のソコはみるみるうなだれていった。

 「私だって死んだ夫の名前を叫びそうになったもん。
 エアコンみたいに冷房モードを急に暖房モードになんて簡単には出来ないわよ。
 お互いに長く真剣に愛していたんだから。
 いいのよ、私と同じように沙都子さんのことも忘れずにずっと想ってあげて」

 由紀恵は私にやさしくキスをして、まるで母親のように私の頭を撫で、抱きしめてくれた。

 「明日のない俺でもいいのか?」
 「明日のない恋でも恋は恋よ。それに明日が来るかどうかなんて誰にもわからないじゃない?
 私は夫からそれを学んだわ」
 「不思議だよ、数日前に出会ったばかりなのに、ずっと前からお前と一緒だったような気がする」
 「私もよ。出会った時からそう感じたの、「この人が私の王子様だ」って」
 「俺は王子ではなく、かなりくたびれたロバだけどな?」
 「ロバさんなんかじゃないよ。私は伸之のことが大好きだから」
 「明日、一緒にロバを見に行かないか?」
 「どこへ?」
 「アントワープ動物園にだ」
 「いいわね? 動物園デート」

 俺は由紀恵の隣に横になり、由紀恵と手を繋いだ。

 「私たちの恋物語はもう始まっているのよ」
 「俺たちの物語の始まりかあ?」
 「そうよ、アントワープでの私たちの恋物語が始まったの。
 もう誰も止められないわ」

 俺たちはカラダを寄せ合い、静かに眠りに就いた。

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