【完結】陽炎(作品230623)

菊池昭仁

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第3話 デートの誘い

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 三日後、晴美からLINEが届いた。


     先日はとっても楽しかったです
     久しぶりに大笑いしてお腹が痛い(笑)
     今度 ふたりで会いませんか?
   
                       いつがいいですか?

     土曜日はいかがですか?
     
                       何時にどこで?

     今、電話しても大丈夫?
     文字を打つより話した方が早いので


    
 私は返事を送る代わりに電話を掛けた。

 「もしもし」
 「栄次さんて、女の子とあまり付き合ったこと、ないでしょう?」
 「ええ、まあ。
 そうですね、ありません」
 「でも、なんだか新鮮。普通の男性ならグイグイ来るのに、そんなおっとり刀はあなたが初めてよ。
 だから私から連絡しちゃった」

 だが、それは彼女の思い違いだった。
 私はヒューストンでリンダと3年間、同棲をしていたからだ。
 彼女は同じ研究チームの研究者だった。


 「エイジ、急に日本に帰るってどういうこと! ここを辞めるつもりなの!」
 「ああ、そうすることにした」
 「私は残るわよ、ヒューストンに」
 「それはわかっているよ、恋愛で自分の研究を無駄にすることはないからね」
 「あなたはどうかしている! どうしたの? あなたの火星探査への夢は? 私たちの夢
 は!」
 「それはリンダに引き継ぐよ、僕の代わりに・・・」

 その時、リンダの右手が私の左の頬を打った。
 
 「引き継ぐですって? あなたはまだアメリカンジョークが下手ね!
 私たちは研究でも恋愛でも、最高のパートナーだったじゃないの!
 私はあなたのsteadyじゃなかったの? 信じられない!
 あなたは2つの大切なものを捨てるつもりなの!
 火星への夢と、私という女を!
 そんなに日本がいいならさっさと行きなさいよ!
 日本に帰ってママのオッパイでも飲んでいるといいわ!
 私は日本へは行かない! だって火星は私の夢ですもの!
 トラクターに乗っているエイジなんか見たくもないわ!」


 そして私はリンダと火星を捨て、日本に帰って来た。
 親父が体を壊し、母親だけでの農作業や資産管理は不可能だったのだ。
 江戸時代から続く稼業を途絶えさせるわけにはいかなかった。
 
 

 「ねえ、どこに連れて行ってくれるの? ディズニーランドとか言わないわよね?
 私、並ぶのも歩くのも嫌い」
 「ごめん、気が利かなくて」
 「でも、逆に女性慣れしていない、そんなところが好きかも。
 すぐに体を求めてくる男よりは」

 晴美は自由奔放なお嬢様だった。
 どんどん自分のペースで行動していく。
 素早い決断力と強引さ、緻密な分析力、そして展開を先読みする先見性。
 それが音楽家としての彼女を物語っていた。

 「海はどう?」
 「太平洋ならいいわよ」
 「日本海はダメなのかい?」
 「だって日本海って暗いじゃない? 石川さゆりとか、鳥羽一郎みたいで」

 私は思わず笑ってしまった。
 
 「そうだね、そうかもしれない。
 じゃあ、大洗の水族館はどう? 太平洋だし」
 「いい! それならいい!
 私、お魚大好き! トロでしょ、ウニでしょ、ヒラメにアワビ! それからそれか 
 ら・・・」
 「それは寿司ネタだよね?」
 「そうよ、水族館にはネタを見に行くの!
 だから好きよ、お魚が泳いでいるところを見るの。
 だって美味しそうなんだもん!」
 「晴美さんにとって水族館は、居酒屋の生簀なんだね?」

 私はこの時、そんな晴美に惹かれる自分がいることに気付いた。

 「じゃあ、土曜日の朝9時に上野駅で」
 「9時ね? 楽しみだなあ、大きな生簀。
 上野の中央改札口で待ってるね?」
 「では9時に上野駅の中央改札ということで」
 
 電話を切った私は、ふと涼子のことを想い出していた。
 また、涼子に会いたい。

 (栄次、涼子は親友の彼女だぞ)

 私は不謹慎な自分の想いをすぐに打ち消した。
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