上 下
16 / 24

第16話 若頭 佐伯の独り言

しおりを挟む
 雪乃はクルマを降りると、如月組の正門へと近づいて行った。

 あの時の若者が二人、また同じように立っていたが、今度は雪乃に深々とお辞儀をした。

 「姐さん、お疲れ様です」
 「ホント、お疲れ様よ。そこ、通して頂戴」
 「すみません、誰もお通しするなと言われてますんで」
 「そう、じゃあ小次郎が出て来るまでここで待っているわ、あんたたちと一緒に」
 「勘弁して下さいよー、俺たちボコボコにされちゃいますって」
 「いいわよ、私もボコボコにされても」
 「そんな姐さん・・・」

 そのうちの一人がまた、携帯で誰かとヒソヒソ話をしていた。


 「ヘイ、そうなんです、この前の姐さんです。ヘイ、分かりやした、そうお伝えしやす」

 するとその若者は雪乃に振り向くと、

 「ただいまアニキが参ります。少しお待ちを」
 
 すぐに若頭の佐伯が現れた。


 「すみませんが雪乃さん、若はお会いにならないそうです」
 「じゃあ待たせてもらうわ、小次郎が会ってくれるまで」

 佐伯は笑った。

 「さすがはうちの若が惚れた姐さんだけのことはある。
 どうです、少し朝の散歩でもしませんか?
 多分その時、私は独り言を呟くはずですから、それを黙って聞いていて下せえ」

 雪乃は佐伯と屋敷の周りを歩き始めた。
 そして佐伯は語り始めた。

 「あれは今から10年前だったかなあ、若が利紗さんと付き合っていたのは。
 若の大学時代の娘さんで、美人でやさしくて、それでいて芯のあるいいお嬢さんだった。
 結婚するとか言ってたなあ。
 利紗さんは弁護士志望だったんだよ、でも笑えるよなあ、ヤクザの彼氏に弁護士の彼女だもんなあ。
 あの頃は抗争が酷くてなあ、ウチの連中もたくさんやられた。
 仁義に堅い若は、俺たちに内緒でたった一人、対立していた組にカチコミをかけた。
 そして相手を皆殺しにした。
 若がデコ助(警察)から逃れるため、利紗さんを連れて貨物船に乗り込もうとした時だった、仲間の組員たちに待ち伏せをくらった。
 その時だよ、若を庇って利紗さんが殺されちまったのは。
 ああ、イヤな話を思い出しちまったぜ。
 それ以来、若は誰も愛させなくなっちまった。
 以上が俺の独り言です。どうぞお帰り下さい。
 いちばん辛いのは若なんですよ、雪乃さん」

 雪乃は足を止めた。
 
 「関係ないわよ、そんなこと。
 小次郎を庇って死んだんでしょ? その利紗って人。
 私も出来るわよ、利紗さんと同じように拳銃の前にだって立って見せる。小次郎の為なら。
 そしてそれは私たち女にとっては名誉なことよ、だって惚れた男を守れたんですもの。
 だから小次郎がどう想うかなんてどうでもいいの。
 佐伯さん、私はもう引き返せないの。
 小次郎のことを愛しているの、小次郎がヤクザだと知ってから、私はとっくに覚悟が出来ているわ。
 この命、捨てる覚悟で彼を愛したのよ」
 「若はしあわせ者です。
 俺もあんたと同じだよ、若のためなら死んでもかまわねえ。若の漢気に惚れてるからな。
 男の俺が惚れるんだ、女のあんたが惚れるのも無理はねえ。
 そんなに若のことが好きなら、このまま帰ってくれ、若のために」
 「好きだからこそ役に立ちたいの。女だから。
 今日は帰るけどまた来るわね、ありがとう、佐伯さん」

 いつの間にか靄は晴れ、黄金色の朝日に街が輝き始めていた。
しおりを挟む

処理中です...