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第10話

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 「ちわーす! ヤマネコヤマト、冥界メールでーす!」
 「あっ、どうもどうも、ご苦労様です」

 遂に来た! あれ? 地獄閻魔審査評議会 事務局? まあいいや。補助券、補助券! 何回引けるのかなあ?   
 『クーちゃん黄泉がえりジャンボ宝くじ』、楽しみ楽しみ。
 俺、いいコトたくさんしちゃったもんねー。ワクワク

 お金に困っているドロボーさんの侵入を手助けしたり、政治家になりたいボンクラ二世のバカ息子を当選させたり、彼女が一度も出来たことがない男に衛生的な風俗店を紹介したり、がんばったもんなー、俺。
 
 でもなんだかヘンだぞ? 封筒が薄い、そして真っ赤なグロい封筒・・・。
 しかも「重要、至急開封して下さい」と書いてある。
 恐る恐る開けてみると、



    岸谷総一郎 殿         
                              地獄閻魔審査評議会
                              会長 閻魔ゆかり

  
                地獄行き決定通知書



   この度はご愁傷様でした。          
   『クーちゃん黄泉がえりジャンボ宝くじ』は応募者多数のため、やめちゃうことに
   しました。
   今後とも岸谷様の益々の浮遊霊としてのご活躍を期待しております。
   ゆるしてチョンマゲ。


   追伸 
   
   それからあなた様はみんなから大変愛されていたことが判明しましたので、地獄で
   罪を償うことが許可されました。
   来週の四十九日で地獄行きとなりますので、生前、お世話になったみなさんに、改め
   て暇乞いを済ませておいて下さい。

   地獄で十分反省し、なるべく早く甦ることをお祈りいたします。
   では地獄で待ってまーす、うふっ

                            
                                   以上




 どうしよう! 大変だ! 四十九日が終わったら地獄行き確定だなんて!
 それにまた「暇乞い」しろって?



 公園のポプラの樹の上で地獄からの通知書を読んでいると、木の下で山田太郎さんが俺を呼んだ。

 「岸谷さん、岸谷さーん」

 私は山田さんのところへ降りて行った。
 
 「ガッカリだよ山田さん、ちょっとこれ見てよ」

 山田さんはそれを見ると喜んでくれた。


 「良かったですね! これで岸谷さんも死ねるじゃありませんか!」
 「地獄ですよ、地獄。
 全然良くないじゃないですよ。やだなあ、地獄なんて」
 「仕方ないですよ、99%の人は地獄行きなんですから」
 「そうなの? ところで山田さん、この『暇乞い』って?」
 「それは自分が「死にましたからさようなら」と、自分が死んだことを知らせに行くことです。
 自分が会いたい人に」
 「それは知っていますよ。葬式は終わったからみんな俺が死んだことはもう知っているし」
 「岸谷さんが死んだことをまだ知らない人たちにですよ。
 暇乞いとは女性の場合、その人のお家の台所から。そして男性の場合はトイレからお知らせに行くことになります」
 「やだなー、トイレなんて。
 ウンチとかオシッコの溜まっているところから出て行くの?」
 「でも今は殆どが水洗トイレのお宅ですから大丈夫ですよ」
 
 俺は思った。でも新潟の小夜の家はまだ汲み取り式トイレだったはず。

 「だからトイレと台所はいつもキレイにしておかないといけません。
 死者の玄関口ですから」
 「いいなあ、山田さんは死ななくて」
 「私は岸谷さんが羨ましいですよ。いいですね? 死ねて」

 山田さんは急に寂しそうな顔をした。

 「何でだよ? みんな死にたくないからがんばって生きているんじゃないの? 嫌なことも辛いことも我慢してさあ! 死にたくないから生きているんじゃないか!」
 「そう思いますよね? 普通は」
 「何で死ぬのが羨ましいの?」
 「それは自分をリセット出来るからですよ。
 前世とは違う自分として、新たな人生の旅が始まるからです。
 すべてをゼロにして生まれ変われるんですよ。
 生きるということは喜怒哀楽の積み重ねです。
 いいこともあれば悪いこともある。忘れてしまいたいイヤなこともたくさんあります。
 もちろん、むやみやたらに死ぬことは神様の意に背くことになりますから、自殺などもっての外です。
 どんなに辛くても、苦しくても自分の寿命を全うしなければなりません。
 その寿命を全うした時、すべてをこの世に置き去りにしてあの世に帰るのです。
 そして自分が犯した多くの罪を地獄で償うと、後は自分が生きていた時にされた「人からの感謝」の数や大きさによって、新しい人生のステージが決まるのです。
 人からいっぱい「ありがとう」を言われた人は、経済的にも、人にも恵まれる幸福な人生が待っています。
 あるいは人を嘲笑あざわらった人はその嘲笑った人と同じか、それ以下の状態で徳を積む人生になるのです。
 つまり、死なないということは自分の辛い、悲しい記憶から永遠に逃れられないということなのです。
 ゾンビみたいに生きるようなものです」

 そう言って山田太郎さんはトボトボと去って行った。


 人から「ありがとう」と言われるような人生を送ることで、幸せに近づけるということかなのか?
 沢山の「ありがとう」が溢れた世界、それが天国なのかも知れないなあ。
 
 俺はたくさんの「ありがとう」を言ったとは思うが、「ありがとう」と言われることは少なかったかもしれない。
 ああ、なんでもっと人に親切にしなかったんだろう。
 どうせ総理大臣とか、社長とか、キムタクにはなれないんだろうなあ。
 でも人生に後悔のない人間なんているんだろうか?
 そんなの『北斗の拳』のラオウくらいだ。
 
 とにかく時間がない。暇乞いをしに行かないと。
 幼馴染みの小夜にはまだ、俺が死んだことは知らないはずだ。

 俺は小夜の田舎のポットン便所へワープすることにした。
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