★【完結】俺 パパです 死んじゃいました(作品230814)

菊池昭仁

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第11話

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 小夜は田舎の幼馴染みだった。
 保育園から高校まで、ずっと一緒だった。
 ふたりとも成績はいつも中の上。
 俺は野球部でセカンド。レギュラーだったり、外されたり。
 そして小夜はバレーボール部で、レギュラーだったり外されたりしていた。
 どちらも県大会では初戦敗退の弱小チームで、部活にはあまり熱心な高校ではなかった。
 俺たちは至ってフツーの高校生だった。

 俺と小夜は兄と妹というより、長年連れ添った夫婦のような関係だった。
 保育園の時のおままごと遊びでもそうだった。

 「あなた、仕事が終わったらまっすぐ帰って来るんですよ。
 お酒を飲んで、カラオケなんかしないで下さいね」
 「わかってるよ」
 「ハイ、ご飯ですよ」

 と、小夜は泥団子を俺に差し出す。

 「ムシャムシャ」と、食べるフリをする俺。
 「おいしい?」
 「うん、おいしい」
 「ハイ、お替わりをどうぞ」

 と、小夜はまた、泥団子を俺にくれた。


 高校生になってすぐ、俺と小夜は付き合い始めた。
 告白は俺からした。

 「小夜、俺と付き合ってくれ」
 「もう付き合ってるじゃん」

 夏の夕暮れ、カエルの鳴き声と蝉時雨が聞こえていた。
 部活を終えた俺たちは、田んぼの畦道あぜみちを一緒に歩いて帰った。
 
 突然、小夜のお気に入りの麦わら帽子が風に飛ばされ、田んぼに落ちてしまった。

 「あっ」

 幸いなことに、帽子は稲に引っ掛かり、水田に浸かったのはごく僅かだった。
 だが、それを取るには水田の中に入らなければならない。
 田んぼに落ちた帽子を取りに行くために、小夜は靴を脱ごうとした。
 だが俺はそれを止めた。

 「俺が取って来てやるよ」

 俺は靴を脱ぎ、ズボンを捲って水田の中に入って行き、小夜の帽子を拾ってやった。

 「汚れちゃっ・・・」

 と、俺が言いかけた時、小夜が俺の口をキスで塞いだ。
 
 「ありがとう・・・、総一郎・・・」

 それが俺と小夜の初めてのキスだった。



 高校を卒業すると、小夜は新潟市内の短大へ進み、俺たちは別れた。
 何で別れたのかは今はもう思い出せない。
 おそらく遠距離による自然消滅だったのかもしれない。
 俺は東京で就職し、彼女は新潟だったから。
 

     遠くの恋人より 近くの他人


 そんな理由だったはずだ。
 
 風の噂では、小夜は同じ会社の男性と結婚したがうまくはいかず、離婚して中学生の娘さんを連れて実家に帰っていると聞いていた。



 俺は小夜の実家のポットン便所から小夜のところへやって来た。
 

 「なるほど、山田さんの言った通りだ。
 でも、綺麗にしてあって良かった。ウンチも付いてないし」

 もちろん、小夜に俺の姿は見えてはいない。
 俺は自分の存在を知らせたくて、少し強めにドアを開閉した。
 小夜は台所で夕食の支度をしているところだった。
 少し歳は取ったが昔の面影はまだ残っていた。

 小夜、美熟女になったなあ。


 「香織、お爺ちゃんを呼んで来て、ご飯出来たよって」
 「うん、わかった」

 娘さんは旦那似なのかな? かわいい子だった。もう高校生なんだ。
 俺と小夜が結婚したら、どんな子供が生まれていたんだろう?
 小夜が便所の音に気付いた。

 「あら? トイレのドアが開いた気がするけどお父さんかしら?」
 
 するとそこへ父親の次郎さんがやって来た。
 男の子が欲しかった次郎さんは、よく俺とキャッチボールをして遊んでくれた。

 「総一郎、もっとスナップを利かせて投げてみろ、こんな風に」

 それはまるで『巨人の星』の星一徹のようにスパルタだった。
 次郎さんは俺に甲子園に行かせたいようだった。
 甲子園は次郎さんの夢だったからだ。

 次郎さん老けたなー。昔、地元のスナックのママとの浮気がバレて大変だったが、もういいお爺ちゃんになっちゃって。
 

 「あらお父さん、いたの? さっきトイレのドアが開いた音がしたからお父さんなのかと思った。
 だとすると誰? なんだか気持ちが悪いわね?」
 「誰かの「暇乞い」じゃねえのか? 誰かが亡くなったのかもしれねえな?
 便所なら男だな? 山ちゃんかもしれねえ? 胃がんで新潟大学病院に入院しているから、いよいよになったか?」
 
 するとその時、小夜の携帯が鳴った。親友の幸子からだった。

 「小夜、聞いた? 総一郎が交通事故で死んじゃったんだって・・・、まだ若いのに」
 「・・・」

 小夜の携帯を持った手がだらりと垂れ下がり、小夜はその場に泣き崩れてしまった。

 「小夜、小夜! 大丈夫!」

 携帯からは、小夜を呼ぶ幸子の声が聞こえていた。


 「どうした小夜?」
 「総一郎が、交通事故で・・・」
 「そうか・・・、俺はアイツがお前と一緒になるとばかり思っていたけどな。
 残念だったな、いい奴だったのに・・・」

 次郎さんも泣いてくれた。
 ティッシュで涙を拭いていたが、それには何枚もティッシュが必要だった。

 「ママも爺ちゃんもどうしたの?」
 「ママの初恋の人がね、死んじゃったんだって・・・」

 小夜、本当にありがとう。
 ありがとうございます、次郎さん。
 どうか俺の分までしあわせになって下さい。
 小夜、悪いけどトイレットペーパーをワン・ロール、貰って行くからな?
 俺も涙が止まらないから。

 俺は妖怪「いったん木綿」のようにトイレットペーパーをひらひらさせて、泣きながら東京へと戻って行った。
 
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