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第17話 棘のない薔薇

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 「なあ遥、今度の日曜日、久しぶりに紅葉をつれてどこかへ出掛けないか?」
 「そうね、お天気も良さそうだし、紅葉はどこに行きたいの?」
 「もみじはねー、おさかなさんがみたいの」
 「じゃあ水族館ね? お弁当持って行こうか?」
 「うん、チーズのはいったちくわもね」
 「はいはい、わかったわよー」
 「となると葛西臨海公園がいいな」
 
 紅葉と光一郎はうれしそうだった。
 だがその時私は冴島のことを考えていた。

 (日曜日、彼は家族とどう過ごしているのかしら?)




 その日は快晴で、水族館の中はかなり混雑していた。


 「うわー、おさかなさんがいっぱいいる!」

 目を丸くして水槽に釘付けになって見入っている紅葉に、私は目を細めていた。


 「パパー、このおさかなさん、ちくちくがいっぱいだよ。   
 痛そうだね?」
 「これはハリセンボンだよ。
 怒るとね、こんな風になってトゲトゲのボールのようになるんだ。
 でもね、ハリセンボンはそれが周りを傷つけていることに気付かないんだよ」


 光一郎は娘の紅葉に語り掛けるでもなく、水槽のハリセンボンを寂しげに見詰め、そう呟いた。

 「パパ、これは?」
 「これはハコフグだよ、かわいいだろう?
 さかなクンが頭に被っているのがこのお魚なんだよ」
 「ふーん」
 「えっ、さかなクンの帽子ってこれなの?」
 「そうなんだ、この形はね、流体力学的にも大変理想の形なんだよ。
 あのメルセデスのデザインにも応用されているんだ」
 「流石は光一郎、なんでも良く知っているのね?」
 「なんでも知っているということは、時として残酷なことでもあるけどね?」

 光一郎は悲しそうな目をしてそう言った。


 「パパ、このおさかなさんには トゲトゲがないね?」
 「その代わり、毒があるんだ、パリトキシンという毒が体内に蓄積されていてね、食べると死んでしまうこともあるんだ。
 棘のない魚には毒があるんだよ。自分を守るためにね?」
 「そんな難しい説明じゃ紅葉はわからないわよ、まだ幼稚園なんだから」
 「ドクってなあに?」
 「飲んだら死んじゃうんだよ」
 

 光一郎は静かに微笑みながら私に質問をした。

 「遥、君はどっちだい?
 棘か? それとも毒の方?」

 私は背筋が凍るようだった。
 光一郎の憎悪に満ちたそんな瞳を見たことがなかったからだ。

 「君は棘のない残酷な薔薇だよ」




 家に着いた時、冴島からLINEが届いた。


   明日、会えない
   かな? 
   話したいことが
   ある


 メッセージの内容はただそれだけだった。
 私は紅葉を呼んだ。

 「紅葉ーっ、ママとお風呂に入ろうか? 今日はたくさん歩いたからね」
 「はーい!」


 遥と紅葉、そして光一郎との週末はゆっくりと平和に終わろうとしていた。
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