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第1話 夜行列車
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列車は夜の田園地帯を走っていた。
点在する家の灯りと、時折通るクルマのライトが流星のように光っては消えて行った。
人生とは大空に放り投げたオレンジのように、放物線を描きながら加速して落ちて行く。
自分の人生に惜別の情などは浮かばなかった。
私には全力で生き抜いたという自負があったからだ。
後悔はなかった。
ゾウも猫も、死期が迫ると姿を消すというではないか?
そしてそれは仲間に対する配慮だと私は思う。
「歳を取ると時間が早くなる」というがそうではない。
そう感じるのは加齢と共に記憶が衰えてゆくからだ。
だから時間が早いのではなく、短いのだ
人間の脳は都合良く出来た物で、辛い思い出は消去し、楽しかった思い出だけを残そうとする。
私もそんな神の恩恵に浴していた一人だった。
夜の車窓に映る自分に、そんなどうでもいいことを私は心の中で呟いていた。
大宮駅のKIOSKで買ったチョコレートを口に含み、私はバーボンのポケットボトルを飲んだ。
喉が焼け、鼻からバーボンとチョコの甘い香りが抜けてゆく。
行楽シーズンも終わり、北陸の地へ向かう夜の新幹線には乗客も疎らだった。
時折聞こえる中年男性の咳払いと、レールを走る車輪の音だけが車内に浮遊していた。
マナーモードにしていた携帯電話が列車の折畳みテーブルの上で振動を始めた。
店からだった。私が店に出勤して来ないことを心配しているのだろう。
東北の場末の歓楽街で、私はキャバクラなどの飲食店や、風俗店を任されていた。
一時は震災の復興支援のお陰もあり、多少の賑わいを見せたが、今ではすっかり落ち着いていた。
「あんた、店長はんやろ?
なんぼ? なんぼ出せばこの店の女の子とやれるん?」
震災の復興の名の元に、全国から名ばかりのボランティアたちも訪れていた。
彼らの多くは企業や役所から無理やり駆り出された者たちで、殆どが興味本位の連中だった。
ボランティアではなく、彼らは「仕事」として被災地へやって来ていた。
昼間は善良なボランティアとして、だが夜になると会社や役所の経費でタダ酒を飲み、女を抱いた。
「悪いけど領収書には金額は入れないでくれ」
真面目そうな中間管理職は、そう私に願い出る。
そして彼らは口を揃えてこう言うのだ。
「これも復興支援だよな?」
そう言って被災地で浴びるほど酒を飲み、女を貪る。
そうとは知らない地元の被災者たちは自分たちも大変な中、なけなしの手土産を用意し、彼らに持たせた。
「本当に助かりました。ありがとうございます。
大した物ではありませんが、地元の名産です、お持ち下さい」
「いいんですよ、困っている時はお互い様ですから。
気を遣わないで下さい。
また来ますからね? 大変でしょうが頑張って下さい」
そして彼らは帰りの新幹線のゴミ箱に、その善意をまるで汚物のように捨てるのだった。
「こんな放射能に汚染された物なんて食えるかよ」
それがマスコミの報道しない、被災地の真実だった。
今日は給料日前の雨の火曜日、客など知れたものだろう。
こんな日に来る客といえばアニソン好きのロリコン税理士の高山か、リオ狙いの変態警察官、杉山くらいのはずだ。
私は携帯電話の電源を切り、読みかけのサマセットモームを閉じた。
すぐに私は深い眠りの中に落ちて行った。
点在する家の灯りと、時折通るクルマのライトが流星のように光っては消えて行った。
人生とは大空に放り投げたオレンジのように、放物線を描きながら加速して落ちて行く。
自分の人生に惜別の情などは浮かばなかった。
私には全力で生き抜いたという自負があったからだ。
後悔はなかった。
ゾウも猫も、死期が迫ると姿を消すというではないか?
そしてそれは仲間に対する配慮だと私は思う。
「歳を取ると時間が早くなる」というがそうではない。
そう感じるのは加齢と共に記憶が衰えてゆくからだ。
だから時間が早いのではなく、短いのだ
人間の脳は都合良く出来た物で、辛い思い出は消去し、楽しかった思い出だけを残そうとする。
私もそんな神の恩恵に浴していた一人だった。
夜の車窓に映る自分に、そんなどうでもいいことを私は心の中で呟いていた。
大宮駅のKIOSKで買ったチョコレートを口に含み、私はバーボンのポケットボトルを飲んだ。
喉が焼け、鼻からバーボンとチョコの甘い香りが抜けてゆく。
行楽シーズンも終わり、北陸の地へ向かう夜の新幹線には乗客も疎らだった。
時折聞こえる中年男性の咳払いと、レールを走る車輪の音だけが車内に浮遊していた。
マナーモードにしていた携帯電話が列車の折畳みテーブルの上で振動を始めた。
店からだった。私が店に出勤して来ないことを心配しているのだろう。
東北の場末の歓楽街で、私はキャバクラなどの飲食店や、風俗店を任されていた。
一時は震災の復興支援のお陰もあり、多少の賑わいを見せたが、今ではすっかり落ち着いていた。
「あんた、店長はんやろ?
なんぼ? なんぼ出せばこの店の女の子とやれるん?」
震災の復興の名の元に、全国から名ばかりのボランティアたちも訪れていた。
彼らの多くは企業や役所から無理やり駆り出された者たちで、殆どが興味本位の連中だった。
ボランティアではなく、彼らは「仕事」として被災地へやって来ていた。
昼間は善良なボランティアとして、だが夜になると会社や役所の経費でタダ酒を飲み、女を抱いた。
「悪いけど領収書には金額は入れないでくれ」
真面目そうな中間管理職は、そう私に願い出る。
そして彼らは口を揃えてこう言うのだ。
「これも復興支援だよな?」
そう言って被災地で浴びるほど酒を飲み、女を貪る。
そうとは知らない地元の被災者たちは自分たちも大変な中、なけなしの手土産を用意し、彼らに持たせた。
「本当に助かりました。ありがとうございます。
大した物ではありませんが、地元の名産です、お持ち下さい」
「いいんですよ、困っている時はお互い様ですから。
気を遣わないで下さい。
また来ますからね? 大変でしょうが頑張って下さい」
そして彼らは帰りの新幹線のゴミ箱に、その善意をまるで汚物のように捨てるのだった。
「こんな放射能に汚染された物なんて食えるかよ」
それがマスコミの報道しない、被災地の真実だった。
今日は給料日前の雨の火曜日、客など知れたものだろう。
こんな日に来る客といえばアニソン好きのロリコン税理士の高山か、リオ狙いの変態警察官、杉山くらいのはずだ。
私は携帯電話の電源を切り、読みかけのサマセットモームを閉じた。
すぐに私は深い眠りの中に落ちて行った。
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