★【完結】ファム・ファタール(作品240424)

菊池昭仁

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第4話

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 その日は残業で、時間は既に20時を過ぎていた。

 「貝塚さん、残業ですか?」
 「もう終わったよ。森山も残業だったのか?」
 「残業しようと思って待ってました」
 「残業しようと待っていた?」
 「貝塚さんとディナーのをするために会社に残っていました。
 ちょっとだけ、ゴハンに行きません? この前、約束したじゃありませんか?」

 森山は積極的な女の子だった。
 少しとぼけたところも見せるが、それは演技だと分かっていた。
 青山学院を出た才媛で、会社の役員の誰かと縁続きだという噂もある。
 仕事は完璧に卒なくこなす女だった。

 「それじゃあ軽く、一杯だけ行くか? 居酒屋でいいよな?」
 「居酒屋大好きです! 一杯だけじゃなく、10杯でもお付き合いしますよ。居酒屋最高!」

 私と沙都子はそのまま会社を出て、新橋へと向かった。




 私は無難な大手居酒屋チェーンに沙都子を誘った。

 「あー、美味しいー。貝塚さんとこうしてふたりでお酒を飲むのが私の夢だったんです」
 「好きな物を頼め。終電前には帰るぞ。タクシー代が勿体ないからな?」
 「今夜は帰りたくありません! なーんて言ってみたりして。うふっ」

 沙都子はかわいいだとは思うが、綾乃とは比べ物にはならない。
 今の俺は綾乃に夢中だった。

 「森山は結婚する気はないのか?」
 「貝塚さん、それってセクハラですよ」
 「あはははは そうなるのか? やっぱり」
 「そりゃあ結婚はしたいですよ、でも相手がいません」
 「大学時代の彼氏は?」
 「三ヶ月前に別れました」
 「そうか」
 「結婚って楽しいですか?」
 「楽しいよ、それなりにな」

 (楽しい? はたしてそうだろうか?)

 「そうですか。でも貝塚さんって最近、ご家族の姿を感じないんですよねえ」 

 俺はドキリとした。

 (家族の姿が見えない?)

 思えば綾乃と付き合うようになってから、私は家族と疎遠になっていた。
 私はメニューを広げ、沙都子に尋ねた。

 「このホッケの開きとホタテの刺身、食べるか?」
 「どっちも大好きです!」
 
 俺は店員を呼び、注文を伝えた。


 時間はもう23時を過ぎていた。

 「そろそろ帰るぞ。新橋の駅まで送って行くよ」
 「帰りたくない・・・」
 「安いトレンディドラマをやってるんじゃねえ。さあ帰るぞ」

 沙都子は渋々俺に従って店を出た。



 店を出て少し歩くと沙都子が道路にヘタり込んでしまった。

 「もう歩けない。どこかで休みたい・・・」
 「ほらちゃんと立って。今日はいつもより飲んでいないはずだぞ。しっかりしろ」

 俺は沙都子の意図していることはわかってはいたが、敢えて無視した。
 綾乃だけでもいっぱいいっぱいなのに、会社の女の子との不倫は絶対に避けなければならない。

 その時俺の携帯が鳴った。綾乃からだった。
 
 「もしもし。うるさいけど今、外なの? 電話しても大丈夫?」
 「ああ大丈夫だ。今、新橋で会社の子と食事をしてこれから帰るところだ」
 「そう? 新橋のどこ?」
 「JRの駅の近くだ」
 「今からタクシーで迎えに行くからそこで待ってて」
 「会社の子が酔いつぶれてこれからタクシーで家まで送って行くから後で電話するよ」
 「その女とヤルつもり?」
 「まさか」
 「後でチェックするわよ」

 それだけ言うと綾乃は一方的に電話を切ってしまった。

 「貝塚さん、浮気しているんですね?
 いーけないんだあ、いけないんだあ。おーくさんに言ってやろー」
 「ただの飲み屋の営業電話だ。勘違いするな」
 「ウソ! 絶対にウソ! あんなにデレデレした貝塚さん、見たことないもん。
 私を甘く見ないで下さいよ? あははは」
 「それだけ冷静な分析が出来るなら自分で帰れるな?」
 「こんな夜中にレディをひとりで帰すんですか? さっきはタクシーで送るとか言ってましたよねえ?」
 「わかったわかった、タクシーで送ってやるよ、お前の家まで」
 「やったー! 今日は私のところに泊まって行って下さいね?
 そうじゃないと奥さんに言いつけますからね!」

 
 私は新橋でタクシーを拾い、沙都子を家まで送ることにした。
 早く綾乃と会うために。

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