★【完結】ダブルファミリー(作品230717)

菊池昭仁

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第三章

第6話 愛のない家

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 家の玄関を開けると、女房の珠江と子供たちの笑い声がリビングから聞こえた。

 私がリビングに入ると、子供たちは私を避けるようにリビングから出て行き、自室に籠ってしまった。
 それはいつものことだった。

 「ご飯、食べるの?」
 「食べて来たからいい」
 「そう、じゃあ先に寝るわね? 明日、子供たちのお弁当を作らなきゃいけないから」
 「ああ」

 そして珠江も自分の部屋に消えていった。
 娘の華蓮が生まれてからは、俺たちは別々に寝るのが習慣になっていた。
 もちろんカラダを合わせることもない。
 
 一度、俺は性欲を持て余し、珠江を誘ったことがあった。
 すると、珠江は言った。

 「ゴメンなさい、悪いけどそういう気分じゃないの。浮気してもいいわよ、私たちにわからないようにしてくれるならそれで」

 俺はそれ以来、珠江を抱くことはなかった。

 毎日家に帰るのは深夜の2時、3時。休みなく俺は働いた。
 家族にもっといい生活、ラクな暮らしをさせたかった。
 そんな俺に会社の女子社員たちからのアプローチもあったが、俺は相手にしなかった。
 それでも珠江を愛していたからだ。

 だがその女房の一言で、俺の考えは変わった。

 「カネさえ運んでくれば、俺はこの家にいなくてもいい存在なのだ」と。

 まだ30代だった俺は、片っ端から身近な女を口説き始めた。
 まるでゲームでも楽しむかのように。

 当然、会社の女とも関係を持った。
 
 「杉田専務、おいしいご飯に連れて行って下さいよう」とモーションを掛けて来る女もいた。
 そして酔ったフリをして、女は俺にボディータッチを繰り返す。

 「もうヤダー、杉田専務のエッチ~」
 「ホテルに行くか?」
 
 コクリと頷く女。
 面白いように女は俺に付いて来た。

 ホテルに向かうタクシーの中で、お互いをまさぐり、キスをした。
 そしてそのままラブホへ直行するというのがお決まりのルーティーンだった。

 いつの間にか俺は、家に寝に帰るだけの「ATM」になっていた。


 ある日、それを観兼ねた社長の岩倉が俺に言った。

 「専務、お前に女遊びをするなとは言わん。だが、会社の女だけは止めておけ。会社の雰囲気が怪しくなるからな? 社外の女にしておけ」
 「わかりました」

 俺は仕事や家族とのストレスを、女を抱くことで解消しようとしていたのかもしれない。



 
 俺が決済する書類に判を押していると、ドアが4回ノックされた。

 コンコンコンコン

 「田子倉です」
 「入れ」
 「失礼します」

 まるでモニターで俺を監視しているかのように、田子倉はいつも絶妙なタイミングで俺に声を掛けてくれる。

 「社長、少し休憩されてはいかがですか?」
 「何か甘い物はあるか?」
 「コンビニで何か買ってきます。何がいいですか?」
 「プリン。デカいやつな」
 「かしこまりました」

 俺は祥子に千円札を渡した。

 「お前も好きなのを買って来い」
 「ありがとうございます。では遠慮なく」

 祥子が部屋を出て行くと、私は書類から目を離し、千鳥ヶ淵の武道館の屋根を眺めた。
 てっぺんに金色に輝く魔尼宝珠。

 俺は直子や絹世、そして珠江のことを考えていた。



 田子倉が戻ってきた。

 「はい社長、大きいプリンを買って来ましたよ!」
 「おう、本当にデカイな? このプリン?」
 「一番大きいのを買って来ました」

 俺と祥子はプリンを食べ始めた。

 「おいしいですね? このプリン」
 「プリンに不味いプリンなんてねえよ」
 「それはそうですけど、その中でも特に美味しいのってあるじゃないですか?」
 「そうか? 俺のこだわりは量だけだけどな?
 女が食べる、あの小さいプリンでは食った気がしねえよ」
 「女の子は甘い物は好きですけど、太るのはイヤですからね?」
 「どうして太るとイヤなんだ?」
 「それは綺麗でいたいからですよ」
 「なるほど、そして彼氏に「キレイだよ、祥子」とか言われてヤルわけだ?」
 「その言い方、セクハラですよ」

 田子倉はそのまま旨そうにプリンを食べた。
 
 「なあ、どうして日本は一夫多妻を辞めたんだ?」
 「不公平だからじゃないですか? 男性ばかりが優遇されるなんておかしいですよ」
 「じゃあ一妻多夫にすればいいじゃねえか?」
 「日本人の女性では無理でしょうね? 貞操観念が白人女性とは違いますから」
 「フランスのボーボワールとサルトルみたいにはいかねえのかなあ?」
 「社長だけじゃないですか? そんなこと真剣に考えているのって?」
 「俺は女は好きだ。でもそれはカラダだけが目的じゃねえ、平等に女を守ってやりたいんだ。しあわせにしてやりてえんだよ。
 殆どの人間の悩みはカネだ。
 カネがあれば生きて行く悩みは減る。
 だがそれをすればあの下劣な言葉が絶えず付き纏う、それは「不倫」だとな?
 なあ祥子、結婚している男女は、他の異性と付き合っちゃダメなのか?」
 「自分を抱いたその手で、他の女を抱くのはイヤですよ。ましてや他の女を抱いた手で私に触れて欲しくはないですね」
 「この歳になるとな、SEXにはあまり貪欲ではなくなるものだ。カラダはどんどん衰えていくしな?
 だが逆に「この女を守ってやりたい、しあわせにしてやりたい」とは思うんだ。
 しかもそんな悲し気な女を見るとすぐにだ。
 俺は病気なのかもしれねえな? 惚れやすい病」

 すると田子倉はプリンを持ったまま俺の隣にやって来ると、俺の頬に軽くキスをした。
 田子倉の髪が俺の頬に触れ、いい香りがした。

 「そんな社長に私からお薬を処方して差し上げました。プリンを食べながらそんなことを言う社長は病気ですよ。もうこれ以上その病気を他の女性に移さないで下さいね? 私までうつりそうですから。うふっ」

 田子倉が俺の一番の理解者なのかもしれない。

 俺たちは社長室から見える千鳥ヶ淵を眺めながら、再びプリンを食べ始めた。
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