★【完結】ダブルファミリー(作品230717)

菊池昭仁

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第四章

第4話 妻の存在

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 吉田たちは予想通り、TOBの記者会見を開いた。


 「わたくしたち、『キャピタル・インヴェストメント』は本日、『イワスギホーム』さんに対してTOBを行うことといたします。買入金額は1株1,700円をご提示させていただきます」
 「吉田代表。今なぜあなたたち外資のファンドが『イワスギホーム』なんですか? その根拠をお聞かせ下さい?」
 「単純なことですよ。勿体ないからです。
 今の経営陣を刷新することで、『イワスギホーム』は少なくとも今の10倍の利益が見込めると我々は判断しました。高性能住宅の技術と優れたデザイン、そして価格。
 折角の商品価値を有効に活用していない。
 これは社長の杉田氏を始め、経営陣の怠慢に他なりません。
 私たちには独自に開発をした『営業支援システム・ファニックス』があります。
 これにより、『イワスギホーム』は飛躍的に業績を伸ばすことになるでしょう」
 「吉田さんは以前、横領、背任の疑いで『イワスギホーム』を追われたとか? それは真実ですか?」
 「そのような事実はございません。
 仮にそのような事実があるとすれば、私は今頃刑務所の中です」
 「以上で記者会見を終了いたします」



 役員会議室で吉田の記者会見を見ていた役員たちは動揺していた。

 「乗っ取りだ。我々も終わりだな?」
 「何でもっと早く気付けなかったんだ!」
 「社長! どのようにお考えですか?」

 役員たちは騒然とした。


 「しょうがねえだろう? ウチを買いたいって言うんだから。
 俺たちは無能な経営陣らしいからな? あはははは」
 「吉田のやつ、社長の恩を仇で返しおって!
 社長! 笑い事ではありませんぞ!
 メインバンクと幹事証券会社と対抗策を考えるべきです!」
 「そう慌てるな。慌てる乞食は何とかって言うじゃねえか? 戦にはそれ相応の準備が必要だ」
 「準備も何も、すでにTOBを仕掛けられているんですよ」
 「だから?」
 「だからって社長・・・」
 「株主は1,700円で売ると思うか?」
 「・・・」
 「俺なら売らねえな?
 お前らはこの『イワスギホーム』にそれしか価値がないと思っているのか?」
 「まずはもっと株価を吊り上げさせることだ。
 話はそれからだ。
 その前にお前らの覚悟が知りたい。
 村山、配れ」

 総務部長の村山は役員ひとり一人に書類を配った。


 「見ての通り、それは誓約書だ。
 俺と一緒に運命を共にする覚悟があるか? それとも吉田に付くか?
 俺に命を預ける奴だけサインしろ」

 すると全役員は誓約書にスラスラとサインをした。

 「村山君、ナイフはないのかね? これには血判が必要だろう?」
 「あはははは、みんな、ありがとう。
 気持ちだけ貰っておくよ。
 これからが決戦だ。みんなの力を貸して欲しい」

 俺は役員全員に向かって頭を下げた。


 「社長! 会社を守りましょう!」
 「そうだ! ハイエナやハゲタカに食われてたまるか!」
 「社長! どこまでも付いて行きます!」

 私は役員から寄せられた誓約書を手に取ると、それをふたつに破り捨てた。

 「おおっ!」
 「お前らの気持ちはよくわかった。よろしく頼む。散会」

 村山は泣いていた。




 深夜、家に帰ると女房の珠江がまだ起きていた。

 「おかえりなさい。大変なことになったわね? 大丈夫なの?」
 「ああ、別にどうってことはないよ。
 会社がデカくなると色んなことも起きて来るものだ」
 「カラダ、大丈夫なの?」
 「おかげさまでな? 医者には時々チェックしてもらっているよ」
 「ごめんなさいね、何も力になれなくて」
 「心配するな。お前たちの生活は俺が守る。
 これでもこの家族の主だからな?」
 「華蓮も信吾もあなたのことは好きなのよ。でもあなたは変わってしまった。
 それは私のせいだということも分かっているわ。
 でもね、私たちにはあなたが必要なの。
 あなたが外でどんな女を抱こうと。
 華蓮を産んでから、私はあなたを受け入れられなくなった。
 だからそれは仕方がないと思っている。
 あなたは男だから。
 私にそれを咎める資格はないわ。
 でも愛しているの。ずっと。
 何を失ってもいい。あなたが健康でいてさえくれれば。
 いざとなればみんなで働けばご飯くらい食べていけるもの。
 だから無理だけはしないでね?」

 意外だった。
 珠江がそんな風に想ってくれていたなんて。

 「若い頃は好きだの嫌いだのって浮かれていたが、結婚すれば現実が見えてくる。
 子供が生まれれば、育てていかなければならない。
 そしていつの間にか「お父さん」と「お母さん」になってしまう。
 それは仕方のないことだ。
 やがて子供たちはこの家を出て行く。
 そして俺たちは夫と妻に戻る。
 俺がどんな生き方をしようと、お前と別れて再婚する気はないし、外に俺の子供もいないし作る気もない。
 後にも先にも、女房はお前だけだ。
 それがイヤなら仕方がないけどな?」
 「ズルいひと。でも、いつでも私を頼ってね?」
 「その時はな。風呂に入ってくる」
 「何か食べる?」
 「大丈夫だ、明日も早いんだろう? 心配しなくてもいいから早く寝ろ」
 


 俺が寝床に就くと、珠江が俺の布団に入って来た。

 「不安で眠れないの」
 「そうか」
 「どうして今まで、こんな風に出来なかったのかしら? あなたに甘えることが出来なかった」
 「これから甘えればいい」
 「何不自由のない生活に慣れていたのかもしれないわね? あなたのお陰だということも忘れて」
 「それが旦那の役目だ。
 そして俺がここまでこれたのも、珠江、お前のおかげだ」
 
 珠江が唇を重ねて来た。

 それは長い間忘れていた、妻のキスの味だった。

 その夜、俺は妻という女を抱いた。
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