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第四章
第4話 妻の存在
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吉田たちは予想通り、TOBの記者会見を開いた。
「わたくしたち、『キャピタル・インヴェストメント』は本日、『イワスギホーム』さんに対してTOBを行うことといたします。買入金額は1株1,700円をご提示させていただきます」
「吉田代表。今なぜあなたたち外資のファンドが『イワスギホーム』なんですか? その根拠をお聞かせ下さい?」
「単純なことですよ。勿体ないからです。
今の経営陣を刷新することで、『イワスギホーム』は少なくとも今の10倍の利益が見込めると我々は判断しました。高性能住宅の技術と優れたデザイン、そして価格。
折角の商品価値を有効に活用していない。
これは社長の杉田氏を始め、経営陣の怠慢に他なりません。
私たちには独自に開発をした『営業支援システム・ファニックス』があります。
これにより、『イワスギホーム』は飛躍的に業績を伸ばすことになるでしょう」
「吉田さんは以前、横領、背任の疑いで『イワスギホーム』を追われたとか? それは真実ですか?」
「そのような事実はございません。
仮にそのような事実があるとすれば、私は今頃刑務所の中です」
「以上で記者会見を終了いたします」
役員会議室で吉田の記者会見を見ていた役員たちは動揺していた。
「乗っ取りだ。我々も終わりだな?」
「何でもっと早く気付けなかったんだ!」
「社長! どのようにお考えですか?」
役員たちは騒然とした。
「しょうがねえだろう? ウチを買いたいって言うんだから。
俺たちは無能な経営陣らしいからな? あはははは」
「吉田のやつ、社長の恩を仇で返しおって!
社長! 笑い事ではありませんぞ!
メインバンクと幹事証券会社と対抗策を考えるべきです!」
「そう慌てるな。慌てる乞食は何とかって言うじゃねえか? 戦にはそれ相応の準備が必要だ」
「準備も何も、すでにTOBを仕掛けられているんですよ」
「だから?」
「だからって社長・・・」
「株主は1,700円で売ると思うか?」
「・・・」
「俺なら売らねえな?
お前らはこの『イワスギホーム』にそれしか価値がないと思っているのか?」
「まずはもっと株価を吊り上げさせることだ。
話はそれからだ。
その前にお前らの覚悟が知りたい。
村山、配れ」
総務部長の村山は役員ひとり一人に書類を配った。
「見ての通り、それは誓約書だ。
俺と一緒に運命を共にする覚悟があるか? それとも吉田に付くか?
俺に命を預ける奴だけサインしろ」
すると全役員は誓約書にスラスラとサインをした。
「村山君、ナイフはないのかね? これには血判が必要だろう?」
「あはははは、みんな、ありがとう。
気持ちだけ貰っておくよ。
これからが決戦だ。みんなの力を貸して欲しい」
俺は役員全員に向かって頭を下げた。
「社長! 会社を守りましょう!」
「そうだ! ハイエナやハゲタカに食われてたまるか!」
「社長! どこまでも付いて行きます!」
私は役員から寄せられた誓約書を手に取ると、それをふたつに破り捨てた。
「おおっ!」
「お前らの気持ちはよくわかった。よろしく頼む。散会」
村山は泣いていた。
深夜、家に帰ると女房の珠江がまだ起きていた。
「おかえりなさい。大変なことになったわね? 大丈夫なの?」
「ああ、別にどうってことはないよ。
会社がデカくなると色んなことも起きて来るものだ」
「カラダ、大丈夫なの?」
「おかげさまでな? 医者には時々チェックしてもらっているよ」
「ごめんなさいね、何も力になれなくて」
「心配するな。お前たちの生活は俺が守る。
これでもこの家族の主だからな?」
「華蓮も信吾もあなたのことは好きなのよ。でもあなたは変わってしまった。
それは私のせいだということも分かっているわ。
でもね、私たちにはあなたが必要なの。
あなたが外でどんな女を抱こうと。
華蓮を産んでから、私はあなたを受け入れられなくなった。
だからそれは仕方がないと思っている。
あなたは男だから。
私にそれを咎める資格はないわ。
でも愛しているの。ずっと。
何を失ってもいい。あなたが健康でいてさえくれれば。
いざとなればみんなで働けばご飯くらい食べていけるもの。
だから無理だけはしないでね?」
意外だった。
珠江がそんな風に想ってくれていたなんて。
「若い頃は好きだの嫌いだのって浮かれていたが、結婚すれば現実が見えてくる。
子供が生まれれば、育てていかなければならない。
そしていつの間にか「お父さん」と「お母さん」になってしまう。
それは仕方のないことだ。
やがて子供たちはこの家を出て行く。
そして俺たちは夫と妻に戻る。
俺がどんな生き方をしようと、お前と別れて再婚する気はないし、外に俺の子供もいないし作る気もない。
後にも先にも、女房はお前だけだ。
それがイヤなら仕方がないけどな?」
「ズルいひと。でも、いつでも私を頼ってね?」
「その時はな。風呂に入ってくる」
「何か食べる?」
「大丈夫だ、明日も早いんだろう? 心配しなくてもいいから早く寝ろ」
俺が寝床に就くと、珠江が俺の布団に入って来た。
「不安で眠れないの」
「そうか」
「どうして今まで、こんな風に出来なかったのかしら? あなたに甘えることが出来なかった」
「これから甘えればいい」
「何不自由のない生活に慣れていたのかもしれないわね? あなたのお陰だということも忘れて」
「それが旦那の役目だ。
そして俺がここまでこれたのも、珠江、お前のおかげだ」
珠江が唇を重ねて来た。
それは長い間忘れていた、妻のキスの味だった。
その夜、俺は妻という女を抱いた。
「わたくしたち、『キャピタル・インヴェストメント』は本日、『イワスギホーム』さんに対してTOBを行うことといたします。買入金額は1株1,700円をご提示させていただきます」
「吉田代表。今なぜあなたたち外資のファンドが『イワスギホーム』なんですか? その根拠をお聞かせ下さい?」
「単純なことですよ。勿体ないからです。
今の経営陣を刷新することで、『イワスギホーム』は少なくとも今の10倍の利益が見込めると我々は判断しました。高性能住宅の技術と優れたデザイン、そして価格。
折角の商品価値を有効に活用していない。
これは社長の杉田氏を始め、経営陣の怠慢に他なりません。
私たちには独自に開発をした『営業支援システム・ファニックス』があります。
これにより、『イワスギホーム』は飛躍的に業績を伸ばすことになるでしょう」
「吉田さんは以前、横領、背任の疑いで『イワスギホーム』を追われたとか? それは真実ですか?」
「そのような事実はございません。
仮にそのような事実があるとすれば、私は今頃刑務所の中です」
「以上で記者会見を終了いたします」
役員会議室で吉田の記者会見を見ていた役員たちは動揺していた。
「乗っ取りだ。我々も終わりだな?」
「何でもっと早く気付けなかったんだ!」
「社長! どのようにお考えですか?」
役員たちは騒然とした。
「しょうがねえだろう? ウチを買いたいって言うんだから。
俺たちは無能な経営陣らしいからな? あはははは」
「吉田のやつ、社長の恩を仇で返しおって!
社長! 笑い事ではありませんぞ!
メインバンクと幹事証券会社と対抗策を考えるべきです!」
「そう慌てるな。慌てる乞食は何とかって言うじゃねえか? 戦にはそれ相応の準備が必要だ」
「準備も何も、すでにTOBを仕掛けられているんですよ」
「だから?」
「だからって社長・・・」
「株主は1,700円で売ると思うか?」
「・・・」
「俺なら売らねえな?
お前らはこの『イワスギホーム』にそれしか価値がないと思っているのか?」
「まずはもっと株価を吊り上げさせることだ。
話はそれからだ。
その前にお前らの覚悟が知りたい。
村山、配れ」
総務部長の村山は役員ひとり一人に書類を配った。
「見ての通り、それは誓約書だ。
俺と一緒に運命を共にする覚悟があるか? それとも吉田に付くか?
俺に命を預ける奴だけサインしろ」
すると全役員は誓約書にスラスラとサインをした。
「村山君、ナイフはないのかね? これには血判が必要だろう?」
「あはははは、みんな、ありがとう。
気持ちだけ貰っておくよ。
これからが決戦だ。みんなの力を貸して欲しい」
俺は役員全員に向かって頭を下げた。
「社長! 会社を守りましょう!」
「そうだ! ハイエナやハゲタカに食われてたまるか!」
「社長! どこまでも付いて行きます!」
私は役員から寄せられた誓約書を手に取ると、それをふたつに破り捨てた。
「おおっ!」
「お前らの気持ちはよくわかった。よろしく頼む。散会」
村山は泣いていた。
深夜、家に帰ると女房の珠江がまだ起きていた。
「おかえりなさい。大変なことになったわね? 大丈夫なの?」
「ああ、別にどうってことはないよ。
会社がデカくなると色んなことも起きて来るものだ」
「カラダ、大丈夫なの?」
「おかげさまでな? 医者には時々チェックしてもらっているよ」
「ごめんなさいね、何も力になれなくて」
「心配するな。お前たちの生活は俺が守る。
これでもこの家族の主だからな?」
「華蓮も信吾もあなたのことは好きなのよ。でもあなたは変わってしまった。
それは私のせいだということも分かっているわ。
でもね、私たちにはあなたが必要なの。
あなたが外でどんな女を抱こうと。
華蓮を産んでから、私はあなたを受け入れられなくなった。
だからそれは仕方がないと思っている。
あなたは男だから。
私にそれを咎める資格はないわ。
でも愛しているの。ずっと。
何を失ってもいい。あなたが健康でいてさえくれれば。
いざとなればみんなで働けばご飯くらい食べていけるもの。
だから無理だけはしないでね?」
意外だった。
珠江がそんな風に想ってくれていたなんて。
「若い頃は好きだの嫌いだのって浮かれていたが、結婚すれば現実が見えてくる。
子供が生まれれば、育てていかなければならない。
そしていつの間にか「お父さん」と「お母さん」になってしまう。
それは仕方のないことだ。
やがて子供たちはこの家を出て行く。
そして俺たちは夫と妻に戻る。
俺がどんな生き方をしようと、お前と別れて再婚する気はないし、外に俺の子供もいないし作る気もない。
後にも先にも、女房はお前だけだ。
それがイヤなら仕方がないけどな?」
「ズルいひと。でも、いつでも私を頼ってね?」
「その時はな。風呂に入ってくる」
「何か食べる?」
「大丈夫だ、明日も早いんだろう? 心配しなくてもいいから早く寝ろ」
俺が寝床に就くと、珠江が俺の布団に入って来た。
「不安で眠れないの」
「そうか」
「どうして今まで、こんな風に出来なかったのかしら? あなたに甘えることが出来なかった」
「これから甘えればいい」
「何不自由のない生活に慣れていたのかもしれないわね? あなたのお陰だということも忘れて」
「それが旦那の役目だ。
そして俺がここまでこれたのも、珠江、お前のおかげだ」
珠江が唇を重ねて来た。
それは長い間忘れていた、妻のキスの味だった。
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