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第1話 雨の月曜日
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夜の帳が降りた新橋。古いイタリア映画のような小雨が降っていた。
傘を差すまでの雨ではない。
ペイブメントの水溜まりを避けながら、ミッシェルはいつもの酒場、『シリウス』へと辿り着いた。
ミッシェル吉岡、35歳。ミッシェルはフランス人の父親と、日本人の母親との間に生まれたハーフだった。
美しい金髪と、鼻筋の通った端正な顔立ち。
店の重いマホガニーのドアを開けると、店にはポール・ディスモンドが流れていた。
カウンターが8席だけの小さなカクテルバー。
『シリウス』はロンドンのソーホー地区の裏道にあるような、そんな店だった。
ミッシェルはいつもの席に静かに座った。
マスターは何も言わず、ミッシェルの前にジンライムと、櫛型にカットしたライムの皿を置いた。
「雨が降って来ましたか? 天気予報は当たらないものです」
雨に濡れたミッシェルを一瞥し、マスターは言った。
「そうですね? 外は冷たい雨が降っています」
「雪に変わりますかねえ?」
「おそらく・・・」
ミッシェルは両切りのキャメルに火を点け、溜息混じりに静かにタバコの煙を吐いた。
「いいですね? 雨の日のデスモンドは」
「好きなんですよ、雨の夜にはデスモンドが良く似合います」
ミッシェルはグラスの氷が程良く溶けたのを見計らい、いつものように「追いライム」をした。
添えられたライムを絞ると、ミッシェルはそのままグラスの中へ絞ったライムを落した。
辺りに広がるライムの鮮烈な香り。
ミッシェルは自分にこびり付いた硝煙の匂いと、殺した相手の死臭をこのライムの香りで消そうとした。
これが仕事を終えた後に行う御清めの儀式だった。
今日の仕事の依頼主は自殺した女子高校生の父親だった。
「もしもし、娘が自殺してしまいました。
アイツのせいなんです! どうか矢部を、担任の矢部を殺して下さい!
お願いします!」
「では明日、これから申し上げる口座に報酬の半額、500万円を送金して下さい。
入金が確認出来ましたら仕事に着手します。
そして完了後、残りの500万円を振込んでいただきます。
ゆえに報酬金額は1,000万円になりますがよろしいですか?」
「わかりました。お金は明日、必ずお振込みします」
雨の日の月曜日にだけアップされるミッシェルの殺人依頼サイトには、いつも数件の依頼が届く。
依頼主は様々だった。
ミッシェルが依頼を断ることはない。
どのみち人は死を迎える。それが早いか遅いかの違いだけだからだ。
人から怨みを買う、それだけでその人間は生きている価値のない人間だ。
大野秀美、17歳。
地元の県立高校に通う高校生だった。
いつも明るくクラスの人気者だった彼女はバレー部に所属し、インターハイに向けて練習に励んでいたという。
「秀美、よくがんばっているな? いよいよ来月か? インターハイの予選は?」
「はい矢部先生、高校生活最後の試合ですからね? がんばらなくっちゃ!」
タオルで汗を拭う秀美。
「これから帰るんだろう? 家まで送ってってやるよ、俺も今、帰るところだから」
「助かります、今日の練習は特に厳しかったのでもうヘトヘトです。
すみません先生、それじゃあお言葉に甘えちゃいますね!」
矢部は秀美をクルマに乗せ、学校を出て行った。
「先生、どこかに寄って行くんですか? 家とは反対の方向ですけど?」
「いいんだよ、こっちで」
矢部は河川敷にクルマを停めると、いきなり助手席の秀美に襲い掛かった。
「イヤっ、先生止めて!」
「先生はな? お前がずっと前から好きだったんだ! 愛しているんだよ、大野!」
「止めて下さい! 先生止めて!」
秀美の抵抗も虚しく、矢部は想いを遂げた。
泣きじゃくる秀美に矢部は言った。
「このことは誰にも言うな、わかったな?
もしもバラしたらこのお前の恥ずかしい動画をネットに晒すからな?」
それから2日後、彼女は自宅マンションの9階から飛び降り自殺をした。
遺書には矢部との事が克明に書かれていたが、教育委員会も学校もそれを黙殺した。
結局、警察も何も出来ず、思春期にありがちな精神疾患による発作的な自殺と断定された。
その後、矢部は山沿いのヤンキー校に移動になった。
その夜、矢部は気分を紛らわせるために居酒屋で安い酒を飲み、風俗で性欲を満たすとJRの駅に向かって人気のない線路下の暗い路地を歩いていた。
「俺のせいじゃない、俺のせいじゃないんだ・・・。勝手に死んだアイツがバカなんだ・・・」
その時、後ろから声を掛けられた。
ミッシェルだった。
「そうですよ、あなたは何も悪くない。人間の本能に従ったまでです。獣の本能に」
「なんだお前は!」
「ただのバイオリン弾きですよ矢部先生。それでは少し早いですが、その薄汚い人生、ご苦労様でした」
ピシュ ピシュ
ミッシェルはサイレンサーを装着したワルサーPPKの引き金を2回弾いた。
矢部の額と心臓に各々正確に1発ずつ。
そして最後に股間にもう1発。
ピシュ
即死だった。
みるみる赤い血が路上に広がっていった。
依頼を完了したミッシェルは駅前広場でバイオリンを弾いた。
メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲。
ミッシェルのアクアマリーンのような美しい瞳から、一筋の涙が流れていた。
人々は足を止め、彼の奏でる美しいバイオリンの音色に魅了されていた。
傘を差すまでの雨ではない。
ペイブメントの水溜まりを避けながら、ミッシェルはいつもの酒場、『シリウス』へと辿り着いた。
ミッシェル吉岡、35歳。ミッシェルはフランス人の父親と、日本人の母親との間に生まれたハーフだった。
美しい金髪と、鼻筋の通った端正な顔立ち。
店の重いマホガニーのドアを開けると、店にはポール・ディスモンドが流れていた。
カウンターが8席だけの小さなカクテルバー。
『シリウス』はロンドンのソーホー地区の裏道にあるような、そんな店だった。
ミッシェルはいつもの席に静かに座った。
マスターは何も言わず、ミッシェルの前にジンライムと、櫛型にカットしたライムの皿を置いた。
「雨が降って来ましたか? 天気予報は当たらないものです」
雨に濡れたミッシェルを一瞥し、マスターは言った。
「そうですね? 外は冷たい雨が降っています」
「雪に変わりますかねえ?」
「おそらく・・・」
ミッシェルは両切りのキャメルに火を点け、溜息混じりに静かにタバコの煙を吐いた。
「いいですね? 雨の日のデスモンドは」
「好きなんですよ、雨の夜にはデスモンドが良く似合います」
ミッシェルはグラスの氷が程良く溶けたのを見計らい、いつものように「追いライム」をした。
添えられたライムを絞ると、ミッシェルはそのままグラスの中へ絞ったライムを落した。
辺りに広がるライムの鮮烈な香り。
ミッシェルは自分にこびり付いた硝煙の匂いと、殺した相手の死臭をこのライムの香りで消そうとした。
これが仕事を終えた後に行う御清めの儀式だった。
今日の仕事の依頼主は自殺した女子高校生の父親だった。
「もしもし、娘が自殺してしまいました。
アイツのせいなんです! どうか矢部を、担任の矢部を殺して下さい!
お願いします!」
「では明日、これから申し上げる口座に報酬の半額、500万円を送金して下さい。
入金が確認出来ましたら仕事に着手します。
そして完了後、残りの500万円を振込んでいただきます。
ゆえに報酬金額は1,000万円になりますがよろしいですか?」
「わかりました。お金は明日、必ずお振込みします」
雨の日の月曜日にだけアップされるミッシェルの殺人依頼サイトには、いつも数件の依頼が届く。
依頼主は様々だった。
ミッシェルが依頼を断ることはない。
どのみち人は死を迎える。それが早いか遅いかの違いだけだからだ。
人から怨みを買う、それだけでその人間は生きている価値のない人間だ。
大野秀美、17歳。
地元の県立高校に通う高校生だった。
いつも明るくクラスの人気者だった彼女はバレー部に所属し、インターハイに向けて練習に励んでいたという。
「秀美、よくがんばっているな? いよいよ来月か? インターハイの予選は?」
「はい矢部先生、高校生活最後の試合ですからね? がんばらなくっちゃ!」
タオルで汗を拭う秀美。
「これから帰るんだろう? 家まで送ってってやるよ、俺も今、帰るところだから」
「助かります、今日の練習は特に厳しかったのでもうヘトヘトです。
すみません先生、それじゃあお言葉に甘えちゃいますね!」
矢部は秀美をクルマに乗せ、学校を出て行った。
「先生、どこかに寄って行くんですか? 家とは反対の方向ですけど?」
「いいんだよ、こっちで」
矢部は河川敷にクルマを停めると、いきなり助手席の秀美に襲い掛かった。
「イヤっ、先生止めて!」
「先生はな? お前がずっと前から好きだったんだ! 愛しているんだよ、大野!」
「止めて下さい! 先生止めて!」
秀美の抵抗も虚しく、矢部は想いを遂げた。
泣きじゃくる秀美に矢部は言った。
「このことは誰にも言うな、わかったな?
もしもバラしたらこのお前の恥ずかしい動画をネットに晒すからな?」
それから2日後、彼女は自宅マンションの9階から飛び降り自殺をした。
遺書には矢部との事が克明に書かれていたが、教育委員会も学校もそれを黙殺した。
結局、警察も何も出来ず、思春期にありがちな精神疾患による発作的な自殺と断定された。
その後、矢部は山沿いのヤンキー校に移動になった。
その夜、矢部は気分を紛らわせるために居酒屋で安い酒を飲み、風俗で性欲を満たすとJRの駅に向かって人気のない線路下の暗い路地を歩いていた。
「俺のせいじゃない、俺のせいじゃないんだ・・・。勝手に死んだアイツがバカなんだ・・・」
その時、後ろから声を掛けられた。
ミッシェルだった。
「そうですよ、あなたは何も悪くない。人間の本能に従ったまでです。獣の本能に」
「なんだお前は!」
「ただのバイオリン弾きですよ矢部先生。それでは少し早いですが、その薄汚い人生、ご苦労様でした」
ピシュ ピシュ
ミッシェルはサイレンサーを装着したワルサーPPKの引き金を2回弾いた。
矢部の額と心臓に各々正確に1発ずつ。
そして最後に股間にもう1発。
ピシュ
即死だった。
みるみる赤い血が路上に広がっていった。
依頼を完了したミッシェルは駅前広場でバイオリンを弾いた。
メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲。
ミッシェルのアクアマリーンのような美しい瞳から、一筋の涙が流れていた。
人々は足を止め、彼の奏でる美しいバイオリンの音色に魅了されていた。
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