★【完結】乗客のいない観覧車(作品230607)

菊池昭仁

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最終話 永遠の契り

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 西園寺は戒厳令本部をNHKに置いた。
 続々と各方面隊から精鋭部隊が集結し、皇宮師団が編成された。

 そんな戒厳令下の中、ひとりの美しい女性が毅然とした足取りで、颯爽とNHKにやって来た。
 汐音だった。


 「ミッシェル・吉岡の妻です。主人に取り次いでいただけません?」

 と、汐音は小首を傾げて微笑んだ。

 「誰もお通しするなと厳命されております。どうぞお帰り下さい」
 「仕方がありませんねー、ではこういたしましょうか?」

 汐音はエルメスのバーキンから手榴弾を取り出すと、グリップを握ったまま、ピンを抜いた。

 「みなさんもわたくしと一緒に、ここで犬死します?」

 だが、それに怯む者は誰もいなかった。
 すると、そこの責任士官の堀川一尉が汐音に言った。

 「別に構いませんよ。我々の命など、自衛官になった時から国家に捧げていますから。
 ピンを戻して少しお待ち下さい。今、確認して参りますので。
 もしそれで駄目でしたら、どうぞご自由に」
 「恐れ入ります」

 汐音は手榴弾にピンを戻した。
 堀川一尉は無線で本隊へ連絡を取った。
 
 「ミッシェル様の奥様がこちらにお見えです。お通ししても構いませんでしょうか?」
 「丁重にご案内しろ」
 「はい、了解いたしました」

 堀川は汐音に向き直り、

 「ではこれからご案内いたします。
 その前に、そのオモチャの手榴弾をお預かりいたします」
 「あら、ご存知でしたの? このグラナダがオモチャだと?」
 「本物は仕事でよく使いますからね? さあ、どうぞこちらへ」

 
 
 クーデターは不思議なほど順調に遂行されていた。

 「首領、合衆国大統領よりお電話です」
 「回線を開け。そして全世界にこの模様を放映せよ。
 同時通訳をここへ」
 「はっ!」


 全世界へ向けて、西園寺とアメリカ大統領の公開討論が生中継された。

 
 「ミスター西園寺、私は合衆国大統領として後悔しているよ。
 レッド・スフィンクスについては国務長官のロビンソンから抹殺するよう進言されていたのだが、私はそれを先送りにしてしまった。
 ノース・コーリアの方が忙しくてね? つい疎かにしてしまったんだ。非礼をお詫びするよ、ミスター西園寺。
 もっと早くに叩き潰しておくべきだった」
 「私はツイていたわけですね? おかげで周到に天皇制を復活させることができました。
 礼を言いますよ、ミスター・プレジデント」
 「アメリカは世界のポリスマンとしての使命がある。君の返答次第では、ヒロシマ・ナガサキの二の舞になるが、覚悟はいいかね?」
 「ミスター・プレジデント、寝言は寝てから言うものですよ。
 今のアメリカに、世界の警察官としてのチカラなど、果たしてあるのでしょうか?」
 「口を慎みたまえ、イエロー・デビル君。
 どうもジャップは昔から立場もわきまえず、言葉遣いも知らないようだ」
 「我が国の潜水艦『うずしお』が今、ニューヨーク沖で私からの命令を待っています。
 核弾頭を搭載したミサイルを携えてね」
 「そんなブラフにアメリカは屈しないよ。日本人は本当に神風が好きだね?
 おかげでアラブの人間までがジハード(聖戦)などと真似をし、爆弾自爆テロなどを思いつく。
 迷惑な話だよ、大切な命をそういう兵器に変えるなんて。
 相変わらず、教育されていないね? これだから困るよ、未開のサルは。
 我々は「誇り高きアメリカ人」なのだから」
 「埃だらけの骨董品的アメリカ人の間違いではありませんか? プレジデント。
 もう、あなたたちの時代は終わったんです。我々はアジアを統一し、アメリカの支配から脱却します。
 我々大和民族の方が、はるかにあなたたちユダヤ人よりも優れているのです。
 ユダヤ人の末裔が日本人だという説もありますが、そんなヘロデ王のような欲望の権化ではなく、我々日本人は気高い志のためになら、死をも厭わない民族だということをお忘れなく。
 「一億玉砕」は、日本人の「金科玉条」なのです。
 もう我々はあなたたちアメリカの犬ではない」
 「どうやら交渉決裂のようですな? ではさらばだ、西園寺」
 
 中継が終わり、そこへ汐音が現れた。


 「ミッシェル、奥さんがお見えのようだよ。
 いつ、君たち結婚したんだい?
 お祝いもしなくてすまなかったね?」

 ミッシェルは静かに言った。

 「ここは君のようなピアニストの来る場所ではないよ」
 「だから来たのよ、ピアニストとしてみなさんを癒すために」

 西園寺が言った。

 「それはいい、レクイエムをお願いしようじゃないか? 君の細君に」
 「喜んで演奏しますわ! ミッシェル、デュエットしましょう! あなたのバイオリンとわたくしのピアノで最高のレクイエムを」
 「君とレクイエムを?」
 「そうよ、NHKホールで。あそこなら慣れているでしょう?」
 「ミッシェル、僕からもお願いするよ」

 汐音は私の手を引いた。
 
 「さあ、私たちのコンサートの始まりよ」




 汐音とミッシェルはNHKホールへ移動した。
 汐音は持って来た白いウエディングドレスに着替えると、ゆっくりとピアノの前に進み、ピアノに触れた。
 だが汐音はモーツァルトの『レクイエム』ではなく、グノーの『アベ・マリア』の弾き語りを始めた。
 それにミッシェルのバイオリンが後を追い、ミッシェルと汐音のデュエットが始まった。

 儚くも美しく、そしてそれは聖なる音楽だった。
 ミッシェルのバイオリンが汐音の歌と、ピアノと交わり、離れ、そしてまた絡み合いながら昇天して行った。
 NHKホールを切り裂く、ミッシェルのバイオリンが奏でるハイトーン。
 戒厳令下の日本で、人々はその美しい旋律に魅了された。


 演奏が終わり、汐音が私に頷き、椅子から立ち上がった。
 私はバイオリンをグランドピアノの上に静かに置くと、左胸からワルサーを抜いた。

 パン パーン

 NHKホールに2発の乾いた銃声が響いた。
 汐音の心臓が見事に撃ち抜かれ、汐音の白いドレスがみるみる赤く血で染まった。

 私は汐音を抱き寄せ、銃口を自分のこめかみに当てると、ためらうことなく引き金を弾いた。

 パーン

 手を握り合い、折り重なる汐音とミッシェル。
 ふたりの愛が永遠となった瞬間だった。

 西園寺は呟いた。

 「この国が神の国になったのを見届けたら、僕も後から行くよ。君たちの元へ。
 美しい、なんて君たちは美しいんだ。羨ましいほどに輝いている」

 西園寺はふたりの亡骸にそっと手を置いた。



 「大統領、準備完了いたしました」
 「あんな小さな島国など、もはや何の価値もない。
 郵政民営化でカネも入ったし、例の日本古来からの金塊も、我が国の物となるのだからな? 黄金の国、ジパング。所詮はShallow Cunning(サル知恵)だよ、国防長官。
 日本人は未だに損得では動かぬ猿軍団らしい。
 この世で一番大切な物、それがカネであることを、まだジャップは学んではおらんようだ。
 50年後、日本もハワイのようなリゾート地にしようじゃないか?
 観光客をたくさん集め、アングロサクソンのための高級別荘地としてね?
 そのためにも横浜、京都、神戸だけは残さないといけないな?
 それでは攻撃目標、札幌、仙台、東京、大阪、博多に向け、同時にICBMの発射を命じる。
 さらばだジャップ! ファイヤー!(発射)」

 大統領は戦後初めて、また日本に原子爆弾を放った。
 躊躇うことなく。




 「西園寺首領! アメリカから核ミサイル攻撃です!
 迎撃システムを作動させます!」
 「無駄だよ、司令長官。あんなオモチャ、役には立たない。
 『うずしお』艦長に伝えよ、ワシントンのホワイトハウスを核攻撃せよと」
 「ホワイトハウスに核トマホーク、発射します! 発射ーっつ!
 発射しましたあ!」

 西園寺は盃を用意させた。

 「さあみんな、乾杯しようじゃないか! 我々はついにアメリカに勝利したのだ! 非業の死を遂げた英霊に、民間人に乾杯!」
 「乾杯‼︎」


                       『乗客のいない観覧車』完
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