★【完結】冬の線香花火(作品230620)

菊池昭仁

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第9話 親友

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 航海当直を終えた鈴木がラウンジで待っていてくれた。

 「どうでした華絵さん? 天の川は?」
 「感動しました! おとぎ話だけの世界だと思っていました。
 本当にあるんですね? 天の川って」
 「陸上では標高2,000m級の山に登らないと、中々見ることが出来ませんからね?
 海で働く者たちの特権ですよ。
 堂免はもっと美しい、世界中の海と空を知っているはずです」
 「北米航路では、たまにオーロラも見えるからな?」
 「オーロラの話、よくしてくれたもんね?」
 「オーロラかあ、俺も見てみたいなあ」
 「家に簡単に帰ることの出来ない、国際航路の船乗りへの褒美だよ」
 「飛行機のパイロットとは違うからな? 俺たち船乗りは。
 華絵さん、船乗りはね? 3回、船乗りを辞めることを考えるんですよ」
 「3回? 船乗りを辞めることを考えるんですか?」
 「そうです。まず1度目は結婚した時。
 奥さんと一緒にいたいからです。
 そして2回目は子供が生まれた時。
 そして最後は子供が自分の後を追うようになった時です。
 「パパー! 行っちゃいやだあー」とか言われると、もう駄目。余程の強い精神力のある奴じゃないと船乗りを続けることは出来ない。 
 私たちの同級生も、未だに船乗りをしているのは堂免と私、あとは5人くらいです。
 堂免は意志が強い。
 華絵さんみたいな美しい奥さんがいたら、私ならすぐに船から足を洗いますけどね? あはははは」
 「私が素敵な奥さんじゃないから続けているのかもしれませんよ」
 
 その言葉には華絵の複雑な想いが込められていた。
 船乗りの私を理解しようとする自分と、一緒にいることが出来ない寂しい自分。
 私も船を降りることを考えないわけではなかった。
 日本を長く離れていると、色んなことを考える。
 だが、国際航路の大型船のキャプテンになるのは私の子供の頃からの夢だった。
 私は結婚などするべきではなかったのかもしれない。
 華絵が病気になってしまった今、私はそんな自分を責めた。

 「俺はバカだからな」
 「おまえは意志が強いんだよ。俺は1カ月程度の乗船だし、国内航路だからやっていられる。
 お前のように国際航路の航海士だったら、とっくに辞めていたよ。
 家族と離れて生活するのは辛いからな?」
 「俺たちには子供もいないし、華絵には寂しい想いをさせたよ」
 「そんなことないわ。気楽なものよ、「亭主元気で留守がいい」って言うでしょう? うふっ」

 華絵はしんみりとした雰囲気を笑いで変えようとした。
 
 「小樽、楽しんで来いよ。
 旨い鮨屋があるから行ってみるといい」

 鈴木はその鮨屋の簡単な道順と電話番号を書いたメモを渡してくれた。

 「小樽で休暇なら案内してやれたんだが、すまんな?」
 「俺たちの2度目の新婚旅行をお前に邪魔されちゃ困るよ」
 「そりゃそうだ。あはははは
 じゃあ、早朝4時からワッチだから行くよ。
 明日は忙しいから見送れないが、いい2度目の新婚旅行になるといいな?」
 「ありがとう、鈴木」
 「ありがとうございます」
 「じゃあまたな? 
 今度はふたりでウチにも遊びに来て下さいね」

 そう言って鈴木は自分のキャビンに戻って行った。

 「売店でアイスでも買うか?」
 「うん、いいわね」


 売店で北海道の名物だというカップアイスを買い、私たちは部屋に戻った。
 
 「鈴木さんってとてもいい人ね?」
 「ああ、親友だからな? 海の男だよ、鈴木は」
 「ヒロと似てる気がする。思い遣りでいっぱいな人」
 「俺はやさしくなんかないよ、わがままなガキだ」
 「私は好きよ、夢を追う永遠の少年って」
 「もうオッサンだよ」
 「じゃあ、私もオバサンだ」
 「ハナは永遠の美女だよ」
 「ありがとう」

 華絵はうれしそうに微笑み、アイスを食べた。

 「おいしいね? このアイス」
 「北海道のアイスだからな?」
 「そうかもね」

 こうしてふたりでアイスを食べていることに、これ以上の幸福が他にあるだろうか?
 私はこの時間がずっと続けばいいと願った。



 私たちは風呂に入り、一緒に寝た。

 「新婚初夜だね?」
 「大丈夫なのか?」
 「大丈夫だよ、あんまり激しくしないでね、久しぶりだから」
 「それではよろしくお願いします」
 「どうぞ召し上がれ」

 私はやさしく華絵を抱いた。

 (どうか華絵の病気に奇跡が起きますように)

 と、祈りを込めて。


 鈴木には華絵のことは予め電話で話しておいた。

 「そうか、大変なことになったな?」
 「華絵がこんなことになるなんて、考えもしなかったよ」
 「俺には何も出来ないが、船旅はまかせておけ、出来るだけのことはさせてもらうよ」
 「世話になるよ鈴木、ありがとう」
 「堂免、いい思い出を作れよ」
 「ああ、そうだな。
 俺は後悔しているんだ、なんで結婚した時に船を降りなかったのかと」
 「それは結果論だ。堂免、自分を責めるな」
 「そうでなければ俺は華絵と結婚するべきじゃなかったんだ」
 「そうじゃない、お前は悪くない。
 死ぬのは華絵さんだけじゃない、それは俺もお前も同じだ」
 「だったら、俺が先だと良かったよ」
 「そうなれば今度は華絵さんが悲しむ。堂免、最後まで希望を捨てるな。俺たちは船乗りじゃないか!
 最後まで諦めるな!」
 「なんで華絵なんだよ!」
 「堂免・・・」
 「すまん、つい・・・」
 「新潟で待ってるからな? 気を付けて来いよ」

 鈴木は忙しい中、出来る限りのもてなしをしてくれた。



 早朝、船は小樽港に定刻通りに接岸した。
 小樽は雪が降っており、気温はマイナス10℃を越えていた。

 北海道に来るといつも思う。どうしてこんなに寂しいのかと。
 北海道の港街にはロシア語の落書きと、広さゆえの荒涼感がある。

 私の頭の中で、石川さゆりが歌う、『津軽海峡・冬景色』が鳴っていた。
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