箸で地球はすくえない

ねこよう

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オウムの話 3章

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 私と田所は、少しの友人期間をすごしてから、男と女として付き合い始めた。
 
 自分ではかなり面食いなほうだと思っていた私は、今まで関係を持った男とは
まるで違う彼を見て、なぜこうなっちゃったんだろうと不思議に思う事もあった。
 でも、田所と付き合うのは楽しかった。
 純粋な彼の反応は、計算ばかりしている私にはものすごく新鮮だったし、彼が
私を一生懸命に愛してくれているのが伝わってきて、とても幸せだった。

 彼の母親に挨拶し、私の両親に挨拶するために彼が実家を訪れ、とんとん拍子とは
こういう事を言うのだなと思うくらいに結婚へと進んでいった。
 式は、どうでも良かった。ウェディングドレスも結婚式場の打ち合わせも、
詐欺行為の中で何度も味わっている。
 私は若かったけど、再再婚するぐらいの冷めた目で結婚の段取りを踏んでいった。
 
 
 私は、かけ慣れた番号に電話した。
 「はい。アドバイザーです」
 「私、オウムです。あの・・・私、おうディションを脱退しようと思うんです」
 「そうですか。」
 「ごめんなさい。どこに連絡していいのか分からなくてここにかけたんですけど」
 「ここで大丈夫です」
 「だから、その、手続きみたいなもの?どうすればいいのかなぁと思って」
 「そうですね。脱退というのは基本的にありませんので、活動休止という形を
  取らせて頂きます」
 「え?でも、私もう戻るつもりないんですけど」
 「それでも大丈夫です。もう何年も活動休止している方もいらっしゃいますし」
 「そう?じゃあ、それでお願いします。」
 「かしこまりました。では、オウムは活動休止という形で」
 「すみませんね。あなたにも、いろいろとお世話になって。
  こんな場で言う事じゃないかもしれないけど、ありがとうね」
 「いえ。仕事ですので」
 アドバイザーの彼女の声は、全く感情が揺れる事も無く、いつも通りの
淡々とした口調だった。
 
 結婚して二年後に、私は妊娠した。旦那となった田所はとても喜んでくれた。
そして、翌年の5月にびっくりするぐらい痛い思いをして、元気な男の子を
出産した。
 名前は、優音。と書いて、ゆね。という名前にした。田所が考えた名前だ。
 順調だった。全てが。
 この時までは。


 優音が一歳になるくらいの頃から、田所は仕事の後で人と食事をするという事が
増えてきた。浮気という感じは全くしなくて、でも夜遅くに帰って来た時に、
田所の目が爛々と高揚しているのが分かった。
 少し詳しく聞き出すと、ある会社の社長が税金対策とボランティア事業の一環
として、障害児たちが、軽作業が出来て生活もできるような住居兼店舗の運営を計画
している。その事業の責任者を、以前NPOで自給自足をやった経験のある田所に
任せたいのだという。
 もちろん、設立の費用は全てその社長が負担して、田所には今の給与の1.5倍
くらいの給与が出る。今の日本の恵まれない子供達を一人でも多く救うために、
あなたの力が必要なんです。とその社長に言われているらしい。
 なんか匂う。怪しい。
 でも、田所はやる気満々という雰囲気だ。もちろん私は「おうディション」や
「プラン」をやっていただとかは全部黙っていたから、下手な事は言えない。
 でもどうしても疑念が消えない。
 私はその社長の見た目の容姿や雰囲気を聞いた。が、それだけではやっぱり
わからない。
 田所に、その社長の姿をスマホのカメラで撮ってきてもらうよう頼んだ。
 
 三日後、また田所の帰りは遅かった。
 強い酒の匂いをさせた田所に写真を撮ったかと聞くと、写真をお願いすると、
まだ正式に表に出る話でないので、とその社長がとても嫌がったという事を
ダラダラと喋り出した。
 
 「でおさ、えーと、社長にはナイショで、こっそり、撮ってきましたヨ!」
 
 私はスマホを借りてスライドした。よほど急いで撮影したんだろう、その画像は
ぶれて斜線が入っていたが、なんとか社長の姿かたちを見れた。
 メガネをかけて誠実そうな男。これは――
 記憶が蘇る。私のおうディションでの初仕事。
 妹を演じたあの家に、少し地味な女を連れてきたあのメガネ男。
 たしか・・・・トンボ。と呼ばれていた。
 
 
 スーツの人が行き交うオフィス街の中で、違和感なく歩いている
トンボを見つけた。
 追いかけて背中から声をかけた。
 振り向いたトンボは、Gパンでベビーカーを押している私を見て、
へっと鼻で笑った。
 近くのコーヒーショップに入り、今のターゲットが私の旦那だ。だから今回は
手を引いてくれないかと簡潔に伝えた。
 「オウムの旦那って事は、知ってるよ。」
 「分かってるなら早く手を引いて・・」と言うのを遮るように
 「だからターゲットにした」とトンボの声が響いた。
 「なんでなの? 全部私にバレているんだから、うまくいく可能性はほとんど
  無いじゃない。下手したら捕まるよ。どうしてそんなことするの?」
 トンボはコーヒーを一口してから
 「勝算があるからやってる」と冷たく言い捨てた。
 勝算って、世間に馬鹿な金持ちはたくさんいる。なのになぜそこまでして
私の旦那をハメようとするのか分からない。
 そう訴えると、トンボは私に刺すような目線を送り、こう言った。
 
 「オウム。お前、こっちの世界を抜け出して、あっちの世界で平和に幸せに
  なろうとしてるんだろう? 俺はそれが許せないんだ。そんな、さんざん
  ろくでもない事やって人をだまくらかしといて、バイト辞めますみたいな感じで
  足抜けか?
  いいか? 一度こっちで甘い汁吸った人間は、もうあっちの世界には
  戻れないんだよ。ざまあみろ。」
 
 と嫌な笑いを口元に残すと、飲みかけのコーヒーもそのままに、
立ち上がり出て行ってしまった。
 
 残された私は、茫然と立ち尽くすしかなかった。
 
 
 さあどうしようか。
 とりあえず、田所に、その社長が言う事は絶対に怪しいと思う。だからあの人の
言う通りにしないでほしい。と話してみたが、なぜ怪しいと思うのかという部分を
うまく説明できない。
 私は社長にまだ会ってないし、あまり話すと私の過去もバレる。
 なので、そんなの気にしすぎだ。俺だってそんなに簡単に騙されるほど
馬鹿じゃないよ。まあ一応気をつけるけど。という感じだった。
 これはマズイ。
 トンボの術中だ。私はかけ慣れた番号に電話して、冷静な声の女性に、
今の状況を簡潔に説明した。
 
 「申し訳ありませんが、おうディション内の同業者の対立に関しましては、
  不介入という規則になっております。」
 
 彼女の声はいつもと同じだった。だけど、ほんの少しだけど、電話の奥の
女性の顔がゆらいだような気がした。
 

 どうすればいいのか、私は優音の世話をしながら、うつうつと考えた。
 でも、あの人も、私と可愛い息子との生活を破綻させるような決断はしない
だろう。いざとなったら真剣になって話せば私のいう事を聞いてくれるだろう。
そう考えていた。
 
 今となって分かる。私は甘かったんだと。
 ある日、夜遅くに帰ってきた田所は、優音の隣でウトウトしていた私の肩を
揺さぶって、ちょっと話がしたいんだけど。と言ってきた。
 その顔は、むすっとして唇を真一文字に結び、何かあったなと誰でもわかる
ような顔だった。
 リビングのテーブルに座ると、彼は肩掛けバッグから何枚かの書類を出して
きた。
 その書類には、
 「○月×日 山本義男から80万円 結婚詐欺」
 「△月■日 加山紘一郎から150万円 新規事業詐欺」
 「☆月〇日 外池凛子から120万円 投資詐欺」と、私が今までやった
プランが活字で記してあった。

 「社長がさ、この事業やるにあたって、僕の身辺を調べさせたんだって。そこで、
  一応奥さんの過去も調べさせてもらったら、こんなのが出てきました。
  ご存じでしたか?って聞かれたよ。」

 田所の目を見た。隠しきれない憤怒の色が見て取れる。
 私はその目線から逃れるように、書類をめくった。
 最後の何枚かは、ご丁寧にターゲットと一緒に写った私の写真だった。
 やられた。完全に。
 
 そこからは、私がどんなに説明しても、彼は聞き入れてくれなかった。
 もう完全に私への不信の目になってしまったようだ。
 毎日の会話は無くなり、家じゅうに重い空気が流れた。
 彼は用事がなくても毎日寄り道して遅くに帰るようになり、土日になると
いつも朝から外に出てしまった。
 
 彼が、自分が書いた離婚届を持って、私の目の前に置いたのは、
その日から半年が経った頃だった。
 

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