箸で地球はすくえない

ねこよう

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ヒツジの話 3章

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 車を止め、サイドブレーキを引いてから、後ろの荷台の段ボール箱から
弁当の入ったビニール袋を一つ取り出して車の外に出た。
 
   俺は、高齢者に向けた弁当の配食サービスの配達員だ。
 前に勤めていた配送会社が潰れて、五〇と六〇の間、もう六〇の方が近い年齢の
俺を雇う会社なんかほとんど無かった。
 予想していたよりかなり長い職探しの期間をえて、今の配食サービスの配達員に
やっとこさ入る事ができた。
 いろいろな家に弁当を配っているが、お客はほとんど独り暮らしのお年寄りだ。
 働いてみると、独り暮らしのお年寄りというのは考えていたよりも街にたくさん
いるんだなという事を知った。
  そして、独りで暮らすお年寄りのうち、女の婆さんの所には、友達の婆さんが
遊びに来ていたり、娘や息子や孫が遊びに来ているのに出くわすこともある。
  けど独り暮らしの男のジジイの家ではそういう訪問者が来ていることが全くない。
 そりゃあニコニコした婆さんならともかく、ムスッとした爺さんの家には
血が繋がっていようと遊びに行きたくはないだろう。
 もう両親はとっくに死んでるが、もし俺が息子だとしても、
親父が一人で住んでいる家に遊びに行こうとは思わない。
   お互いが文句ばかり言い合ってお終いになってしまうだろうから。
 
   
   インターフォンを押して、会社名を伝えると、カチャリとドアが開いた。
 「こんにちは。お待たせしました。相良配食サービスで~す」
 ドアの中の人物は、それには答えずにボソッと喋る。
 「柴犬か。入れ。」
 あーやっぱりか。そう思いながら、「おおよ」って答えて入る。
 「これどうぞ」
 ビニールを差し出すと、相手は受け取って中を確認して
「いつも済まねえな。」とニヤリと笑う。
 
  「――今度の一緒の仕事、お前の分の割り前をちょっと乗せるからよ」
 ああ頼むよ。
 そう答えながら、玄関の奥に続く廊下をチラと覗いてみると、やっぱりだ。
 昨日来た時にあったゴキブリの死骸がまだそのままあった。
 

   ‘‘天河星彦‘‘という、今目の前にいる老人の所に初めて弁当を届けた日から、
なぜか俺は「柴犬」と呼ばれた。
  話を聞く限りでは、仕事をやる仲間らしいのだが、なぜ田中とか井上とかの名前で
なくて「柴犬」なんてあだ名で呼ぶのだろうか。
  あと「こないだの仕事は見事なやり口だったな」「いくら稼いだ?」
とか聞かれるが、なんの仕事だったのだろうか。
 同じ配食ドライバーの仲間に聞いてみると、でっぷりと太った体格の同僚は
「かわうそ」と呼ばれているらしい。
 「かわうそは汚れ仕事で大変だよな。」
 「アレは、服に付いたらなかなか落ちないからな」
  配達に行くたびになぜか同情されるみたいで、やっぱり天河さんが何の仕事だった
かは分からないそうだ。
 
 
  柴犬が、弁当を持ってきてくれていた。
 ヤツと会うのは、でかい企業の契約していた倉庫から、まだ出荷前の
ノートパソコンを二百台盗んで外国人のグループに売り飛ばした時以来だ。
 アイツは今どこで何をしているんだろう。
  オレンジの制服みたいなものを着ていたけど、またどっかの会社に潜り込んで、
金目になる話を嗅ぎ取っているんだろうか。
 金になりそうな情報に鼻が利くから、「柴犬」って呼ばれてた。
   コソコソあちこちを嗅ぎまわってばかりいたから、正直俺はあんまりアイツのこと
好きじゃないんだけど、弁当は貰っておこう。
 腹も減ってたしな。

 
   今日も、私は天河さんのヘルパーに来た。
 
   こないだは雨だったけど、今日は気持ちいい青空だ。
 こういう日は、一日やる事の全てがなんだかうまくいくんじゃないか。
なんて淡い期待を感じながらの朝一発目の訪問が天河さんの家で、
インターフォンをいつもより気持ち力を入れて押したが、全く反応は無かった。
 家の窓に人の動く気配があるかと目を向けたが、どうやら誰もいないっぽい。
 どうしようか思案したが、とりあえず指示を仰ごうと、私はスマホで事務所に連絡を一本入れた。
 
  「あそう。いないの?」
 
  所長さんの、あまり困ってなさそうな声を聞いて
 「コレ、どうしますか? 時間までここにいた方がいいですか?」
 たぶん時間いっぱいまで待機かなと呑気に思っていたら、
 「天河さんって独り暮らしなのよね? じゃあ、外に出ちゃって帰り道忘れて
    道に迷っちゃってるパターンなのかもね~。田中さん、悪いんだけどさ、
  その辺の近所、探してみてくれる?」
  「ハ? 探すんですか?」
 自分でもびっくりするくらい高い声の「ハ」だった。
  「だってさ、もし事故とか何かあったら、その時間のヘルパーは何していたって
     話になるかもしれないでしょう? だから、もしもの為に探してましたって
     事実が必要なのよ。分かる?」
 「はあ・・・」
 
   スマホを切って、再び自転車にまたがり、近所の「スーパーみかみ」に向けて
走り出した。
 自転車の上で、淡々と背後に過ぎていく周りの景色の中に、
天河さんらしき男性がいないか確認していく。
  スーパーみかみにいなかったら、次はどうすれば良いのだろう? 
 交番に行くべきか、他の場所をまた探すべきかまた事務所に連絡をするべきか・・・
 
 
 私は、三日前に事務所であった、天河さんのケアマネージャーの大川さんと
所長との会話を思い出した。
 
 「天河さん、もう厳しいかもしれないですね~。」
 「やっぱそう?」
    所長さんの返答は、なぜかいつもドライに聞こえる。
 「はいぃ。掃除やお金の管理も出来てないし、記憶力もどんどん悪くなってる
  ような気がします。このままだと、いつ何があってもおかしくないって
  言うか・・・」
 ‘‘何か‘‘とは、自宅で火事を起こしたり、家を出てそのまま行方不明になったり、
なんらかの理由で命を落とす可能性がある。という事だ。
 信号機の青か赤かが分からない人が歩いてるようなものなのだから。
 「やっぱり在宅でヘルパーだけじゃフォローしきれないよねぇ。
  どっか、施設とかグループホームとかに空きってあるの」
 「今探してますよ。」
  まだ三〇代だけどちょっと老けて見える大川さんは、切れ者がやるみたいに
眼鏡の真ん中をシュッと押しあげながら答えた。
 「そういえばあの人、お金ってあったっけ?」
 肉親がいない認知症の人は、持っている貯金額によって対応の幅も変わってくる。
 現金も財産も不動産も無い人は、生活保護として施設にかかる費用を行政が出してくれる。
 もちろん、生活維持の最低限の金額だが。
 「貯金は、ほとんどもう無いですね~。
     あ、でも、あの人時々変なこと言いませんか?
   ねえ田中さん」
 突然、大川さんが所長の隣に座っていた私に話を振ってきた。
 私は書いていた活動日誌の手を止め、ちょっとドキドキしながら
 「ああ、アレですか。隠し口座があるだとかなんだとかって・・・」
 「そうです。その隠し口座。海外の口座に隠してあるんだぜ。って言って。」
 「なんか・・・円に替えると四億くらいは溜まってるはずだ。
  でも仲間にバレちゃまずいから秘密にしているんだ。とか話してましたね。」
 「そうです。それで、私も内緒でいろいろとあの家の引き出しとか調べてみたん
  ですけど、そんな海外の銀行っぽい書類は一枚も無かったんですよ。」
 「じゃあ、よくある妄想か~・・・」
 所長は椅子の背もたれに思いっきり体重をかけてギギっと鳴らしながら
天井を眺めた。
 田中さんも、家に行った時にまた何か見た事無い書類とかあったら
教えてください。
 そう言って大川さんは事務所を出て行った。
 はいぃ、と答えながら、頭の中では、大川さんが今は離婚していてフリーみたいだ
とか、でも十近い上の女なんか興味ないわよねとか、そんな事を考えていた。
 
 
 ――やっぱり天河さんは見つからなかった。
 
 私は所長にもう一度連絡して、合流した所長と警察に電話したりして、
ケアマネの大川さんも呼び出して、一緒になって皆で探した。
 警察のパトカーが、町はずれの、昔は喫茶店だったがもう廃れた建物の前で
ボーっと突っ立っている天河さんを見つけたのは、翌日の早朝だった。
 
 「何もしてないんです。ここで、ただちょっと仕事の仲間と待ち合わせ
  しているだけなんですよ」
 
   天河さんはそう言うと逃げるように走り出したので、確保するのに大変でした。
と若い警察官は苦笑いしながら教えてくれた。
 

 天河さんを家まで送り届けた帰り道を歩きながら、所長は隣にいた大川さんに
 「施設に入る件、よろしくお願いしますね」と念を押した。
 
 ここからは、ケアマネと役所が相談して、天河さんが
 ‘‘日常の生活を安全に送れない人‘‘
となり、法的な手続きをとって、どこかの老人ホームやらグループホームに入所と
なるはずだ。
 「自身できちんと決定が出来ない人」と判断されたら、弁護士や司法書士が
「成年後見人」となり、お金の管理をする。
  家などの不動産も処分されて、処分費用などを差し引いた分が
天河さんの預金残高に入る。
 
 どうなっていったとしても、たぶん、私はもう天河さんとは二度と会えない
だろう。
 こういうものなのだろうか。人が生きるという事は。
 ひとりぼっちの人間は、最後は行き場を失って一人寂しくなってしまうもの
なのだろうか。
 
 前を歩きながら所長と今後の事について話している大川さんのメガネの横顔を
見ながら、今度二人っきりで話す時が出来たら、一度一緒にご飯でも食べませんか?
って絶対に言おう。

 静かにそう決心した。 



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