【完結】ダンジョンマスターは魔王の夢を見る〜ダンジョンマスターが最強のダンジョンを作るまで〜

及川ゴン之助

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第四章 神聖神域障壁

第36話 花

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 俺は立った。玉座から立った。
 機は熟した。

 玉座の間から少し離れたところにある、植物園。
 通称悪魔の庭デーモンズガーデン

 そこにいる、ガブリエルの元へ向かうために立ったのだ。

 片手にはを。さあ、勝負は大詰めだ。

 少し早歩きで歩いていたら、そこにはすぐに着く。
 今までなんの疑問も無く玉座の間を居住空間として使ってきたが、もう少しでここも戦場になるし新しく居住空間を作った方が良さそうだ。そんなふうに考えていたら、もう着いた。

「ガブリエル」
「はい、なんでしょうか。ご主人様?」

 庭に生えている雑草に水をあげていたガブリエルが振り向いた。
 軍帽に、執事の服。そして胸元には十字架のネックレス。

 相変わらず妙な格好だ。

「仮契約では、相手の信用を損ねるようなことをした時。まあ、例えばその人物が契約している相手によって死に追いやられそうな場合、平等な立場ではないと判断され、本契約が成る。間違いないな?」
「ええ」

 この程度の改変は一種の言葉のあやとして認められるらしい。
 確か元々ガブリエルが言っていた文言は、『平等の立場という互いの信用を崩す行為が発覚した時、本契約は成される』と言った感じだったと俺は記憶している。

「じゃあそれを踏まえて、問わせてもらおう」
「もちろん」

 まずこの対騎士戦、ガブリエルがいなければ勝てない。彼女が力を貸してくれるというのならそれまでだが、俺の勘がその甘い見通しを否定してくる。

「ファースト。お前は今、俺のダンジョンに侵入してきている騎士たちの排除に全力を尽くしてくれるか?」

 まずは愚問から入ろう。シンプルな愚直さは時には必要だ。
 決めつけは良くない。
 そして案の定、その質問にガブリエルは冷笑した。

「私の望みはご主人様の苦難を見ること。それの最期が破滅であっても私は構わないです。私の願望を私で叶えられなくするというのは、妙な話でしょう?」
「その通りだな」

 どんな犠牲があったとしても、俺は自分が『魔王』になるという願いを諦めることはしないし、その願いが自分の手で閉ざされるなどもってのほかだ。
 それは理解できる。

 切る手札カードは間違えないようにしよう。

「――お前は友人に手紙を出した。モンテテールの牢獄主塔最上階、だったか。だが残念ながら、俺はそこへ手紙を出していない」

 ガブリエルが少し不思議そうな顔をした。

「そもそも伝書バードは俺の命令しか聞かない」
「そういえば、そんなことも」
「そして召喚スポーンさせた伝書バードは、俺が命令する前にお前の言葉を聞いてモンテテールへ向かった」
「ええ」
「だが、違う。あのハトには前もって俺が命令を出していた。手紙を受け取ったら、俺の部屋に来いと。お前からしたら唐突に出現したように見えたかもしれないが、手紙を書いている間にそれぐらいをする時間はあった」

 嘘だ。
 手紙はモンテテールへ行った。そして、確実に敵へ、騎士の手元へ届いた。
 確かに、牢獄なら巡回する騎士はいるだろうし、突如現れた手紙に警戒をして色々調査する可能性も高いだろう。
 考えられている。

「で、その手紙がどうしたというのでしょうか。ああ、それで謝りに?」
「違う。お前の手紙は友人への手紙と、偽装されていた。俺の部屋で色々と検証したからな」
「ふむ。しかし、内容を忘れてしまいまして。その場にある、というのならば私の書いた手紙の内容をお教え頂けますか?」

 俺は白紙の手紙を開く。

「お久しぶりです。お元気でしょうか、と始まり、早く出る鍵はサミエムハーマにある、と書かれているな」
「ええ、そう書きました」

 俺が覚えている手紙の内容はここまで。
 いや、直接見た手紙の内容、と言うべきか。

「これに、火を当てる。そうすると、俺のダンジョンについて詳しく書かれている内容が現れる。まあ、第三層のついては書かれていないが……」

 眉が少し動いた。おそらく俺の言葉をカマかけと思っていたのだろう。
 だが、俺はダンジョンのことなら全て分かる。例えば、騎士がダンジョンで手紙を見たとする。それを、俺はひっそりと覗き見ることも可能なのだ。

「私はそのようなことを書いた記憶はございませんが……」
「さすがにそれは白々しい。まずは俺が一本先取、ということでどうだ?」

 ガブリエルはゆっくりと息を吐き出した。

 ――勝ったか?

「確かに。私は確かに、手紙へここの内情を細かく記しました。そしてそれを、敵である騎士に届くよう送り届けた。いえ、送り届けようとした。しかし、それの何がいけないことなのでしょう?」
「……どういう意味だ」
「私が仮契約へ望んだことは、ご主人様の。ならば、その苦難が早く訪れるよう工作をすることは契約への違反になるのでしょうか?いえ、ならないと結論が出ているから私はその行動を起こしたのです。そして、現に私の行動について自白しても、仮契約は不正を発覚したとみなしていない」
「待て、仮契約は不正が発覚した場合問答無用、自動で本契約になるのか?」
「ええ。なので意外なところで本契約が成されてしまうデーモンも少なくないです」

 うーん、なるほど。つまりガブリエルの口八丁ではなく仮契約が手紙については決め手に欠ける、と。
 ……いや、今の話もガブリエルの口八丁か?
 ただ、本契約は成っていない。この事実だけを今は受け止めておこう。

 少し場所を変えるために、動く。ここからすぐ近くにベンチがあったはずだ。
 そして歩いてベンチへ向かう俺に、ガブリエルも追従する。

 切り札の一枚だった。俺の予想に反して大幅なスカしをくらったが、それでも少ない切り札。
 ここで慢心しなくて本当に良かった。

 木でできた、三人ぐらい座れるベンチへ腰掛ける。
 ガブリエルも、隣に座ってきた。

「――知っていたな。ダンジョンがいつか騎士に目をつけられることを」
「ええ。なので、必要以上の工作はしなかった。その手紙以外、私はクリーンです」
「どーだか……」

 手札は少ない。手札と言えるのかも分からない。小さなヒントを繋ぎ合わせ、自分勝手な解を導き出しているだけだ。
 ……よし。

「ガブリエルは、俺のことをどう思っている」

 そう言うと、少し難しい顔をした。

「……不思議な方だなとは思っております」
「ふぅん。俺は会ったことがないんだが、魔王ってのは見たことがあるか?」
「いいえ」

 悪魔の庭デーモンズガーデンを見る。
 そこは基本的に雑草だが、一部に纏まって花が生えていた。チューリップ……いや、チューリップもどきだ。

「花、ね」

 花を話題に出すと、ガブリエルはふんわりと笑った。
 目を逸らす。

「花は好きです。己を着飾ることを一番にしているようで、最も生に貪欲。ただ、ゆっくりと枯れていくのは美しくない」

 ガブリエルについて俺はよく知らない。
 自分を徹底して出さない。だから、花が好きというのも初めて知った。てっきり気まぐれかなんかで育てているか、実は毒持ちか。そんな風に思っていたからだ。

 だが、確信していることが一つある。ガブリエルは刹那的な、力強い生命の鼓動が好きなのだろう。
 刹那主義者。そういうヤツだ。

「俺は死んでも、魔王になる夢は決して諦めない。だから、ここで負けるわけにはいかない」

 立ち上がって、ガブリエルの前に立つ。

「お前の力が必要だ。俺は、お前を楽しませる道化ピエロには物足りないか?」

 まだ、ここじゃない。俺はここでは死ねない。

 だが、差し出した手は弾かれた。

「あなたはとても愉快な人です。ただ、そのために私の人生を捧げるわけにはいかない」

 本契約は、主従関係。
 もし本契約が成立したなら、俺がガブリエルに死ねと命令すればガブリエルはそれをするしかない。
 そういうものだ。

「――魔王になる」

 俺の夢を口に出した。幼い時からの、夢。

「そのためにを喰らう覚悟はある」

 そう言うと、一瞬ポカンとした後にガブリエルは笑った。
 かなり笑った。

「ふふ、なるほど。私が毒ですか。面白いです」
「間違ってないだろ」
「ええ、全くその通りで」

 もう一度、しっかりと目を見て。
 逃がさない。

「俺がここで死んだら、そこで俺のストーリーは終了だ。だが、俺は確信している。この困難を退けた後、またさらに強大な敵とぶつかり、殺し合うと。それはこれ以上の苦難、困難、試練。お前がそれを易々と逃していいのか?」

 ガブリエルが目をスッと細めた。そして、俺を舐めまわすように見てくる。
 雰囲気が、さらに重たく、ズッシリと俺の背中を押しつぶす。

 ガブリエルが首を振った。

「……いいでしょう。ただ、条件があります。この仮契約での勝負は一旦引き伸ばしにいたしましょう。まだ、そこまであなたを認めていない。ですが、今回の、この戦い。あなたに、私の全てを委ねます」
「……意外だ」
「そうでしょうか?」

 少し直接的じゃない表現だが、この戦いでは俺を全力で助けてくれると、そう言っているらしい。
 ガブリエルの言ってることは、例えるなら一日限りの本契約。

 ベンチに深く腰掛けて、どこか諦めたように笑うガブリエル。

 毒、と言ったのがそんなにユーモアに溢れていたのだろうか。
 そして、仮契約とは別の契約が成ったのを感じる。

「仮契約みたいな粋な演出は無いんだな」
「まあ、そういうものでしょう」

 花を摘み取ってそれを見つめていたガブリエルは、ふと俺を見て、釘を刺すためかこう言った。

「これは私の生意気ですが、妙な命令はしないでくださいね?」
「心掛けよう」

 ただ、一つ。知りたいものがある。これは命令でもなんでもなく、ただの質問。
 口を開く。

「ガブリエル。お前の、真の名を教えてくれ」

 そう言ったら、ガブリエルはまた笑い出した。
 どんな笑いかと言うと、俺を若干バカにしているような笑いだ。笑いすぎて少し引き笑いも入っている。

「ひ、はは。本当に面白いですね」
「何がだ」
「いえ、私のトラップに見事にハマるだなんて。感激です」

 ――トラップ?

 俺はすぐにガブリエルから距離をとった。契約は成ったはずだ。
 何に嵌められた?
 今の契約は、なんだ?

「ああ、いえ。そんな警戒しないでください。私は最初に言いました。私が十字架持っているのは表裏一体、デーモンが聖職者格好をするわけが無いという先入観で騙していると」
「ああ」
「つまり、ですね。私は思ったんですよ。あなたは最初から警戒心が強そうだった。私に本名を明かさなかった。なので当然、私も偽名を使うと。そう思い込んでいる風でした」

 ああ、ああ、あー。
 頭に手を当てる。参ったな、その通りだ。

「じゃあ、お前の名前は」
「ええ。ガブリエル、です。だったり、表裏一体だったり。最初からヒントを与え過ぎましたかねえ」
「契約の経験が豊富だとそんな面白も考えつくわけだ」

 俺は最近伸びてきた髪をいじると、少し不機嫌そうなガブリエルの声が聞こえた。

「言っておきますが、私は顕現するという意味なら初めての契約ですよ?」

 自分の力の一部を分け与えたり、知恵を貸したりをするのはやったことがありますが、とも。

「で、私も尋ねたいことがあります。……あなたの、名前です」
「悪用するなよ」
「さあ、どうだか」

 まあ、できないんですけどね。ガブリエルはヒッソリとそう言った。
 その言葉を聞いて、俺は頭に手を当てる。今まで何を神経質にやっていたんだろうか。いや、ガブリエルが躊躇いなく真名を明かしたところで若干の違和感は感じていたが。
 だがまあ、それならば迷うことは無い。

「――東寺。久野東寺だ。名字が久野。名前が東寺。魔王になる男だ」
「とーじ、トージ……トージ様ですか」

 ガブリエルはふわりと笑った。花のように、美しい笑みだった。

「よろしくお願いいたしますね、トージ様。まず、敵対者の殲滅ですか?」
「イエス」

 玉座の間で迎え撃つ。
 俺がそっちへ歩き出すと、ガブリエルが肩をトントンと叩いてきた。

「先程、妙な命令はしないでくださいねと言いましたが……」

 振り向く。
 そして次の瞬間、頭をギュッと手で掴まれ、目の前にはガブリエルの顔。
 唇に違和感。

 なんだ、これ?

「なーんちゃって。あれ、もしかして初めてでしたか?」

 少し離れて、照れた顔のガブリエルがいる。

 指で唇に触れた。

 ……ああ、そうか。これ、いわゆるキスか。
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