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離ればなれのキツネとタヌキ
第二十四話 変化に戸惑う男
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第三騎士団を追い出されたローイックは、宿舎の部屋に戻っていた。ここも追い出されてしまうので、片づけに来たのだ。
客扱いとなってしまったために、宿舎ではなく客室へと移動しなければならないのだ。
「なんでこんな急に……」
ローイックは部屋を見渡した。小さな窓が一つだけある狭い空間に、ベッド、タンス、小さなテーブルと椅子があるだけの、質素な部屋だ。こんな部屋だが四年もいれば愛着もわく。
片付けといっても荷物などあるわけもなく、ローイックは唯一の居場所だったこの部屋を、漠然と見ていた。
ベッドでただ天井を見つめていた日もあった。朝、この部屋を出て行くのが嫌だった日など数えきれない。だが、いざこの部屋から出て行くことになっても、嬉しさは湧いてこない。
「なーに感傷に浸ってるんだ、色男殿」
聞き覚えのある声にローイックが振り返れば、部屋の入り口には壁に寄りかかるハーヴィーと杖で体を支えているネイサンの姿があった。この部屋は男性用の宿舎にあるのでロレッタは入ってこれないのだ。
ローイックは大きくため息をついた。
「私のどこが色男なんだい?」
肩を竦めるローイックの呆れ声を聞いたハーヴィーが眉を顰める。ネイサンも額に皺をよせ、深いため息をついた。
「お前……」
ハーヴィーの足がカクンと折れた。
「まぁ、過ちは戻らん」
ネイサンが杖を突きながらゆっくりローイックに近づいてくる。
「ジョン・ウィドーソンとオーガスタス・パーマーは私と共に先に戻る。お前のその腕では長旅には耐えられんだろう。治るまではここにおるのだ。ヴァルデマル殿にも頼んでおいた。まぁ、頼まずともするであろうがな」
「お前と俺は居残りだ」
ハーヴィーが横から入ってきた。居残り、という言葉にローイックの目が開かれる。
「ハーヴィー。お前、残るのか?」
「ローイック。四年もいて多少は慣れたのだろうが、ここはあくまでも異国なのだぞ? しかも急に待遇が変われば不平をいう輩も出てこよう。その時にお前だけで、しかもその怪我で、身を守れるというのか?」
ネイサンは怪我をしている左腕を一瞥し、詰問するような厳しい口調でローイックに問いかけてくる。ローイックは真意が分からず、目を瞬かせるだけだ。
「その怪我は、襲われたのであろう?」
ネイサンにズバリ言われたローイックは瞬間的に動きを止めてしまった。これではあからさまな肯定を示しているのと同義だ。だがローイックも黙っているわけでは無い。万が一キャスリーンにまで迷惑が及んでしまうのはローイックの本意ではないのだ。
「これは!」
「私が何も知らないと思ったか?」
ネイサンは頬に皺をつくり、ニヤリとした。ローイックが文官では優秀とはいえ、宰相にまで上り詰めたネイサンには敵わないのだ。
「その狼藉者がまた襲撃してくるとも限らん」
「ま、俺はその備えってやつだ。ははっ!」
ハーヴィーが胸を張り、親指で自身を指しながら上機嫌に笑った。
「それくらいしか役に立たんじゃろうが」
「ハイハイ、おっしゃる通りでございます」
「ハイは一回だ」
「了解であります、宰相閣下!」
ハーヴィーはおどけながら礼をした。
「まったく……」
二人のやり取りにローイックは含み笑いをした。
「ローイック」
小さなテーブルの前にいるネイサンが声を掛けてきた。テーブルの上には白紙が置いてある。ローイックの物ではないから、ネイサンが置いたものだろう。
「はい?」
ローイックが返事をする前にネイサンが紙に文字を書き始めた。小さい字で読みにくい。書き終えたのか、ネイサンが指でトントンと紙を叩いた。これを見ろ、ということだろうか。ローイックはネイサンの隣に立った。
『皇女とは如何なる関係か』
紙にはこう書いてある。思わずネイサンを見れば、彼は無表情でローイックにペンを押しつけてきた。回答せよ、ということだ。
だが関係と言われても、一方的に想っているだけで、特別な関係でもない。それに、そう遠くない将来、彼女はどこかに嫁いでいくのだ。考えるだけでも胸が痛む。考えたところで、状況は変わらないのだが。
「ローイック」
再びネイサンから声が掛かる。返答の催促だ。
『特別な関係はありません』
こう書くしかなかった。願望を書いても仕方がないことだ。だがネイサンの眉が跳ね上がる。
『嘘は要らぬ』
こう書かれたローイックはため息をつく。嘘をついたわけではないからだ。部屋の入口にいるハーヴィーは知らぬ存ぜぬの顔をしている。宰相同士の話し合いの場で何かあったのかと思考を巡らせるが、その間もなく、ネイサンからまた催促された。
ローイックは仕方なく書いた。
『お慕いしております』
その文字を見たネイサンは深く息を吐くのだった。
「ローイック殿。今日からはこの部屋をお使いください」
どこかの文官であろう紺色の詰襟を着た若い男性が説明をしてきた。彼が示した部屋は今までローイックがいた部屋とは大違いの広さで、三倍ほどはあろうかという面積だった。窓も大きく開いており、柔らかな陽が差し込んでいた。
ローイックも同じ文官の詰襟だ。ローイックには私服などという物はないし、それを買う金もないのだ。全ては支給品だからだ。
「俺の部屋は隣だそうだ」
護衛として付いてきたハーヴィーが部屋の入り口の壁に寄りかかっている。ハーヴィーは帯剣こそしていないが、ナイフ等の小さい武器は隠し持っている。基本的に宮殿内は非武装が徹底されているのでこの程度の武器でも十分対応可能だ。もっとも治安維持の第一騎士団と自衛のための第三騎士団は帯剣をしているわけだが。
「そりゃ心強いね」
心ここにあらずなローイックが答えた。彼の頭の中は先程のネイサンとのやり取りを分析することでその能力を使ってしまっているのだ。
何故あんな事を聞かれたのか。立場的に考えれば、自分の知らない何かを知っている可能性が高い事。そして彼女はどこへ嫁いで行くのか。
せめて彼女が幸せと思える相手であれば、と願ってやまないローイックだった。
「明日からはヴァルデマル宰相閣下と共に行動をお願い致します」
その若い文官は姿勢を正したまま、やや大き目の声をだした。聞きもらされないような配慮だろうか。ローイックの目も厳しいものに変わる。
「何故私が宰相閣下と行動を共にするのですか?」
「理由は聞かされておりません」
若い文官はにべもなかったが、知らされてはいないであろうことは、ローイックにも予想できた。
周りの状況が急速に変化していく様に、ローイックも困惑するばかりだ。
「できるだけ単独行動はせず、意味もなく宮殿からは出ない様、お願いします。食事については、侍女等が部屋までお呼びに参ります」
彼は自分の役目を果たすと、礼をして部屋を出て行ってしまった。部屋には困惑の極みで唇を噛んでいるローイックとすまし顔のハーヴィーが残った。
「……何だか、監禁されている感じがするよ」
ローイックはハーヴィーを見つつ、呟いた。ハーヴィーは壁から背を離し、ローイックに近づいてきた。
「まぁ、その感想も、間違ってないかもな」
ハーヴィーはローイックの前を通り過ぎ、大きな窓の前に立った。外を眺めつつ、話を続ける。
「昨日の話し合いの中で、その怪我の原因の件があがってな」
ローイックの心臓がドクンと跳ねた。ローイックの表情が硬くなったが、ハーヴィーは外を眺めていて、その顔は見ていない。
「これは転んだ時に折ってしまったんだ」
「そう思ってる奴は、殆どいないみたいだぞ」
ハーヴィーがローイックの言葉にかぶせてくる。
「ま、そんなわけで、お前が狙われると判断したんだろ」
「そんな事では、私が狙われる理由にはならないだろう?」
ローイックが反論するとハーヴィーが外を見ながら「お、皇女様だ」と呟いた。それを聞いたローイックは窓へと歩いた。
「残念、見えなくなった」
「……最初から見えていなかったろう」
その窓から見えるのは、帝都の街並みであり、第三騎士団の建物とは違う方角だった。
「そーとーな、お熱みたいだな」
ハーヴィーはニヤリと笑った。
客扱いとなってしまったために、宿舎ではなく客室へと移動しなければならないのだ。
「なんでこんな急に……」
ローイックは部屋を見渡した。小さな窓が一つだけある狭い空間に、ベッド、タンス、小さなテーブルと椅子があるだけの、質素な部屋だ。こんな部屋だが四年もいれば愛着もわく。
片付けといっても荷物などあるわけもなく、ローイックは唯一の居場所だったこの部屋を、漠然と見ていた。
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「なーに感傷に浸ってるんだ、色男殿」
聞き覚えのある声にローイックが振り返れば、部屋の入り口には壁に寄りかかるハーヴィーと杖で体を支えているネイサンの姿があった。この部屋は男性用の宿舎にあるのでロレッタは入ってこれないのだ。
ローイックは大きくため息をついた。
「私のどこが色男なんだい?」
肩を竦めるローイックの呆れ声を聞いたハーヴィーが眉を顰める。ネイサンも額に皺をよせ、深いため息をついた。
「お前……」
ハーヴィーの足がカクンと折れた。
「まぁ、過ちは戻らん」
ネイサンが杖を突きながらゆっくりローイックに近づいてくる。
「ジョン・ウィドーソンとオーガスタス・パーマーは私と共に先に戻る。お前のその腕では長旅には耐えられんだろう。治るまではここにおるのだ。ヴァルデマル殿にも頼んでおいた。まぁ、頼まずともするであろうがな」
「お前と俺は居残りだ」
ハーヴィーが横から入ってきた。居残り、という言葉にローイックの目が開かれる。
「ハーヴィー。お前、残るのか?」
「ローイック。四年もいて多少は慣れたのだろうが、ここはあくまでも異国なのだぞ? しかも急に待遇が変われば不平をいう輩も出てこよう。その時にお前だけで、しかもその怪我で、身を守れるというのか?」
ネイサンは怪我をしている左腕を一瞥し、詰問するような厳しい口調でローイックに問いかけてくる。ローイックは真意が分からず、目を瞬かせるだけだ。
「その怪我は、襲われたのであろう?」
ネイサンにズバリ言われたローイックは瞬間的に動きを止めてしまった。これではあからさまな肯定を示しているのと同義だ。だがローイックも黙っているわけでは無い。万が一キャスリーンにまで迷惑が及んでしまうのはローイックの本意ではないのだ。
「これは!」
「私が何も知らないと思ったか?」
ネイサンは頬に皺をつくり、ニヤリとした。ローイックが文官では優秀とはいえ、宰相にまで上り詰めたネイサンには敵わないのだ。
「その狼藉者がまた襲撃してくるとも限らん」
「ま、俺はその備えってやつだ。ははっ!」
ハーヴィーが胸を張り、親指で自身を指しながら上機嫌に笑った。
「それくらいしか役に立たんじゃろうが」
「ハイハイ、おっしゃる通りでございます」
「ハイは一回だ」
「了解であります、宰相閣下!」
ハーヴィーはおどけながら礼をした。
「まったく……」
二人のやり取りにローイックは含み笑いをした。
「ローイック」
小さなテーブルの前にいるネイサンが声を掛けてきた。テーブルの上には白紙が置いてある。ローイックの物ではないから、ネイサンが置いたものだろう。
「はい?」
ローイックが返事をする前にネイサンが紙に文字を書き始めた。小さい字で読みにくい。書き終えたのか、ネイサンが指でトントンと紙を叩いた。これを見ろ、ということだろうか。ローイックはネイサンの隣に立った。
『皇女とは如何なる関係か』
紙にはこう書いてある。思わずネイサンを見れば、彼は無表情でローイックにペンを押しつけてきた。回答せよ、ということだ。
だが関係と言われても、一方的に想っているだけで、特別な関係でもない。それに、そう遠くない将来、彼女はどこかに嫁いでいくのだ。考えるだけでも胸が痛む。考えたところで、状況は変わらないのだが。
「ローイック」
再びネイサンから声が掛かる。返答の催促だ。
『特別な関係はありません』
こう書くしかなかった。願望を書いても仕方がないことだ。だがネイサンの眉が跳ね上がる。
『嘘は要らぬ』
こう書かれたローイックはため息をつく。嘘をついたわけではないからだ。部屋の入口にいるハーヴィーは知らぬ存ぜぬの顔をしている。宰相同士の話し合いの場で何かあったのかと思考を巡らせるが、その間もなく、ネイサンからまた催促された。
ローイックは仕方なく書いた。
『お慕いしております』
その文字を見たネイサンは深く息を吐くのだった。
「ローイック殿。今日からはこの部屋をお使いください」
どこかの文官であろう紺色の詰襟を着た若い男性が説明をしてきた。彼が示した部屋は今までローイックがいた部屋とは大違いの広さで、三倍ほどはあろうかという面積だった。窓も大きく開いており、柔らかな陽が差し込んでいた。
ローイックも同じ文官の詰襟だ。ローイックには私服などという物はないし、それを買う金もないのだ。全ては支給品だからだ。
「俺の部屋は隣だそうだ」
護衛として付いてきたハーヴィーが部屋の入り口の壁に寄りかかっている。ハーヴィーは帯剣こそしていないが、ナイフ等の小さい武器は隠し持っている。基本的に宮殿内は非武装が徹底されているのでこの程度の武器でも十分対応可能だ。もっとも治安維持の第一騎士団と自衛のための第三騎士団は帯剣をしているわけだが。
「そりゃ心強いね」
心ここにあらずなローイックが答えた。彼の頭の中は先程のネイサンとのやり取りを分析することでその能力を使ってしまっているのだ。
何故あんな事を聞かれたのか。立場的に考えれば、自分の知らない何かを知っている可能性が高い事。そして彼女はどこへ嫁いで行くのか。
せめて彼女が幸せと思える相手であれば、と願ってやまないローイックだった。
「明日からはヴァルデマル宰相閣下と共に行動をお願い致します」
その若い文官は姿勢を正したまま、やや大き目の声をだした。聞きもらされないような配慮だろうか。ローイックの目も厳しいものに変わる。
「何故私が宰相閣下と行動を共にするのですか?」
「理由は聞かされておりません」
若い文官はにべもなかったが、知らされてはいないであろうことは、ローイックにも予想できた。
周りの状況が急速に変化していく様に、ローイックも困惑するばかりだ。
「できるだけ単独行動はせず、意味もなく宮殿からは出ない様、お願いします。食事については、侍女等が部屋までお呼びに参ります」
彼は自分の役目を果たすと、礼をして部屋を出て行ってしまった。部屋には困惑の極みで唇を噛んでいるローイックとすまし顔のハーヴィーが残った。
「……何だか、監禁されている感じがするよ」
ローイックはハーヴィーを見つつ、呟いた。ハーヴィーは壁から背を離し、ローイックに近づいてきた。
「まぁ、その感想も、間違ってないかもな」
ハーヴィーはローイックの前を通り過ぎ、大きな窓の前に立った。外を眺めつつ、話を続ける。
「昨日の話し合いの中で、その怪我の原因の件があがってな」
ローイックの心臓がドクンと跳ねた。ローイックの表情が硬くなったが、ハーヴィーは外を眺めていて、その顔は見ていない。
「これは転んだ時に折ってしまったんだ」
「そう思ってる奴は、殆どいないみたいだぞ」
ハーヴィーがローイックの言葉にかぶせてくる。
「ま、そんなわけで、お前が狙われると判断したんだろ」
「そんな事では、私が狙われる理由にはならないだろう?」
ローイックが反論するとハーヴィーが外を見ながら「お、皇女様だ」と呟いた。それを聞いたローイックは窓へと歩いた。
「残念、見えなくなった」
「……最初から見えていなかったろう」
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