第三騎士団の文官さん

海水

文字の大きさ
24 / 59
離ればなれのキツネとタヌキ

第二十四話 変化に戸惑う男

しおりを挟む
 第三騎士団を追い出されたローイックは、宿舎の部屋に戻っていた。ここも追い出されてしまうので、片づけに来たのだ。
 客扱いとなってしまったために、宿舎ではなく客室へと移動しなければならないのだ。

「なんでこんな急に……」

 ローイックは部屋を見渡した。小さな窓が一つだけある狭い空間に、ベッド、タンス、小さなテーブルと椅子があるだけの、質素な部屋だ。こんな部屋だが四年もいれば愛着もわく。
 片付けといっても荷物などあるわけもなく、ローイックは唯一の居場所だったこの部屋を、漠然と見ていた。
 ベッドでただ天井を見つめていた日もあった。朝、この部屋を出て行くのが嫌だった日など数えきれない。だが、いざこの部屋から出て行くことになっても、嬉しさは湧いてこない。

「なーに感傷に浸ってるんだ、色男殿」

 聞き覚えのある声にローイックが振り返れば、部屋の入り口には壁に寄りかかるハーヴィーと杖で体を支えているネイサンの姿があった。この部屋は男性用の宿舎にあるのでロレッタは入ってこれないのだ。
 ローイックは大きくため息をついた。

「私のどこが色男なんだい?」

 肩を竦めるローイックの呆れ声を聞いたハーヴィーが眉を顰める。ネイサンも額に皺をよせ、深いため息をついた。

「お前……」

 ハーヴィーの足がカクンと折れた。

「まぁ、過ちは戻らん」

 ネイサンが杖を突きながらゆっくりローイックに近づいてくる。

「ジョン・ウィドーソンとオーガスタス・パーマーは私と共に先に戻る。お前のその腕では長旅には耐えられんだろう。治るまではここにおるのだ。ヴァルデマル殿にも頼んでおいた。まぁ、頼まずともするであろうがな」
「お前と俺は居残りだ」

 ハーヴィーが横から入ってきた。居残り、という言葉にローイックの目が開かれる。

「ハーヴィー。お前、残るのか?」
「ローイック。四年もいて多少は慣れたのだろうが、ここはあくまでも異国なのだぞ? しかも急に待遇が変われば不平をいう輩も出てこよう。その時にお前だけで、しかもその怪我で、身を守れるというのか?」

 ネイサンは怪我をしている左腕を一瞥し、詰問するような厳しい口調でローイックに問いかけてくる。ローイックは真意が分からず、目を瞬かせるだけだ。

「その怪我は、襲われたのであろう?」

 ネイサンにズバリ言われたローイックは瞬間的に動きを止めてしまった。これではあからさまな肯定を示しているのと同義だ。だがローイックも黙っているわけでは無い。万が一キャスリーンにまで迷惑が及んでしまうのはローイックの本意ではないのだ。

「これは!」
「私が何も知らないと思ったか?」

 ネイサンは頬に皺をつくり、ニヤリとした。ローイックが文官では優秀とはいえ、宰相にまで上り詰めたネイサンには敵わないのだ。

「その狼藉者がまた襲撃してくるとも限らん」
「ま、俺はその備えってやつだ。ははっ!」

 ハーヴィーが胸を張り、親指で自身を指しながら上機嫌に笑った。

「それくらいしか役に立たんじゃろうが」
「ハイハイ、おっしゃる通りでございます」
「ハイは一回だ」
「了解であります、宰相閣下!」

 ハーヴィーはおどけながら礼をした。

「まったく……」

 二人のやり取りにローイックは含み笑いをした。




「ローイック」

 小さなテーブルの前にいるネイサンが声を掛けてきた。テーブルの上には白紙が置いてある。ローイックの物ではないから、ネイサンが置いたものだろう。

「はい?」

 ローイックが返事をする前にネイサンが紙に文字を書き始めた。小さい字で読みにくい。書き終えたのか、ネイサンが指でトントンと紙を叩いた。これを見ろ、ということだろうか。ローイックはネイサンの隣に立った。
 『皇女とは如何なる関係か』
 紙にはこう書いてある。思わずネイサンを見れば、彼は無表情でローイックにペンを押しつけてきた。回答せよ、ということだ。
 だが関係と言われても、一方的に想っているだけで、特別な関係でもない。それに、そう遠くない将来、彼女はどこかに嫁いでいくのだ。考えるだけでも胸が痛む。考えたところで、状況は変わらないのだが。

「ローイック」

 再びネイサンから声が掛かる。返答の催促だ。
 『特別な関係はありません』
 こう書くしかなかった。願望を書いても仕方がないことだ。だがネイサンの眉が跳ね上がる。
 『嘘は要らぬ』
 こう書かれたローイックはため息をつく。嘘をついたわけではないからだ。部屋の入口にいるハーヴィーは知らぬ存ぜぬの顔をしている。宰相同士の話し合いの場で何かあったのかと思考を巡らせるが、その間もなく、ネイサンからまた催促された。
 ローイックは仕方なく書いた。
 『お慕いしております』
 その文字を見たネイサンは深く息を吐くのだった。




「ローイック殿。今日からはこの部屋をお使いください」

 どこかの文官であろう紺色の詰襟を着た若い男性が説明をしてきた。彼が示した部屋は今までローイックがいた部屋とは大違いの広さで、三倍ほどはあろうかという面積だった。窓も大きく開いており、柔らかな陽が差し込んでいた。
 ローイックも同じ文官の詰襟だ。ローイックには私服などという物はないし、それを買う金もないのだ。全ては支給品だからだ。
 
「俺の部屋は隣だそうだ」

 護衛として付いてきたハーヴィーが部屋の入り口の壁に寄りかかっている。ハーヴィーは帯剣こそしていないが、ナイフ等の小さい武器は隠し持っている。基本的に宮殿内は非武装が徹底されているのでこの程度の武器でも十分対応可能だ。もっとも治安維持の第一騎士団と自衛のための第三騎士団は帯剣をしているわけだが。

「そりゃ心強いね」

 心ここにあらずなローイックが答えた。彼の頭の中は先程のネイサンとのやり取りを分析することでその能力を使ってしまっているのだ。
 何故あんな事を聞かれたのか。立場的に考えれば、自分の知らない何かを知っている可能性が高い事。そして彼女はどこへ嫁いで行くのか。
 せめて彼女が幸せと思える相手であれば、と願ってやまないローイックだった。

「明日からはヴァルデマル宰相閣下と共に行動をお願い致します」

 その若い文官は姿勢を正したまま、やや大き目の声をだした。聞きもらされないような配慮だろうか。ローイックの目も厳しいものに変わる。

「何故私が宰相閣下と行動を共にするのですか?」
「理由は聞かされておりません」

 若い文官はにべもなかったが、知らされてはいないであろうことは、ローイックにも予想できた。
 周りの状況が急速に変化していく様に、ローイックも困惑するばかりだ。

「できるだけ単独行動はせず、意味もなく宮殿からは出ない様、お願いします。食事については、侍女等が部屋までお呼びに参ります」

 彼は自分の役目を果たすと、礼をして部屋を出て行ってしまった。部屋には困惑の極みで唇を噛んでいるローイックとすまし顔のハーヴィーが残った。

「……何だか、監禁されている感じがするよ」

 ローイックはハーヴィーを見つつ、呟いた。ハーヴィーは壁から背を離し、ローイックに近づいてきた。

「まぁ、その感想も、間違ってないかもな」

 ハーヴィーはローイックの前を通り過ぎ、大きな窓の前に立った。外を眺めつつ、話を続ける。

「昨日の話し合いの中で、その怪我の原因の件があがってな」

 ローイックの心臓がドクンと跳ねた。ローイックの表情が硬くなったが、ハーヴィーは外を眺めていて、その顔は見ていない。

「これは転んだ時に折ってしまったんだ」
「そう思ってる奴は、殆どいないみたいだぞ」

 ハーヴィーがローイックの言葉にかぶせてくる。

「ま、そんなわけで、お前が狙われると判断したんだろ」
「そんな事では、私が狙われる理由にはならないだろう?」

 ローイックが反論するとハーヴィーが外を見ながら「お、皇女様だ」と呟いた。それを聞いたローイックは窓へと歩いた。

「残念、見えなくなった」
「……最初から見えていなかったろう」

 その窓から見えるのは、帝都の街並みであり、第三騎士団の建物とは違う方角だった。

「そーとーな、お熱みたいだな」

 ハーヴィーはニヤリと笑った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...