第三騎士団の文官さん

海水

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手と手を取り合うキツネとタヌキ

第三十六話 期待される効果

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 翌朝、ローイックとキャスリーンは第三騎士団の食堂にいた。他の騎士達はほぼ食事を終えて食後の紅茶を飲んでいるところだ。その騒がしい食堂の端っこのテーブルに青い詰襟のローイックと白い騎士服のキャスリーンが座って今日の予定の打ち合わせをしていた。

「一応、テリアには指揮は頼んだけど」

 キャスリーンがちらっと食堂の真ん中あたりに視線をやると「まかされたわよー」と手を挙げたテリアが大きな声を上げた。「そのまま駆け落ちしちゃえば~」と続けると、食堂は笑いと黄色い歓声に包まれた。ここにいるのは皆二人の味方だ。

「今姫様を連れて行っちゃうと外交問題化して、また私が連れ戻されてしまいます」

 ローイックがとぼけると「そしたらここにおいでー」と誰からか声がかかる。二人は苦笑いだ。ローイックはここでなら安心していられる。

「まぁ、冗談はそこまでにして。今日の護衛はよろしくお願いします。私はともかく姫様は守ってください」

 ローイックは皆に向かい頭を下げた。街に出て一番守らなければならないのは皇女であるキャスリーンだ。目的の場所は帝都の中の貴族が集中して住んでいる貴族街にあり、治安は良いが万が一があるし、ホークが何をするか分らないからだ。
 第一騎士団の騎士だろうか、宮殿内でも後を付けられている節もあった。狙いはローイックであったとしても用心に越したことは無い。

「あら、お優しい旦那様ね~うちの旦那様はそんな事言ってくれないわよ、たぶ~ん。おまえの方が強い、って言うだけね~」
「テリアは躾が足りない」

 手をひらひらと揺らし笑うテリアに対し、隣に座るタイフォンは真顔でツッコミを入れた。

「お義兄様が可哀想に思えてくる発言ね~」
「番犬は躾が大事」

 この双子の姉妹はテリアが姉だが、タイフォンが嫁いだ方が相手の兄弟の兄なのだ。テリアから見たタイフォンは実の妹だが、義理の姉になるのだ。なんとも面倒な双子だ。

「……なにか恐ろしい声が聞こえてきましたが?」

 食堂の入り口には苦い顔のハーヴィーが立っていた。腰には二本の長剣を帯剣し、騎士らしい出で立ちになっている。但しその剣は良く使い込まれた跡がある、比較的簡素なものだ。
 その横には、いつもの黒い侍女服ですまし顔のミーティア。すぐに迷子になる方向音痴のハーヴィーを迎えに行くのが、ミーティアに追加された仕事になっていた。もはや見えない首輪がハーヴィーの首元にあり、見えないリードがミーティアの手の中に繋がっているのだ。
 もっとも今日に限ってはそうではないのだが、ローイックはそんなことは知らない。

「あぁ来たか。そういえば今朝方、お前の部屋がやけに騒がしかったけど、何があったんだ?」

 ローイックは心配そうな顔でハーヴィーを見た。隣のハーヴィーがいる部屋から早朝なのに侍女たちが早口で何かを話しているのを壁越しに聞いていたのだ。心配ではあったが訪れてはいけない気がして様子を窺っていたというわけだ。

「まぁ、なんというかな。気にするな」

 歯切れが悪いハーヴィーの答えにローイックが不思議そうな顔をしている横で、キャスリーンが意味深な笑顔をミーティアに向けている。それに気が付いたミーティアは、俯きながらもちょっとだけ口もとを緩めていた。




 まだ太陽も上がりきらない午前中。静かな帝都の貴族街を走る馬車の中にローイック一行はいた。前後を第三騎士団の四人の騎士が乗馬で固め、馬車の中はハーヴィーが二人と乗っている。馬車は南関門に行くときの質実剛健なものではなく、煌びやかな装飾と掘り込みが施された、お伽噺にでも出てくるような厳美な馬車だ。

「で、何しに行くんだ?」

 剣二本を杖代わりにして顎を乗せているハーヴィーが尋ねた。

「そうだな、証拠集め、かな」
「……そんなのがいるのか? 襲ってきたところを捕まえりゃ済む話じゃないのか?」
「あたしもそう思うんだけど……」

 ハーヴィーもキャスリーンも何故だ?という顔をしている。ローイックは二人の顔を見てから口を開いた。

「私が陛下から言われたのは、私を襲ったやつを捕らえたら姫様との縁談を良いってことだけなんだ。つまり、確実ではないんだ」
「へ? ってことは、アイツを捕まえてもダメってこと?」

 ローイックの言葉にキャスリーンの目と口は開きっぱなしだ。ミーティアがいたら「はしたないです!」とお小言が飛んだであろうが、今はいない。

「まぁそう言えるんですけど、逆に言うと、それだけじゃ足りないってことだと思うんです。皇女を嫁がせるには、それなりの理由が必要です。彼を捕まえただけでは、全然足りないんですよ」

 ローイックは姿勢を正し、キャスリーンを見つめた。ショックを受けているかもしれない彼女を安心させるための説明をするためだ。

「捕まえるだけではなく、他に何かをしろ、ということなんだと、私は認識しました。だから陛下は第二書庫へ入ることを許可してくださったんだと思うんです。確かに、そこには私が欲しかったものがありました」

 ローイックはにっこりと笑った。

「今日の外出も、関係あるの?」
「えぇ、重要な物証を手に入れたいんです。そのためにはちょっと姫様の協力も必要でして……」

 可愛く首を傾げたキャスリーンに対し、ローイックは説明を続ける。

「外国から来た、面識のない貴族が行ったところで、まともに応対などして貰えないでしょう。でも姫様が一緒にいるという事で、信用が生まれます。皇女がどこの馬の骨ともわからない男と行動を共にする訳はない、と考えるでしょうから」
「あたしで良ければ、どこにでも行くわよ。ローイックと一緒ならね」

 パチンとウィンクするキャスリーンに、ローイックは微笑みながら「ありがとうございます」と頭を掻いた。
 見つめ合う二人は、独自の世界を馬車の中に作り出している。この砂糖な空間に耐えきれなかったハーヴィーがゴホンと咳をした。見せつけられているハーヴィーが不憫でならない。

「皇帝陛下も、結構えげつないな」
「そりゃ帝国の皇帝だよ? これくらいの腹芸ができなきゃ務まらないって」
「俺にゃ無理だ」
「私にも無理さ」

 男二人は揃って苦い顔をした。




「そんなにのんきに構えてるんなら、急いで麦の病気対策なんてする必要はなかったんじゃないのか? 条約締結を急いだ割には、条件を満たすのにはそれほど焦ってない感じだが」

 ハーヴィーが顎に手を当て、考えている。確かにローイックは急かされてはいない。むしろ自由に動きまわっている。その事が、ハーヴィーには不思議なのだろう。だがローイックの考えは違う。

「第二書庫の資料で分かった事なんだけど、事態はかなり切迫しててね。穀倉地帯ではすでに麦の消費量の半分以下しか生産できていないんだ。あと二年もすれば、帝国の食料供給は完全に崩壊するだろう。食料ってのは、人間にとって欠かせないものだからね。足りなければ奪うしかない。そうなれば内乱が起きる可能性もある。手を打つのが遅くなればなるほど、どうしようもなくなるんだ。今がその限界点だと思う」
「えぇ!」
「なにぃ!」

 身を乗り出して驚く二人に対し、ローイックはなお話を続ける。

「国家の長である皇帝陛下と要の宰相閣下が目に見えて焦ってたら、その焦りが国中に伝わってパニックを起こすだけさ。内心は推し量れないけど、かなり焦ってるはずだよ。だからこそ、こんなくだらないことについて陛下も協力的なんだ。私としては貸しを作る為に、姫様と一緒にいるためにも、やれることはなんだってやるつもりさ。文官として、ね」

 真面目な顔を崩さないローイックに対し、ハーヴィーは「まじかよ」と呟く事しか出来なかった。
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