一週間の魔法

海水

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一日目

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「あー、シーラ君。この魔法を解析したくれたまえ。明日までに頼むな」




 あたしは今、残業をしている。定時が近づいたら上司が急に仕事振って来やがった。平民だと思って意地悪しやがって。禿親父め、魔法解析くらい自分でやれよ!

「ったく、厭らしいよね!」

 隣の席のアカネちゃんがヒソヒソ声で話し掛けてきた。アカネちゃんも偶に意地悪されるんだ。

「お貴族様だからって露骨よね」
「だから独り者なのよ、あの禿」
「シーラちゃん、狙われてるんじゃない? シーラちゃん可愛いしね」
「うげぇ……蕁麻疹が~」

 そんな事を言われたあたしのお肌にボツボツが浮き出てきた。アカネちゃんも頭を振って、赤い髪を振り乱してる。
 あたしらの嫌みが聞こえたのか、禿上司はそっと席を立って帰って行った。
 くそっ、自分はとんずらかよ!

「定時で帰れると思ったのに~!」

 あたしの魂の叫びは、残業という嫌がらせにかき消された。




「ごめんね~、デートなの」

 アカネちゃんが、ゴメンねポーズをして消えていった。
 いーよね、アカネちゃんには恋人がいて。どーせ、あたしにゃそんな良い人いませんよ!

「あー、はいはい。爆ぜときなさいね!」

 あたしはシッシッと手を振る。いーなーと思いつつ。




 生まれてこの方、恋人なるモノは魔法だけだった。魔法に適正があると分かった十歳の時から、魔法の勉強に打ち込んで十五年。今や、その子は行き遅れになりかけの女の子。まぁ、女の子といえる歳でも無くなっちゃったけど。

「でも、お陰で就職には困らなかったわね」

 ここは国立の魔法研究所。で、あたしはここの職員って訳。魔法の才能と努力のお陰で晴れて公務員になりましたとさ。
 さっきの禿上司は窓際貴族。ようは、能力がなくて使えないけど地位だけはある、扱いに困る貴族がやってくる研究所なのよ。ここって、国内では一番の魔法の研究施設なのにねぇ。お金の無駄よね。
 あんなのでも上司には違いがない。キチンとやらないと査定に響く。

「ん~、何この魔法。設計が出鱈目過ぎる! 美しくない! 無駄が多い! 作ったヤツが目の前にいたら、しばき倒してやる!」

 この残業が終わったのは、良い子は夢の中な時間だった。




「あー疲れた」 

 杖に腰掛けながら夜空を飛んでいく。秋の夜はもう寒い。お月様が空を照らしてくれてるから、夜だって明るい。

「優しいのはお月様だけね~」

 普通の人なら歩くか走るか相乗り馬車にでも乗らないと通えないところ、あたしは魔法使いらしく、杖で通勤だ。

「とーちゃーく」

 あたしの住処、古いボロアパートだ。近々取り壊すとか不穏な噂を耳にして、唯一の住人のあたしは当惑してる最中だ。壊されちゃ困るが大家は壊したい派だ。

「安くて助かってるんだけどな~」

 そんな事を思っていたら、目の前にドサッと黒いものが落ちてきた。

「うわぁって、なに?」

 落ちてきた物体を見てみれば、それは黒い四つ足の生き物だった。あたしの髪の色と一緒だ。

「う、うぅ」

 ソイツは苦しいのか唸ってる。

「ちょっと、怪我してるじゃん!」

 この黒いの、よく見たら血だらけだ。そりゃ唸りもするさ!

「と、ともかく手当しなきゃ」

 部屋の鍵を開け、黒い生き物を抱えて中に入った。




 タオルを敷いて、この黒い生き物をそっと横たえた。ぜーぜー息をしてて、かなり状況はヤバいのが分かる。

「もうちょっとの辛抱だから!」

 あたしは声を掛けて魔法を唱える。

「【水の癒し】」

 この黒い生き物が魔法の水に包まれる。治療系の魔法を唱えれば、この生き物の息が落ち着いてきた。
 一回じゃ心配だから何回もかけちゃう。目の前で死なれちゃ寝覚めが悪い。
 五回目を掛けた後で、この生き物から「もう大丈夫」と声が聞こえた。男の声っぽい。

「ふぅ、よかった。間に合った」

 安堵してタオルで額の汗を拭う。

「どなたか知らないが、助かったよ」
「いーえー、どーいたし……さないわよ!」

 あたしはソイツをガン見した。

「なんであんたしゃべってんのよ!」

 よく見ればそれは黒い猫だった。青い目をした、すらりとした猫だ。細長い尻尾をウニョンと立ててる。

「うむ。しゃべれるんだよ」
「いやだから何でよ!」
「わからにゃい」

 この猫は悪びれずに、ニカッと笑った。




 あたしは只今料理中。残業で夕食はまだなんだ。お腹ペコペコ。

「あんた、上から落ちてきたけど」
「うむ、落ちたな」
「うむ、じゃなくてさ」

 ついでに黒い猫の尋問もしてる。でもすっとぼけてるのかマトモに答えない。なんなのよ、まったく。

「そーいえば、あんた名前は?」
「うーむ、無いな」

 この調子だ。まぁ、ノラ猫だったら名無し君でもおかしくはないけどね。

「そーゆー君は?」
「あたしはシーラって言うんだ」
「シーラ? 苗字は?」
「貴族じゃないんだから、あるわけないじゃない」
「ふーん」

 なんだよ、ふーん、て。どーせあたしゃ、田舎出の田舎モンだよ。

 ドンドン!

 こんな時に限って誰かがドアを叩いてる。新聞なんていらないのよ!
 追い返すにはコレが一番。あたしは包丁を持ったまま玄関のドアを開ける。

「はい? ちょっと今忙しいんだけど!」

 まずは先制パンチだ。包丁かまえた女が機嫌悪く出れば、それだけで相手は引くもんだ。だが、ドアを開けた先にいたのは、黒い服の怖そうな男だった。

「……黒い猫を見ませんでしたか?」

 その黒服は無表情だった。

「猫なんその辺に沢山いるでしょ。火をつけっぱなしなんだから、くだらない事で呼ばないでよ!」

 あたしは一方的にまくし立ててドアをバタンと閉めた。

「なんだってのよ!」

 敢えて外に聞こえるような声を上げる。でも火をつけっぱなしは本当だ。お鍋がフツフツ怒ってる。

「うわぁ~焦げちゃう!」

 間一髪セーフだった。




 パンとスープとサラダの簡単な夕食だ。テーブルにコトコト載せていく。

「クロも食べるでしょ?」

 答えを聞く前に用意はしちゃう。猫にパンとかおかしいけど、カリカリなんて家にはないもの。

「クロってなんだよ!」
「名前がないと呼びにくいじゃん」
「安直過ぎる!」
「じゃあ、ボナンザ・ピッツバーグ・ヘイギンストン三十五世独身、とでも呼ぼうか? ハリキリギリス・カブトムシーズ・クワガタン十八世でも良いよ」
「……クロで良い」

 勝った。

「じゃあ、クロのはこっち」

 クロ用に小さな皿にスープをよそった。パンも小さく千切った。

「野菜はいらない」

 ちっ、先に言われた。でも小分けする。

「食事はね、バランスが大事なのよ」

 さ、食べよう。




「あちっ!」

 クロが叫んだ。舌をべーっと出して涙目になってる。

「そっか、猫舌か」

 仕方ない。
 小さいスプーンを用意して、フーフーして冷ましてあげる。
 これなら火傷もしないでしょ。

「はいアーン」
「くっ、子供じゃないのに!」
「あんた猫なんだから」

 クロは悪態をつきながらもペロペロとスープを飲んでる。

「お味は如何?」
「……悪くない」

 まぁ、料理に自信があるわけじゃないしね。
 パンは器用に前足を使って食べてる。

「サラダもあるわよ」
「野菜は嫌いだ」

 あたしは葉っぱをフォークに刺して、黙ってクロの前に差し出す。

「……」

 クロはぷいっとソッポを向いた。
 よろしい、食べさせてあげましょう!

「せっかく作ったのに」
「洗って切っただけだろう!」
「残念、温野菜にしてあるのよ」

 クロの首の後ろを掴んで、ひょいと持ち上げる。

「にゃ、にゃにすんだ!」

 左脇に抱え、がっちりホールドする。
 逃がさんよ。

「お残しは許しませんぞー!」

 クロの口にぐりぐりと葉っぱを押し付ける。

「一口でも食べてよ。せっかく作ったんだから」

 クロの青い目をじーっと見る。

「……仕方ない」

 複雑な顔をしながら、クロはパクッと葉っぱをかじった。

「美味しいでしょ?」
「悪くは、ない」

 まぁ、食べたから良しとしよう。その後、クロは野菜を全部食べた。偉いな、この猫。
 抱きかかえたついでにお腹を見た。まだ血がこびりついてる。そして、あるはずの玉が、無い。

「あ、あんた雌なの?」

 声はどう聞いても男のものだ。

「いや、違うぞ」
「だって玉が無いじゃん」
「女の子がそんな事を言うもんじゃない」
「こちとら、もう女の子って歳でもないのさ」

 あたしはお腹をモフモフするけど、やっぱり玉は無し。

「無いじゃん」
「さ、触るなって、くすぐったいから!」
「ほほう、遠慮するな~」

 あたしは食後のデザート替わりにモフモフを堪能した。でもクロの身体のアチコチに血がこびりついてる。毛並みが良さそうだから、勿体ない。

「血がついてるから、洗おうよ」
「い、いや、大丈夫だ」

 クロは動揺したのか、汗をかいてる。
 でもねえ。
 どうせモフモフするならサラサラの方が良い。

「強制執行だ!」

 皿は後回しで、先に猫を洗おう!




「に"ゃー!」
「あ、こら、暴れるなって」
「動物虐待だ!」
「お世話だよ!」
「あっついに"ゃ!」
「あー、あたしにも掛かったじゃない。もーいーや、あたしも入ろ」
「ちょっ、なに脱いでんだよ!」
「ここまで濡れちゃったら仕方ないじゃない」
「俺は男だ!」
「雌じゃん」
「む、胸は隠せ!」
「ふふふ、大きさには自信があるのだよ」
「だからと言って見せびらかすな!」
「まぁ猫に自慢しても虚しいだけか……」
「せ、せめてタオルは巻け!」
「注文の多い猫だねえ」
「下もだ~!」

 風呂場は戦場だった。クロがおとなしく洗われてれば、すぐに終わったのに。
 だがあたしが得た物は、素晴らしいモノだった。そう、極上のモフモフだ。
 石鹸で綺麗に洗って魔法で乾かしたら、天使のキューティクルを纏った艶々の黒猫ちゃんに変身した。

「極楽じゃ~!」
「拷問だぁ~!」

 前足をしっかりと確保してお腹に頬刷りをする。
 ふわふわサラサラの毛並みがたまらん! 涎が出そうだ!

「あー、この石鹸の香りもたまらないわ!」
「やめれ、くすぐったい~!」
「ぐへへへ。この肌触りがたまらないのよね!」
「変態だ~!」

 モフリ続ける事三十分、あたしは大満足だ。ただし、クロは項垂れてる。

「け、穢された……シクシク」
「ふふ、よかったよ」

 台詞が逆な気もしないでもないけど、クロは雌だし、気にしない気にしない。




 モフリ倒して気分爽快なまま皿を洗っていたら、外からは雨音が聞こえてきた。

「あれ、さっきまで晴れてたのに」

 窓から覗けば、ザーザーと音を立てて雨が降っていた。

「ん~、これじゃクロはお泊まりかな」

 クロも窓から外を見てるけど、その目はどんよりしていた。

「厄介になる」

 クロはぺこりと頭を下げた。




「さて寝ようかね。明日も仕事だ」

 クロを抱っこして灯りを消した。

「俺はそのクッションで寝るぞ」
「ダメダメ、君は暖房器具なんだよ」

 天然モフモフ湯たんぽを、何故手放さなければならぬのだ! おかしい、道理に反する!

「俺は男だ!」
「玉が無いじゃない!」
「ぐぬぬぬ」

 往生際が悪い猫だこと。

「大体あんた猫なんだから。雄だろうが雌だろうが関係ないの!」

 布団を被って、天然モフモフ湯たんぽの顔だけ外にだす。クロをきゅっと抱き寄せる。

「さっきの黒い服の男は、クロを探してたよ」
「……」
「外には行かない方が良いんじゃない?」
「……晴れたら出て行く。迷惑を掛ける訳にもいかない」

 クロの呟きが部屋に響いた。外からは雨の音が聞こえてくる。暫くは止みそうにもない。

「まぁ、それまではここにいなよ。どうせ一人暮らしだし。猫が一匹増えたって、どうって事ないしさ」

 天然モフモフ湯たんぽが出て行くと言うのなら、あたしには止めようがない。でもいるのは構わない。この毛の感触がいい夢を見させてくれそうだし。

「しかしだな。シーラにも恋人くらい居るだろう」
「残念、あたしはお一人様よ」
「だが!」

 背中を撫で撫でしてれば、クロもおとなしくなった。
 あたしよりも早く寝ちゃった。疲れていたのかもね。

「おーやーすーみー」

 クロのモフモフを楽しみながら、目を瞑った。 




 不思議な夢を見た。見たこと無い男の人が空を眺めていた。
 あたしと同じ黒い髪で、彼の青い瞳は、ずっと、空を見つめていた。
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