一週間の魔法

海水

文字の大きさ
2 / 8

二日目

しおりを挟む
「ん~、朝かぁ」

 また一日が始まる。東から昇ったお日様が西に沈むだけなのに、人間は大忙しだ。

「なかなかカッコイイ男だったなぁ」

 夢に出てきた不思議な男は、空ばかり見ていた。憧れなのか、何なのかは分からないけど。




 今朝も雨だ。昨晩からシトシト降っている。

「雨だねぇ」
「雨だなぁ」
「出て行けないねぇ」
「出て行けないなぁ」

 あたしとクロは窓から外を見た。灰色の雲からは、とめどなく雨が零れてる。

「ま、その内やむでしょ」

 クロを抱っこしてテーブルにつく。朝食はパンと昨日のスープと玉子焼。小皿にクロの分を載せる。

「あちっ!」

 クロはやっぱり猫舌だ。スープは冷ましてスプーンであげる。

「はいアーン」

 クロがペロペロすると、スプーンのスープは無くなっていく。

「……旨い」

 ん? クロから何か聞こえたけど?

「なんか言った?」
「……いや、何も」

 クロはぷいっとソッポを向いた。

「ふんだ、どうせ美味しくないわよ」
「……」

 あたしは口を尖らせたけど、クロは黙ったまま。

「なによ!」
「……旨い、と言ったんだ」

 クロはソッポを向いたまま、ふてくされた声でそんな事を言った。尻尾がうにょうにょと揺れていた。

「へ~」

 あたしはニンマリとしながらクロの尻尾を握った。クロはビクッとして、あたしを見た。

「治療して貰って、一晩世話になってるんだ。世辞くらいは、当然だろう」

 クロはまたソッポを向いた。あたしはクロをひょいと持ち上げて、すりすりと頭に頬刷りをする。
 頭のモフモフが気持ち良い。

「くっ、勘違いするな!」
「しないわよ~」

 猫からでも言われたら、嬉しいのよ。




「あたし仕事に行くから。お昼はこれで、ミルクはここに置いておくからね。雨降ってるんだから、外に出ちゃダメよ!」
「委細承知した」

 玄関でクロに手を振ってお見送りをされて、あたしは杖に腰掛けた。
 今日は雨だから、大きなポンチョを被っていく。等身大のテルテル坊主ね。傘をさして出勤よ。
 雨の中、杖は水しぶきを上げながら進む。傘を差した魔女って、様にならないのよね。下から子ども達があたしを指さしてるし。

「やーっとついた」

 時間ギリギリになっちゃった。でもセーフ。

「おはよーございまーす」

 挨拶をして研究所にはいる。みなは揃っていて、あたしが最後みたい。

「シーラちゃんオハヨー」
「アカネちゃんオハヨー」

 アカネちゃんは昨日と同じ服だ。
 お泊まりかぁ、いいなぁ。でもそんな事を聞くほど野暮じゃない。人の恋路は邪魔しちゃダメよね。

「あれ、シーラちゃん、毛が付いてる」

 アカネちゃんが、あたしの襟から黒い毛を指で摘まんだ。多分クロの毛だ。

「あー、猫の毛だ」
「シーラちゃん、猫なんか飼ってたんだ!」
「昨晩落ちてきたの」
「へ?」

 アカネちゃんが固まっちゃった。
 まぁ、落ちてきたとか言われても、何のこっちゃ、ってなるよね。

「あれ、もしかして、恋人?」

 アカネちゃんが、にやっとした目になった。

「なら良かったんだけど。雌猫なのよね」
「シ、シーラちゃん、百合なの?」
「あたしはノーマルよ!」

 何か勘違いされてる。ただの、しゃべる猫がいるだけなのに。




「あー、シーラ君、この魔法の解析をしてくれたまえ。これはかなり重要な魔法だ。心して取り掛かって欲しい」

 禿上司があたしに仕事を持ってきた。手入れが楽そうな頭で良いわねぇ。

「えーと、この魔法ね」

 お、凄い。緻密に組まれてて、無駄がない。

「この魔法を創った人は凄い!」
「その魔法は、ランドが創ったらしいの」

 アカネちゃんがコッソリ教えてくれた。
 ランドって言うのは、若いのに凄腕の魔法使いで、しかも貴族様だったりする、凄い存在。確かあたしよりも歳は下なのよね。才能の差って奴よ。

「へ~、すっごいなぁ~」

 一度で良いから会ってみたいなあ。




 今日解析を頼まれた魔法は、かなり特殊な魔法だ。まだまだ解析出来てないけど、どうやら変身の魔法みたいだ。

「巧妙に隠されてるわ。まるで芸術ね!」

 あたしもこんな魔法を創ってみたいな。

「でも、そのランドが一昨日から行方が分からないんだって」

 アカネちゃんがそっと耳打ちしてきた。アカネちゃんのお父さんは新聞社に勤めてて、情報には強い。

「まじ?」
「自由が欲しい、って書き置きがあったらしいの」

 アカネちゃんの顔が曇った。あんまり良くない情報なのね。

「自由、ねえ」

 お金も地位もあったら、自由だってあると思うんだけど。偉い人は考えも違うのね。




 定時の時間になればダッシュで帰る。クロがいるから夕食を作らないと!

「シーラちゃん、今日空いてる?」
「ごめーん、猫が待ってるの!」
「なんだぁ、やっぱり恋人なんじゃないの~?」
「物申す猫なのよ!」
「ナニソレ?」

 ハテナ顔のアカネちゃんを置いてけぼりに、あたしは杖を持った。

「お先に失礼しまーす!」

 雨は小降りにはなっていたけど、杖で飛ぶと粒が痛い。でも傘をさすと速く飛べない。

「あ~もう~じれったぁい!」

 傘なんか閉じてポンチョだけになる。

「雨粒なんか避ければ良いのよ!」

 訳の分からない精神論を盾に、あたしは家路を急いだ。誰かが家で待ってるなんて、今までなかった事だ。何となく、あたしは嬉しかった。




 矢よりも速く飛んでボロアパートに着いた。アワアワしながらも急いで鍵を開ける。

「ただいま!」

 あたしを迎えるように、クロが頭にタオルを乗せて、ちょこんとお座りしていた。

「びしょ濡れだなぁ」
「急いだもん!」
「ほら、タオルだ」
「ありがとー」

 クロの頭の上のタオルを取って、わしわしと顔と頭を拭く。

「はぁ、すっきりした」
「おかえり」

 ぶっきらぼうなクロの声に、顔が緩んでいく。

「わーい」

 クロを抱き上げてお腹のモフモフに顔を突入させる。

「ちょっ、やめっ、くすぐっ、あのっ」

 クロの悶える声が聞こえるけど、モフモフは止まらないのだ!

「モフモフは後でさせてやる。風邪をひくから着替えてこい!」

 クロの怒号が狭い玄関に鳴り響いた。




「傘を持って行ったろう」

 クロの呆れた声があたしを責める。

「だって、クロが待ってるって思ったら、急がないとってなるじゃない!」

 あたしは夕食を作りながら応戦する。今日は野菜炒めだ。

「そりゃ有り難いけどな。化粧は崩れてるわ、頭は鳥の巣になってるわ。シーラは女の子だぞ?」

 クロは器用にも皿を用意してる。クロの分だけど。

「わーい、女の子扱いされたぞー」
「そこ、喜ぶとこじゃない!」

 今まで家でこんな会話をした事は、ない。なんだか楽しい。

「そう言ってくれる人もいないしさ~」

 恋をしたことが無いって訳じゃないけど、大分前の事だしね。

「まぁ、人の事は言えないけどな」
「何か言った?」

 炒めてる音がうるさくて良く聞こえない。

「あー、何も言ってないぞ」
「ふーん」

 ちょうど炒め物も出来た。
 味良し、見た目良し。あたしにしては上出来だ。

「さぁ、夕食にしよう!」




「いただきまーす」
「いただきます」

 うん、我ながら美味しく出来てる。野菜もシャキシャキしてるし。

「あっちぃ!」

 クロはやっぱり猫舌だ。野菜炒めもダメか。

「ほら、冷ましてあげるから」
「……すまん」

 クロは済まなそうに下を向いた。




 未だに雨は止まない。随分長い雨だ。久々に長雨だ。

「クロは昼間は何してたの?」

 風呂の刑を強制執行したあと、膝の上に乗せて毛をふわふわにしている。
 ブラシで艶々の黒毛が完成よ。

「窓から外を眺めてた」
「雨降ってたでしょ」
「それでも見てた」
「……外に行きたい?」

 クロは黙ってしまった。やっぱり出て行きたいのかな……晴れたら出て行っちゃうのかな?

「まぁ、晴れたらな」

 クロはポツリと零した。
 外は未だに雨音が鳴り続けていた。




 また夢を見た。昨日と同じ男の人が、やっぱり空を見上げていた。青い瞳は、羨ましそうに、じーっと空の蒼を見つめていた。彼は誰なんだろう?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。

秋月一花
恋愛
 旅芸人のひとりとして踊り子をしながら各地を巡っていたアナベルは、十五年前に一度だけ会ったことのあるレアルテキ王国の国王、エルヴィスに偶然出会う。 「君の力を借りたい」  あまりにも真剣なその表情に、アナベルは詳しい話を聞くことにした。  そして、その内容を聞いて彼女はエルヴィスに協力することを約束する。  こうして踊り子のアナベルは、エルヴィスの寵姫として王宮へ入ることになった。  目的はたったひとつ。  ――王妃イレインから、すべてを奪うこと。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

星森
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...