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 スーパーでの会計を済ませ、理仁と琴葉は揃って出入口から出るとゆったりと歩き出す。

「さっき、藤川さんにお勧めしてもらった食材、買ってみました。今日の鍋に早速入れてみますね」
「私も大隈さんにお勧めしてもらったの買いましたよ! 私も、今日の夜は鍋に入れて食べますね」

 二人してお互いがお勧めする食材を購入し、鍋に入れてみると言う結論に至った事が何だかおかしくて、お互いに顔を見合わして耐えきれずに笑ってしまう。

 理仁は、ちらりと自分の隣を歩く琴葉を横目で見詰めてから、楽しげに口元を緩ませて歩く琴葉に目を奪われる。
 何故、こんなにも琴葉と一緒に時間を過ごす事が楽しいのだろうか、と考える。

(確かに、藤川さんは美人だし、話していて楽しい……お互いの感覚が、相性が合うのだろうか……)

 もし、そうだったら嬉しいと考えながら理仁はスーパーから帰る道中、通りかかった公園の入口付近でぴたり、と足を止めた琴葉につられて自分も足を止めた。

「大隈さん、教えて頂いた映画でも、普段とは違う帰り道を通る、と言うのがありましたよね……!」
「──そう、ですね。主人公が疲れた時とかにいつもと違う道を歩いて気分転換をしているシーンがありましたね」

 理仁は、つい昨日の夜にその映画の事を思い出し、主人公と同じ行動を取って遠回りをして帰宅した事を思い出す。
 疲れた時に、普段と違う道を通り、違う景色を眺めながら帰路に着くのは確かに新鮮で、いい気分転換になった事を思い出す。

「あれは、確かにいい気分転換になりますよ。俺もやりましたけど、普段とは違う道を通ると新しい道や、今まで知らなかった近道とか発見出来て何処かワクワクしましたから」
「えっ! 大隈さんもされたんですか……!? 狡いですっ!」

 理仁がにこやかにそう告れば、琴葉が些か興奮したように頬を赤らめてじっと理仁に視線を向けてくる。

 いいな、羨ましいな、と言う琴葉の気持ちが滲み出ているのを簡単に見て取れて、理仁はふはっ、と笑い声を上げると「気分転換してみますか?」と提案した。

「え……っ、いいんですか……っ!? あっ、でもそうすると大隈さんが買った食材が……」

 琴葉は理仁の提案に嬉しそうな表情を見せるが、先程理仁が精肉を購入していたのを思い出し、表情を曇らせる。
 琴葉自身は生物を購入していない為、遠回りして帰宅する事も可能だが、理仁が購入した物の中には、生物が入っている。
 その為、琴葉は理仁を付き合わさせてしまわないように断りの言葉を口にする。

「──大隈さんとご一緒するのは、またの機会に取っておきます! また今度お会いした際は是非!」

 感性が似ている理仁と会話をするのが楽しく、まだ色々と話したい事はあるが、琴葉は断りの言葉を告げるが、その琴葉の言葉に理仁は眉を寄せて唇を開いた。

「ですが……、藤川さんは寄り道して帰るつもりでしょう? 大通りに面した公園とは言え、女性一人で夜の公園に入るのはおすすめ出来ません。……それに、今は寒い冬ですから少しくらい遠回りしても食材が傷む事はありませんよ」
「──っ、」

 理仁から、当たり前のように自分自身を「女性」扱いされて琴葉はぶわり、と自分の頬を赤く染めた。

 夜道は危ないからと、一緒に歩く事を提案してくれる人に会ったのは随分と久しぶりだ。
 琴葉がいくら遅くなろうとも、夜道を帰って来ようとも。ましてや夜遅くにコンビニなどに買い物に向かおうとも、ここ最近は樹には心配された事が無い。
 付き合いたての頃は、確かに夜遅くなるならば、と送ってくれるのが普通だった樹は、関係が悪化し始めてから琴葉がいくら残業で遅くなろうが、夜遅くに買い物に出て行こうが心配する素振りなど全く見受けられなかった。

 それが、今。女性の一人歩きは危ないから、と理仁が一緒に居てくれようとしている。
 琴葉は何処か擽ったいような気持ちになりつつも、ふにゃりと表情を崩すと理仁の提案に有難く頷いた。



 時折、冷たい風が二人の頬を打つが冬の寒さなど気にもならない程、二人は映画の話や、自分の趣味の話をして楽しく笑いながら足を進めている。

「この公園、ここに越してから初めて通りますけど、結構広い公園なんてますね……!」
「ああ、藤川さんはまだ越してきてからそんなに経っていないですもんね。そうなんですよ、ここ意外と広くて。ここからだと少し見えにくいですけど、奥の方に芝生が植えられた場所があって、休日の日なんかは家族連れがピクニックしてたりするんですよ」
「──へえ! 晴れた日とかは気持ち良さそうですね!」

 理仁の話に、琴葉は今度の休日に本を持ってここに来るのも良いかもしれない、と考える。

 家に居て、樹と顔を合わせれば喧嘩ばかりになってしまう。
 それならば、家から出てしまって、樹と顔を合わせないまま樹が帰るのを大好きな小説でも読みながらここで時間を潰すのも良いのでは、と考えてしまう。

 樹との話を先送りにしてもどうしようも無い事は琴葉にも分かっているのだが、中々話が進まないし、樹も最近新しい職が見付からなくてイライラしている日が殆どだ。
 逆に、距離を置いてみた方が今後落ち着いて話せるのではないか、とすら思ってしまう。

「あ、あっちの隅の方には小さな池があって、春先には鴨がやってくるんですよ」

 理仁の明るい声に、琴葉はわくわくとした感情そのままにふんふんと頷いた。
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