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しおりを挟む退院の日にちが七日後に決まり、今日は普段よりも理仁の表情が明るい。
丁度土曜日、と言う事もあり今日は琴葉だけでは無く、理仁の後輩の昂太と同僚の蒲田も理仁の病室にやって来ていた。
どうやら、蒲田は最近彼女が出来たらしく今日も午後からその彼女と出掛ける予定があるらしく、最近理仁と顔を合わせると彼女の自慢話しばかりをしていて、理仁や昂太に面倒くさそうに対応されている。
「あー、佳奈ちゃん本当可愛いんだよな~。なあなあ、大隈と昂太も写メ見る? めちゃ可愛いんだよ!」
「もう何回も写真見てるからいいって……蒲田、お前それ言うの何回目だよ……」
「ええー……じゃあ、藤川さん……っ! 藤川さん佳奈ちゃんの写真見てないっしょ? 見る!?」
「──あっ、おい! 藤川さんを巻き込むなよお前!」
理仁と昂太に適当に対応される事が増えて来たからだろうか。
蒲田は拗ねたような顔を一瞬だけ浮かべるが、すぐに琴葉に視線を向けると嬉しそうに最近付き合い始めた佳奈、と言う彼女の写真を見せようとしてくる。
琴葉としては蒲田の彼女の写真を見てみたい気もあったので、蒲田に近寄ろうとしたが理仁が蒲田を止めてしまい、そこでまた三人でわいわいと話し始めてしまう。
わいわいと話す三人に、琴葉がにこにことしながら三人を眺めていると理仁が「お前らもうそろそろ帰れ!」と口にする。
「蒲田、お前もそろそろここ出なきゃ行けない時間なんじゃねえの? 飯沼も今日の午後買い物行きたいって言ってただろ。そろそろ帰れよ」
「あー、はいはい。大隈は俺達が邪魔なんだよな、分かってるよ」
「酷いっすよー、理仁先輩。折角来たのに……!」
小さく呟いた蒲田の言葉は少し離れた場所にいる琴葉には聞こえず、琴葉は「追い出さなくても」と焦りながら理仁達に向かって声を掛ける。
「えっ、そんな……! 折角来て下さったんですし、もう少し……」
「ああ、いいのいいの藤川さん。俺達用事があるのも本当だし、もうそろそろ出るわ」
「ですねー、俺も午後に買い物する予定でしたし、丁度良いタイミングっすから俺も蒲田先輩と一緒に帰るっす!」
琴葉の言葉に、蒲田と昂太はケラケラと笑いながら返事をすると帰り支度を始めてしまう。
「いいんですよ、藤川さん。こいつらとは会社復帰したら嫌と言う程毎日顔を合わせる事になるんですし」
「ええ……、それはそうですけど……」
理仁の言葉に琴葉が本当に良いのだろうか、と椅子から立ち上がるが、蒲田と昂太は「座ってて座ってて!」と琴葉に声を掛けると病室の扉の方向へと歩いて行く。
「じゃーな、大隈! 来月から会社に出社するんだろ? 仕事終わりに飲みにでも行こうぜ!」
「理仁先輩、またよろしくお願いしますっ!」
「あー、はいはい。どーもな、またよろしく」
蒲田と昂太に向かって理仁は返事をすると、手をひらりと上げて二人を見送ってしまう。
またね、藤川さん! と声を掛けてくれる二人に、琴葉も手を振り返しながら二人を見送ると、扉が閉まって先程までの賑やかさが嘘のように病室内は静かになったしまった。
「──ほんと、いつもうるさくてすみません、藤川さん」
「いえいえ。お二人ともとても楽しい方達なので、お話していて楽しいです」
理仁と琴葉はお互い顔を見合わせると笑い合い、ここ最近恒例となった観光地を紹介する番組を見始める。
病院内には無料で使用出来るネット回線が通っており、理仁は以前自分の母親に自宅からタブレットを持って来て貰うと、それをネット回線に繋げて琴葉と一緒に映画を見たり、旅番組を見たりして一緒の時間を過ごしていた。
ベッドの上のテーブルにタブレットを立てて、ベッドのすぐ近くに椅子を移動させて二人で画面を眺める。
始めは距離の近さに僅かばかりの緊張感やら恥ずかしさをお互い感じていたが、距離の近さにももう慣れてしまう。
ネット配信されている番組を再生すると、画面に映し出された景色に理仁は瞳を僅かに見開いた。
「──あっ、! 箱根じゃないですか? 大隈さんが社員旅行で行かれたんですよね? 泊まった所とか出てきますかね?」
「そう、ですね……。もしかしたら出てくるかも、……」
理仁は、映し出された宿泊施設の光景に、何処か既視感を覚える。
社員旅行では行った事は無いのに、何故かその場所を知っているような不思議な感覚。
自分が宿泊した場所は、足湯を利用出来るような場所では無かった。
山を少し上った場所にあるその宿泊施設兼、足湯を利用する事が出来る場所は、足湯に浸かりながら正面、眼前に広がる広大な山々と大自然を見渡せる絶景のスポットで、足湯の利用は最近始めたばかりらしい。
「最近、始めたばかりか……。それなら知らない筈なのに……」
「──大隈さん、どうしました?」
ぽつり、と呟いた理仁の声に琴葉が振り向くが、理仁は「何でもないです」と曖昧に笑って誤魔化す。
知らない場所なのに、何故か知っているような気がして理仁が首を捻っていると、琴葉が理仁に向かって話し掛ける。
「──ここ、実は大隈さんがまだ目覚めていない時に、旅行雑誌を持って大隈さんに話し掛けてご説明していた場所なんです。大隈さんが箱根旅行に行った、って聞いて……羨ましくて旅行雑誌を買ったんですよ……。それで眠っている大隈さんに色々お話してたんです。……いいなぁ、景色綺麗そうですね……」
「──えっ、」
琴葉の言葉に、理仁は驚いて小さく驚きの声を上げた。
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