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番外編

ジェイクの二年間 中編

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毎日こうしてここで顔を見られれば。
セレスティナから声を掛けられれば。
どれだけ嬉しいだろうか、とジェイクはぼうっとその事を考える。

ジェイクがぼうっとしていたからだろうか。
いつもは素っ気なく足早にその場を立ち去るジェイクだったが、歩く速度が緩やかになり先程ジェイクに話し掛けて来た令嬢がジェイクの腕を掴んで更に話し掛けて来る。

「ジェイク様っ、もし宜しければご休憩の際にこちらお食べになって下さいっ」
「──っ、」

ぐぃっ、と女性の力とは思えない程、些か強い力で引き止めれジェイクはその場でがくん、と体がブレる。
表情と、声音はか弱く綺麗な令嬢と言う風貌を保っているがジェイクを引き止める腕の力は凄まじく、かなりの力が入っている。

(──何だ、この馬鹿力は……!)

ジェイクは自分に向けて美しい表情を見せながらも必死に引き留めようとしている力の強さにぞっとする。
そして、自分に手渡そうとしている食べ物──差し入れだろうか。それをぐいぐいと押し付けて来る令嬢の推しの強さに辟易とする。

(オリバー、は……っ)

先程まで共にいたオリバーは、さっさとこの集団から抜け出して先へ進んでいるようで、ジェイクの視線に気付いたオリバーが軽く自分の顔の前に「すまん」と言うように手を上げている。

(くそ……っ、セレスティナの事を考え過ぎていて抜け出すのが遅れた……)

だが、この令嬢の贈り物を受け取ってしまえばおかしな噂が流れる可能性があるし、今後ももっと贈り物を渡そうとして今までよりも強引に寄って来てしまう令嬢が出てきてしまう可能性がある。

ジェイクは"特例"を作ってしまうと後々面倒くさい事になるだろう、と言う事を察して少し強引に令嬢の腕から自分の腕を抜くと、令嬢に視線を向けずに唇を開く。

「──すまない、受け取る事は出来ない」

そう冷たくぴしゃりと言い放つと、そのまま令嬢達を何とか振り切ってオリバーの後を追う。

宿舎から出て、職場の施設へと足早に向かえばこれ以上令嬢達が後を着いてくる事はない。

(少し、冷たくし過ぎてしまったか……)

ジェイクの心配とは裏腹に、口数少なく硬派な態度のジェイクが更に格好いいと令嬢達の中で噂になり、今以上に人気が出てしまう悪手となってしまった事にジェイクは気付かなかった。











「何で増えてる」

翌日、宿舎の玄関から外を見たジェイクはげっそりとした表情を浮かべてこれからあの中に突入しなければいけないのか、と思わず項垂れるように自分の目元を手のひらで覆う。

「昨日のジェイクの対応が逆に硬派でかっこいいわ!って噂になっちゃったらしいぞ?」

ケラケラと面白そうにオリバーがそう声を掛けてきてじろり、とジェイクはついつい睨んでしまう。

「冷たくあしらわれて何故それがいい、となるんだ……ご令嬢方の思考がわからん……」

騎士団の団員宿舎の敷地内は部外者立ち入り禁止だ。
宿舎の玄関から門までは立ち入り禁止の為、その門の外で数多くの令嬢達が騎士団に所属している男性を「出待ち」している。
門から職場に行く道に入る前に少し開けた場所があるので、その場で令嬢達が騎士達を待つ、と言うのが通例となってしまっている。

その場所から職場に向かうまでの細い道に入るまでは騎士の者達に話し掛けてもいい、と言うような暗黙の了解が随分前から出来てしまっているらしい。

そんなルールを作った者をジェイクは心の中で恨みながら、ここでこうして後込みしていても仕方ない、と諦めてオリバーと共に職場へと向かう為足を踏み出した。










「セレスティナに会いたい……」

早くも挫けそうだ。

連日の令嬢達の猛攻に疲れ果ててしまったジェイクはぽつり、と食堂で疲れたように呟く。
時刻は夜。
夕食を終えて、夜の街に消える者も居れば、宿舎でのんびりと過ごす者も居る。

ジェイクはいつものように夕食後、食堂でオリバーと数人の同僚達と軽く酒を飲み交わしながら不満を顕に呟いた。

ここ数日、ジェイク目当ての令嬢達の人数が明らかに増えていて、朝からその対応をしているジェイクは疲れ果てている。
以前のように無言で通り過ぎる事が出来なくなって来ていて、足を止めざるを得ない時も増えて来ている。

そして、ジェイク自身婚約者が居る、と言う事は知られてはいるが、結婚の話しも出ておらず婚約者の姿もジェイクの近くに無い為、不仲だと言う噂が広まりジェイクを狙う令嬢達の数が増えてしまっている。

「婚約者に会いたいなら会えばいいだろー?寧ろ婚約者に今の状況を打開してもらう為に一度出迎えに来てもらえよ」
「──それが出来てたらこんな事にはなってない……」

同僚の言葉に、ジェイクは情けなく眉を下げてそう言葉を返す。
確かに同僚の言う通りだ。
騎士団の仕事は煌びやかに見えるのだろう。そして、今年入団した者達は顔立ちの良い者が多い為ここまでの騒ぎになってしまっている。

ジェイクの事情を知らない同僚達は不思議そうにしながら、「適度に相手してやればいいんじゃねぇの?」や、「遊び相手程度で楽しめばいいじゃねーか」と好き勝手にジェイクに言葉を放つ。

「──すまない、思ったより酔ってるみたいだ……。先に部屋に戻るよ、悪いな」

ジェイクは同僚達にそう言うと、椅子から立ち上がって歩き始める。

背後からは呑気な同僚達の「おつかれー」「ゆっくり眠れよー」と言う言葉を背に、ひらひらと手を振るとジェイクは自室へと戻るため食堂から出て廊下の先にある階段へと足を掛けた。

「──分かってる……、あいつらは事情を知らないんだから、励ます気持ちで言ったのは分かってるんだ……」

けれど、婚約者が居るのに他の女性と遊ぶ事を進められるとは思わなかった。
ジェイクがどれだけセレスティナを想っているのかはオリバーしか知らない。
だから、適度に遊んでやれば人が増えるのを止められるのでは?と言いたかったのだろう。
しかも、酒が入っている状態だ。
軽く言った事は分かっているが、あのままあの場に居たら場の空気を悪くしてしまいそうな発言をしそうで、ジェイクは早々に自室に戻る事に決めた。

「──セレスティナに手紙を書こう……」

今日、セレスティナから手紙が来ていた。
その手紙への返事を書こう、と決めてジェイクは自室に着くと扉を開けて中へと入って行った。
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