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連載
第百一話
しおりを挟む夕食が終わり、使用人が下がった事を確認するとミリアベルは外出の支度をして自分に充てられた部屋のバルコニーにそっと視線を向けた。
廊下から向かうのは人の目に止まりやすいからバルコニーから移動しよう、とノルトが言っていた。
恐らく身体強化の魔法を使用してバルコニーとバルコニーを跳んで移動して行くつもりなのだろうが、ミリアベルはその時の慣れない浮遊感を思い出すとゲッソリとしてしまう。
(──いえ、ノルト様に移動を手伝って頂くのにこんな気持ちで居ては駄目よね)
ミリアベルがぐっ、と拳を握り締め気合いを入れていると、バルコニーからこんこん、と何かを叩く音が聞こえる。
ノルトが来た、と言う合図の音だ。
ミリアベルは急いでバルコニーへと向かうとそっと音を立てないように注意しながら鍵を開ける。
「ノルト様」
「待たせてすまない、ミリアベル嬢」
ノルトは魔道士団の団服の上着を脱いだ姿で現れ、その上着を手に持っている。
ミリアベルが不思議そうにしていると、ノルトは手に持っていた上着をミリアベルに羽織らせると「向かおうか」と微笑んだ。
「え、上着……」
「ああ、移動する時風をきるから……移動に慣れていないミリアベル嬢が風邪をひいてはいけない、羽織っていてくれ」
ノルトは当然のようにそうミリアベルに伝えると、身体強化の魔法を発動する。
ミリアベルがいいのだろうか、とノルトの団服の上着をじっと見つめていると魔法を自分に掛け終わったノルトがミリアベルに向かって「失礼」と声を掛けた。
「──えっ、きゃあっ!」
「暴れないでくれよ、ミリアベル嬢。この高さから落ちたら大怪我で済まないかもしれない」
突然ノルトから横抱きにされて、思わずミリアベルは下ろして貰おうと体を動かそうとしたが、ノルトの言葉にぐっ、と黙ってしまう。
自分が暴れたせいでバランスを崩し、ノルトにまで怪我をさせてしまったら大変な事になる。
「跳ぶから、しっかり捕まっててくれ」
「へっ、え、──はいっ!」
ノルトがミリアベルの体をぐっ、と強く抱き込むとミリアベルも思わずノルトの首に自分の腕を回して強く抱き着く。
(こ、こここれは移動の為に仕方ない事よね……!ノルト様も普通にしているし、逆に意識してしまうのはおかしい事だわ……!)
ミリアベルは自分の顔が真っ赤に染まっている事を隠すように、ノルトの胸元に自分の顔を寄せる。
僅かにノルトの体が強ばったような気がしたが、そう思った瞬間、ノルトがバルコニーの柵にひょい、と足を掛けて跳躍した。
「──ひっ」
「舌を噛まないように気を付けて」
ミリアベルの耳元で風をきる音が聞こえる。
そして、次のバルコニーの柵に足を掛けたノルトがその柵を蹴る反動と、びゅうっと風の音が聞こえ速度が増す。
必死でノルトに抱き着くミリアベルに、ノルトの耳が赤く染まっている事は薄暗い外ではミリアベルは気付く事はなかった。
カンっ、と高い音を立てて最後の柵に降り立ったノルトは、柵の上からバルコニーの床にとん、と降り立つとミリアベルをそっと地面に下ろした。
「ミリアベル嬢、着いたよ」
「あ、ありがとうございますノルト様」
若干移動酔いをしたミリアベルがふらつくと、ノルトが慌ててミリアベルを支える。
「すまない、ミリアベル嬢……以前の討伐任務より少し荒かったか」
「いえ、大丈夫です申し訳ございません……」
二人が声を顰めてそうやり取りをしていると、室内にいたネウスが面白く無さそうな表情をしながらバルコニーに顔を出した。
「──おい、いつまでイチャついてるんだ。早く中へ入れよ」
「──イチャついてない……!」
ネウスの言葉に、ノルトが顔を赤くして小さく叫ぶが、ミリアベルはネウスのからかいに反応出来る元気は無く、そのまま支えられるまま室内へと入って行った。
室内へ入り、少し時間が経ちミリアベルの顔色も戻った頃合を見計らって、教会へと転移を行う事になった。
「教会に潜り込んだらまずどうする?」
ネウスの言葉にノルトは頷くと唇を開く。
「以前国王陛下の執務室に侵入した際も中で重要な証拠を見つけた……それと、大分中が荒れていたな……今回も計画が自分の描いた通りに行かなくて大司教は荒れているかもしれない。大司教の使用している場所をあたっていこう」
「そうだな。何かをしているならば大体は地下だ。地下へ通じる通路や階段も調べて行ったほうが良さそうだな」
「ミリアベル嬢も、それでいいか?」
ノルトがミリアベルに視線を向けて声を掛けると、ミリアベルもこくりと頷く。
三人はお互い視線を交わすと、ネウスが「じゃあ行くぞ」と呟き転移の魔法を発動した。
ぱっ、と辺りが一瞬明るく光って、次の瞬間には体が何かに引っ張られるような感覚を覚えてミリアベルは強く目を瞑った。
目を閉じている間に、転移が終わったのだろう。
室内に居た時とは違い、周囲からさわさわと風に揺れる葉の音がし、土の匂いを感じてミリアベルは閉じていた瞳をそっと開いた。
「無事到着出来たみたいだな」
背後からノルトの声が聞こえて、落としていた視線を上に上げると荘厳な雰囲気の立派な教会が目の前に現れる。
この建物の中に神に祈りを捧げる神殿もあるのだろう。
厳かで、神聖な場所だと言う事が見ただけでも分かる。
だが、ミリアベルはひっそりと眉を顰めた。
神聖な空気と混じり、その中に何か不純物が混ざっているような違和感を感じる。
「──これ、は……なに?」
ミリアベルはぽつりと呟くと、さくさくと土を踏み締め、教会へと近付いて行く。
背後では、突然歩き出したミリアベルに困惑し、慌てて後を追って来るノルトとネウスの気配を感じるが、ミリアベルは教会に近付く度に色濃く感じるようになるその気配に、不快感にどくどくと自分の心臓が早鐘を打つのを感じる。
本来、神聖な場所にあってはならない物。
妬みや嫉み、憎しみや憎悪、人を呪うような負の感情が色濃く根付いている。
「なん、でこの気配に誰も気付かないの……!?」
ミリアベルは教会の一箇所にひたり、と視線を止めると小さく叫んだ。
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